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2章 好敵手の章
第10話 女機士ハダリー誕生④
しおりを挟むハダリーの手術が行われている頃、黒のヴィダリオンはティレニア号が破剣兵団に乗っ取られた事をようやく理解すると盾を構えて船首に突っ込み、横に並んで肩の矢筒状のガトリングを撃ち続ける2体の新型タロスの内1体をシールドバッシュで船外へと吹き飛ばすとブースターレイブルを逆噴射し後方へ猛スピードで後退する勢いそのままにもう1体の胴を真っ二つにした。ガトリングの火薬に引火して大爆発を起こすタロスを背に船内への入り口へ走るヴィダリオン。
その彼の目の前の甲板を突き破ってギャンピオンが飛び出して来た。
「お前が・・・・そうかお前ならやりそうな事だな、ギャンピオン!」
「ぬかせ!俺は被害者だ!従機士風情が・・・道を開けろ!!」
ギャンピオンの横薙ぎの一閃を造作もなく払ったヴィダリオン。ギャンピオンの剣は回転しながらギャンピオンの背後のマストの中ほどに突き刺さった。
「あいにくと俺も今は正機士でな。反逆者はここで斬り捨てる!」
相手の倍の速さで袈裟切りに振り下ろされるヴィダリオンの剣はしかし、ボンという音と爆発によって排除されたギャンピオンの胸部装甲に阻まれる。
「そんなカラクリが・・!」
「それだけじゃないんでねえ!」
その隙に飛びさがったギャンピオンはマストから剣を引き抜くと、マストを蹴って跳躍。同時に排除された胸部装甲に隠されていた丸い鏡のような装置フレイムミラーを起動させた。
「ウっ!?」
胸部から発せられた光と熱はヴィダリオンの構えを解かせるに十分な頭部の眼のセンサーに発熱による異常を起こさせる。この相手を失明させる光を用いた剣術がギャンピオンの必勝の剣だった。この時までは。
振り下ろされたギャンピオンの剣は彼がぶち抜いた穴から出てきた何者かの衣を引き裂くだけで終わった。
「な・・・誰だ!?」
「ハダリー!」
ベオタスに乗って甲板に降り立った勇騎の声に振り向き、そして邪魔者を見やったギャンピオンは始末したはずの看護兵が目の前に立っているのを見て舌打ちする。
「ユウキ様、私は平気です。さ、機士殿」
無防備に敵に背を向けるとハダリーはヴィダリオンの眼に手を当てる。
「・・・・目が!?目が見える!」
「敵に背を向けるとはなあ!」
振り下ろされる剣を急速なターンで旋回し、掲げたメイスで受けるハダリー。その腕の力は先程の非力な看護兵と同じとは思えないほどの強さにギャンピオンは驚愕する。
「ば・・・馬鹿な!?さっきまでとは全然違う?一体何が・・・?」
「見せてやろう!アタシが師より受け継ぎし技を!」
ハダリーの気迫と共に修道服が破れ、白い板金鎧姿のボディ。そして後頭部で纏められた赤い長髪が広がり金色に輝く。
「この熱は・・・?何ッ!?」
ギャンピオンは自分の腕がハダリーの腕と共に徐々に円を描くように周り、一瞬の内に剣を跳ね上げられると同時に正中線から自身の体が割られているのを知った。
「・・・・!」
看護兵に負ける。
聖戒機士団の正機士としても破剣兵団の傭兵としても前代未聞の醜態に悪態も驚愕の言葉も出ぬままに悪逆の限りを尽くした機士は爆発四散した。
「あの技は月輪・・・か!?」
「がちりん?」
「俺達の武器の師であるギスカル先生が編み出した返し技の総称だ。タイミングが難しすぎて誰も習得しようとしなかったが・・・何か安定しないな、彼女は」
「カウンター技か・・・」
勇騎はハダリーの変化に戸惑いつつも彼女の秘密を明かすべきか迷ったものの、やはり本人の同意を得ない内は駄目だろうと思いとどまった。
「それより、あちこち壊れちまったけど大丈夫かな、この船?」
「時間はかかりますが自動で修復されます。それよりもどこか落ち着ける場所を」
修道服を羽織り、赤い髪の『手術』前の聖女然とした落ち付いた性格に戻ったハダリーに促され、勇騎はベオタスに跨り剣ヶ峰高校の校庭に案内する。
「頑張れ、ホットスパー。病院船が着いたぞ」
(だがあの損傷で乗員や設備は本当に大丈夫なのか?)
意識の無い戦友に語り掛けながらも一抹の不安を隠せないカローニン。事実内部の惨状は酷いもので生き残りは新人看護兵1人という有様だった。
「懸念は分かります。ですが私はオーン看護長から今際に回路を託されました。そこに記録されている技術は信用して下さい」
「・・・わかった。どの道こうするより他はない。我が友を頼みます・・・看護兵殿」
「ハダリーとお呼びください」
「ではハダリー殿、重傷者2名を先に。私は従機士カローニンと申します」
「はい。実はギスカル様が皆さんの『手術』の際に考案されていた装甲などがあります。カローニン様はどうされますか?あくまで本人の意思次第だと仰っておられましたが・・・・」
「お願いします。今後の事を考えればホットスパーも事後承諾するでしょう」
「では・・・」
『手術』の経過をくどくど並べ立てるのは読者の興味を削ぐことになるので結果だけをいえば
最も重症だったホットスパーことパールウェイカーは全快し、胸の装甲が厚くなり両足の拍車が下馬時にいわゆるローラーダッシュする機構を、両肩に外気を取り入れて噴射する機能が追加され、突撃戦により特化した体に生まれ変わった。
両腕に重傷を負っていたメガイロは盾を小型のアイロン型にして左腕前腕と一体化、更にアニューレットカノンのエネルギーを両腕内部に伝えて腕力を一時的に3倍にするアニューレットドライブが組み込まれた。
カローニンはコートオブアームズ・チェンジマートレット形態での翼と脚部の大型化を果たした。これとは別に彼は独自に盾の先端に自身の短剣を装着する改造を施した。
これらの手術は丸2日すなわちゴールデンウイークの残りの期間の急ピッチで行われ、機士一同はハダリーの中にある受け継がれた知識とそれを達成する彼女自身の手腕に舌を巻くほかなかった。
それ以上に一同を驚かせたのがハダリーが星川勇騎の前に跪き、自分を従機士として欲しいと願い出た事だった。
「本当に俺でいいの?」
「ティレニア号での勇気に感服しました。まだまだ未熟な私が目指すべき理想像をユウキ様は持っていらっしゃいます。ぜひお願い申し上げます」
「ええと、この場合ってやるんだっけ?あの叙任って奴?確かヴィダリオンと杏樹の時は気絶してたんで覚えてないんだよなあ」
「従騎士という身分は不安定なものでしてね。仮の主従契約と言ってもいい。従者志望が主とする者に全力でぶつかる、それだけです」
「私の時はあれがそうだったのね」
カローニンの説明に大晦日の夜の出来事を思い出し、杏樹は納得する。
「じゃあ・・・こうか?」
「待って。きちんとしなくちゃ。ホラ制服に着替えて。ハダリーさんにも失礼よ」
「そうだな。仮とはいえ契約だからな。正装で臨むべきだろう」
「ヴィダリオン、その契約果たしている?」
「勿論です」
「いつも寝てんじゃん」
「ほらほら早く着替えてきて。女の子を待たせては駄目よ」
「分かったよ。分かったから押すなって」
ぼそりと呟いた勇騎は杏樹に背中を押されて家路につく。他の者もそれを呼び水に続々と星川家へと向かって歩き出すのだった。
「よし、いつでもこいハダリー」
「では、参ります」
制服に着替えた勇騎は夕陽を浴びる自分の庭で杏樹や陸、機士達が見守る中でハダリーと相対し、両手を広げて走ってくる彼女を受け止めようと力を入れる。
「おっ!?おお!?」
ぶつかる直前にハダリーは光の球となり勇騎の制服の校章と一体化を果たした。
そして校章が光ると鎧姿に金髪のハダリーが目の前に跪いていた。
「従騎士ハダリー、主の為に忠勇を尽くします」
その日の夜遅くまで仲間の復活と新たな従騎士の誕生に星川家は歓声に包まれたのだった。
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