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2章 好敵手の章
第10話 女機士ハダリー誕生③
しおりを挟むティレニア号の異変は剣ヶ峰高等学校へ移動中のヴィダリオンらからも見て取れた。
「あの閃光・・・・攻撃をうけてるんじゃねえか!?」
「ああ。だが・・・・」
陸の指摘は正しいとヴィダリオンは思う。だが周りを見回してみれば自分を除けばまともに動けるのはマリニエールのみという状況だ。
「ここで自分が離れたら、というのなら心配するな」
マリニエールは冷静に諭す。
「このままではどの道ゲッグにやられる。ならティレニア号をさっさと救う。これが全員助かりなおかつ奴らに対抗する唯一の道だ」
「わかった。すぐに戻る。コートオブアームズ・ブースターレイブル!」
「気を付けてね。それと勇騎君をお願い。きっと巻き込まれてると思うから・・・」
「勿論です」
ヴィダリオンは背中に神社の鳥居状の大型推進器であるブースターレイブルを装着すると一気に空へと駆け登る。正機士となった今は主と離れても強制的に紋章に戻るという事は無い。その事に杏樹は一抹の不安と寂しさを感じてその背中を見送った。
薄雲の中でも光る船のシルエット。そこに絡みつくように閃光と火花が周りを彩る。
「これ以上はやらせん!」
ヴィダリオンはもっとも近い位置にいたダイダロスの正面に回り込み、上昇の勢いのままに剣で両断する。そこへティレニア号から火線が鼻先を掠める。
「あぶねえ。味方に堕とされるところだった・・・・いや待てよ?この船にあんな武器を搭載していたか?」
雲で銃座はよく見えない。だが確実にそれはヴィダリオンを狙って動いている。
「遠目から見れば同じに見えるのか・・・仕方ない、あれはやり過ごして外を片付けよう。そうすれば敵意は無いと分かるはず・・・ム?」
そのダイダロス達は不意に攻撃をやめるとすぐ近くの厚い雲に向かって飛び去って行った。
「弾切れ・・・か!?白兵戦を挑まずに撤退するとは・・・?」
だがこれで敵の動向を気にせず船に近づくことが出来る。ヴィダリオンは意外と早く誤解を解くチャンスが来たことに内心安堵していた。
「機動鋼馬と・・・現地民か?」
「お前、その姿はあのゲッグの一味か!?」
「馬鹿め、このギャンピオン様は奴の同僚、配下じゃねぇ。だがここにいるやつは纏めて殺す!俺の手柄の足しになりな!」
丸腰の現地民という事でギャンピオンは完全に星川勇騎を舐めきっていた。だから無造作に剣を振り下ろすという技巧も早さも無い一撃を見舞った。
「!これ・・・なら!」
勇騎は近くに転がっていたハダリーのメイスを拾いあげ・・・られなかった。見た目以上に重いそれは両手でへその辺りまで持ち上げるのが精一杯だった。誰が見ても無謀な現地民が反逆者とはいえ機士に殺される。その場の誰もが予想した結末は訪れる事は無かった。
ギャンピオンの剣は突然飛来した何かに阻まれ、衝撃で彼はのけ反った。そこにメイスを臍の前で構えた勇騎が突進し、機士を吹き飛ばした。
「キサマ~!?お前達やれっ!」
隊長の号令で2体の新型タロスが拘束していた2名の看護兵を槍で突く。
即死だった。
「そんな!?ガッ!?」
ハダリーは凶行に悲鳴を上げるも、自らもギャンピオンに右脇腹を剣で刺され、盾にされていた。
「な!?卑怯だぞ!」
「俺は正機士だぞ!!こんな連中に舐められていい存在じゃねえんだ!」
勇騎は蹴り飛ばされたハダリーと激突し、転倒。振り上げられた悪漢の白刃を彼女のフード越しに恐怖を振り払い睨みつけ、彼女を庇うように転がり上になる。直後轟音が彼らの真上で響き渡った。
「しまった!奴らもう乗り込んできやがった!ババア、そこを動くなよ!」
「ギャッ!」
ギャンピオンは勇騎らを斬るのをやめて甲板の敵に対処すべく助走をつけて看護長の背中を踏みつけると天井を破って去って行った。
「オーン様・・・しっかり!?」
自分の痛みも忘れてハダリーは駆け寄るが転倒し、勇騎の手を借りて看護長を抱き起こすが、ギャンピオンの体重をもろに受けた彼女の背骨のフレームは歪み、ヒビが入っているのは明らかだった。
「ハ・・・ダリ―・・・・もう私は・・・私達は助かりません・・・・しか・・・しあなたは・・・」
「看護長・・・・く・・苦肉の策だが・・・彼女を」
「ええ、現地民の方・・・すみませんが力添えを・・・・私と彼女を・・・・隣の手術室へ」
ギスカルの考えを理解した看護長オーンは勇騎の手を駆り立ち上がると、ハダリーを抱えたギスカルの後に続いて手術室へと入る。
手術室は勇騎の考えていた人間用の物ではなく、どちらかというと巨大ロボットモノの研究所や戦艦内の格納庫を思わせた。彼は看護長の指示の元ハダリーとギスカルの白い長剣の紋章の入った黒い修道服を脱がせて直立した『ベッド』に立たせる。2人の頭部が女性人格は形も眼も丸く、男性人格はやや角ばった形と鋭い切れ長の眼をしている以外は首から下は共通の構造をしていたが、勇騎はこの時は気が付かなかった。
「は、ハダリーにま・・ず、これを・・・・」
オーンが胸の装甲版を開いて取り出した回路を『手術用』マニピュレーターに握らせたのを見てハダリーは驚愕の声を上げる。
「オーン様!それは回復回路ではないですか!?それが無くなったら・・・・いえ胸部の内部回路の交換は団の掟で禁令のはず。それを・・・・」
「よく聞きなさいハダリー。私達はその気になれば簡単に回路を交換することが出来る。それを禁じているのは機士なり看護兵なりが己の役目を放棄できる事を意味し、団の秩序が失われるからです。ですがこの手術は役目の放棄ではなく継続の為。あなたの回復回路は傷ついて使い物にならなくなっている。現にあなたの体の修復が始まっていないのがその証拠です。それでは看護兵としての役割を果たせない」
「そして・・・ここでは戦う力がどうしてもいる。オーン殿の回路と俺の戦闘回路をお前に取り付ける。装甲療兵とも言うべき存在にお前は生まれ変わるのだ・・」
「そんな・・・私は・・・機士はおろか看護兵としての実績もほとんどない新人で・・」
「ロートルが若者に道を譲るだけのことだ。それはいつかはそうしなければならない事で俺達の遺志は回路を通してお前を見守っている。自信を持て。そして俺達の遺志を継いで役目を・・・・果たしてくれ」
「ハダリー・・・頼み、ます・・・」
「オーン看護長!?」
「現地民の方、か・・・回路が停止す・・る前に早く」
眼の光が消えたオーンの体が崩れ落ちる。自身の最期も近い事を悟ったギスカルが勇騎を急かす。
「でも・・・」
「・・・・・お願いします。裁きは全てが終わった後で受けます。今は無念を晴らしたい」
「分かった。指示を頼む。それと俺は勇騎。星川勇騎だ」
「ではユウキ様、よろしくお願いいたします」
勇騎はハダリーと息も絶え絶えなギスカルの指示の元、手術室の装置を動かし、ハダリーの内部に回復回路と戦闘回路を取り付けていく。
「あ・・・か・・体が熱い・・・!」
「大丈夫か・・・ってあっつ!」
『ベッド』から崩れ落ちたハダリーを起こそうとした勇騎は物凄い熱を帯びている彼女の体に触れて思わず手を放す。
「平・・・気です。無念を晴らすと・・・・・誓いましたから。この熱は2人の魂が私に力を与えている証拠ですから」
「ハダリー・・・」
ハダリーは隣にいたギスカルを見やる。その眼に光はないが魂はオーンと共にハダリーの内部で彼女を鼓舞する如く燃えている。
「行って参ります」
ハダリーは3人に敬礼すると手術室を後にした。
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