異世界の機士・黒のヴィダリオン 

紀之

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2章 好敵手の章

第11話 魔を癒す剣③

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 「このように計画は順調です。ゲッグ様」

ゴートクレスターⅡは魔術通信で分限家の屋敷の広間の窓に映った傭兵隊長ゲッグに自身の成果を報告していた。現在この家は彼の占領下にあり魔銅兵タロス5名が屋敷の人間の監視に派遣されていた。

「本命はジンジャとか言う場所だぞ。分かっているのか?」

「勿論ですとも。ただそこは機士共の拠点。連中にはさすがに警戒されるでしょう。ですのでいわばここまではその為の包囲網という訳でございます」

「ま、お前の好みというのも考える必要はあるか。吉報を待っているぞ」

芝居がかった動作でお辞儀をするゴートクレスターⅡにゲッグは満足そうに頷くと通信を切る。

「さて、どちらから責めるか・・・・」

邪悪な笑みを浮かべゴートクレスターⅡはタロスに屋敷の人間を逃がすなと命じて外へと出て行った。



同時刻・剣王神社

境内に全員集合した機士達による、人間と融合する新たなる敵HBクレスタ―への対策会議は紛糾していた。

「何故あの人間を助ける必要があるのです?彼はこの町を混乱に陥れ死人を出しかねない計画に加担したれっきとした悪人!それを助ける事が正義ですか!?」

「ハダリー、俺達の役目は図像獣ひいてはマレフィクスの連中を叩き潰す事だ。この次元の住民を傷つける事は可能な限り避けたい。彼はこの世界のしきたりで裁かれるべきだ。俺達が俺達のしきたりでマレフィクスの連中を裁くのと同じようにな」

「そして人間とあの図像獣を完全に分離できる術を持つのは君だけだ。ギスカル師はそういう技を考案していたらしい。師だけはこういう事態を想定されていたに違いない」

ヴィダリオンとマリニエールに諭されてもまだ憤懣ふんまんやるかたないといった表情のハダリー。

「誰も見たことも習った事も無い技がなぜ私が出来ると思うのです?」

「確かに。そんな話をどこで聞いたのです?確かにギスカル師は戦いに倦み、機士を引退されて自衛回路しかない以前のハダリーのような人々でも生き残れる技の開発に余念がないとは聞いてはいましたが」

このハダリーの意見にはカローニンも同意せざるを得ない。

「督戦隊は平時でも団員の情報を秘密裡に集めているのでね。実在するかは私も見たことが無いので何とも言えない。が、彼女はギスカル師の戦闘回路を移植されたというではないか?その中にその端緒でもなんでも掴めれば今後の対処が容易くなる」

「奴が人質代わりにユウキ殿やアンジュ殿に憑依しようとも、ですか?」

「そうだ」

「勝手な事を・・・・」

ため息をつきハダリーは会議の席を立ち、どこかへと歩いて行ってしまった。

「おい、ハダリー!」

「放っておけよ。ああいうのは機士になったら誰でも通る道だ。1人で頭冷やして考えるしか答えはねえ」

遠い昔を懐かしむようにホットスパーことパールウェイカーがしみじみという。

「だからってな、ハダリーは新米なんだぜ?」

「出来るのか?」

「分からない。でもあいつの主としてぶつかってみる」

そう言うと星川勇騎は彼女の後を追った。


「ハダリー、ちょっといいか?」

「何ですか?」

機士の姿の彼女は普段の修道服姿と違い言動に荒っぽさがある。それは主である勇騎と話す時も変わりはない。

「ハダリーは何のために機士になって戦おうと思ったんだ?その気になればこの間の戦いだけで充分だったはずなのに」

「それは悪を滅ばすためです。ユウキ様も見たでしょう?彼らの卑劣なやり口を!あれを見過ごしていいはずがない!そしてそれに協力する者達も同罪です!」

「・・・・・そうかもな。でもさ、いや間違っていたらそう言ってくれ。俺はハダリーが正義の為じゃなくて単に悪に対する怒りや憎しみしか感じないんだよな。確かにオーン看護長やギスカル船長の事は俺も酷いと思う。でもそれはあの2人がハダリーに望んだあり方じゃないと思うんだ」

「う・・・・ですがその場合どうやって戦えというのですか?」

「そう言われると難しいけど、仲間の為とか平和の為とかいろいろあるだろ?そこに怒りや憎しみのような感情は入らないと思うんだ。ここには罪を憎んで人を憎まずって言葉もあるからさ」

「難しい事を仰る」

「ごめん。自分が戦っている訳じゃないのにえらそうなこと言って。でも俺はハダリーが心配なんだよ。このまま戦っていたらあのゲッグみたいに戦いの闇に、悪の感情に呑まれてしまうんじゃないかってさ」

「怒りは悪の感情・・・・」

深く息を吸い込むとハダリーは立ち止まると騎士の姿ではなくいつもの修道女の姿へと変わる。

「どうしたんだ?」

「私は機士であり、看護兵でもあります。自分や他人の心を癒すにはどうすればいいか考えてみたいと思います」

「じゃあ俺も一緒に・・・・」

「いいえ。まずは自分の中にいるオーン様とギスカル様に語りかけてみようと思います。それでもだめなら相談に乗って頂けますか?」

「いいよ」

勇騎は力強く頷くと本堂へと向かうハダリーを見送った。

本堂の真ん中でハダリーは跪き一心に祈っていた。

(罪を憎んで人を憎まず・・・・しかし罪を犯すのは図像獣でありあの人間のはず。ますます分からない。だからギスカル様も機士を引退されたのか?所詮私には無理なのでしょうか?)

考えが後ろ向きになると自然、目の前が真っ暗になる。いつの間にかハダリーは光一つない闇の中に立っていた。動くのは危険と判断し目の前を凝視していると2つの薄明かりのような物が現れ、自分へ近づいてきた。

(あれは?)

『来たか、ハダリー』

「ギスカル様、それにオーン看護長も!」

明かりの正体は無色半透明であるがその姿はまぎれもなく自身に今の力を与えた2人が目の前に立っていた。

「私は・・・・迷っています。自分の道を、正しさとは何なのかを」

『考えてみて答えは出たのですか?』

「・・・・・・いいえ」

オーン看護長は優しく諭す。それがハダリーには一番つらかった。

『では後は実践あるのみだ。目の前の傷病者なり、敵なりに対処する。看護兵にしろ機士にしろ動かねば事態は解決せぬ。ならば荒療治だが。抜けハダリー』

ギスカルは剣を抜き、ハダリーにも得物を抜くよう促す。

『周りの言う通り、あの図像獣と現地民を引き剥がさねば本当の意味での勝利とは言えない。その技を伝授する』

「本当の・・・勝利」

『そうだ。ただ敵を打ち倒すのではマレフィクスや破剣兵団と変わらぬ。恐怖と絶望を周囲にまき散らすのみだ。真に倒すべき敵は、魔』

「それは何ですか?」

『それを見極めるのです。そしてそれを癒す事が敵に対して最大の攻撃となるのです』

「はい!」

最後の弟子の力強い言葉と共にギスカルが真っ直ぐ鋭い突きを繰り出す。ハダリーはメイスを盾がわりにその刺突を受けるが後方へ吹きとばされ、体勢を立て直す間も無く第二撃が迫る。

「うっ!?」

受けた衝撃で両手足は痺れ防御も反撃もままならない以上は逆に相手の懐に飛び込むべきと判断したハダリー。だがそれさえも歴戦の師には読まれており蛇のようなしなやかさで剣を引き戻し眼前に構える。自然彼女は動きを止めざるを得ない。突っ込めば自分から真っ二つになりにいくのと同じだからだ。

『相手の姿と動きをよく読むのだ。さすれば心が、急所が見えてくる。それこそが機士が斬るべきものだ』

「それが・・・魔」

ギスカルは追撃してこない。それはどう動こうが即座に対応できるという余裕と自信の表れでもある。

(そこに勝機を見出す他はない)

だがどうする?飛びのけばまた刺突が来る。左右に動いてもあの腕の動きなら対処されてしまうのは目に見えている。考えなければならない。だが体も動かさねばやられてしまう。
2人の機士は彫像の様に互いを見つめ合い、相手の隙を伺い、見えない火花を散らしていた。


巫女服に着替えた金雀枝杏樹はいつもの様に境内を掃除していた。神社とは神のおわす場所。そこをいついかなる時も清める事が彼女の戦いだった。

(そうだ。私にはハダリーとは違うやり方がある。どうして気が付かなかったんだろう?後で彼女と話してみよう。そして勇騎君とも)

箒を動かすごとに境内も心も晴れていく気がして杏樹は思わず笑みをこぼす。

「よう、どうしたんだ?いい事でもあった?」

「あ、勇騎君。今ハダリーはどうしてるのかなって。それに・・・・」

杏樹は自分の影に重なる勇騎の影を見て後ずさる。それは勇騎からハダリーになり最後にはゴートクレスターⅡへとスライムようなグネグネした動きで目まぐるしく変化していく。

「今一歩遅かったか。だがお前を消せばヴィダリオンも死ぬ!あのババアもここを明け渡すだろうさ!」

「そうは」

「いかない」

杏樹を絞め殺そうと手を伸ばしたゴートクレスターⅡにひるむことなく見据えて反論する杏樹。背後からの声と共に彼女の体が宙に浮き悪魔の爪が空を切る。従騎士メガイロが悪魔を見おろしていた。

「早くヴィダリオンを呼べ」

「ありがとう、メガイロ」

杏樹はメガイロの背を滑り降りて社務所へ駆けだす。

「フ・・・だがこれ以上どうする事も出来まい?」

「どうだかな。少なくとも中の人間が死なない程度に押さえつける事は出来る」

「だがそれまでだ。あの声が聞こえるか?」

「む・・・・!?」

騒々しい声が段々と神社に近づいてくる。その声に乗って飛行形態に変身したカローニンがへ変身を解いて境内に降り立った。

「大変です!この町の住民が暴徒化して神社に向かっています!」

「そうだとも。悠長な事をしているとお前達はともかくここにいる人間共は奴らに殺されるだろうなあ。そうせざるを得ない幻をあいつらは見せられているからな」

「く・・・・」

「馬鹿め!俺の力を忘れたか!?」

山門に向かおうとするカローニンを火柱の餌食にすべくゴートクレスターⅡは手をかざす。

「させるかよ!」

砂利を削る耳障りな駆動音と共にホットスパーがゴートクレスターⅡへ体当たりをかける。

「おのれ・・・・」

「ホットスパー、気を付けて下さいよ」

「加減は分かっているぜ。なあヴィダリオン?」

「何体揃おうが無駄だ!大人しくジンジャを俺に、いや我らが主に差し出せ!」

「そんな事はさせん。ディバインウェイブ!」

ヴィダリオンはエネルギーを纏ったマントを翻す。その動きに合わせてエネルギーは周囲に円を描いてヴィダリオンとゴートクレスターⅡを別次元へと隔離する。

「後は暴徒共を黙らせるだけだ」

「行くぞ。マリニエールが既に山門で防いでいる」

「では手分けして当たりましょう」

その場に残された従機士、カローニンはコートオブアームズ・チェンジマートレットで再び飛行形態へと変化するとベオタスに跨ったホットスパーと共に空へ、メガイロはその巨体を生かして山門の後ろに立ち塞がり、暴徒と化した人々を止めるべく奮戦を始めるのだった。
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