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2章 好敵手の章
第10話 女機士ハダリー誕生②
しおりを挟む「来たぞ。あれだ。だがティレニア号を送ってくるとは本部に何かあったか?」
マリニエールの知る限りティレニア号はかなり古い部類の船で退役の話さえ出ていたほどだった。
太陽輝く真っ昼間の空、剣王町のどこからでも燦然と白銀に輝く病院船ティレニア号の威容はそんな評判など嘘だと思わせるほど堂々としていた。
「夜のネットやニュースはこれ一色だな」
「だな。あの船を誘導すればいいんだな?」
「そうだ。船員たちもベオタスに気が付くはずだ。船長のギスカル教官は全ての機動鋼馬を記憶していらっしゃるからな」
「分かった。グラウンドで落ち合おう」
「気を付けてね、勇騎君」
ヴィダリオンとマリニエール、そして自力で動けるカローニンは金雀枝杏樹と新井陸の手を借りながら意識のないホットスパーや重症のメガイロを搬送する準備に取り掛かった。
その作業現場に後ろ髪を引かれる思いで星川勇騎と機動鋼馬ベオタスは彗星の様に空を一直線に進むティレニア号に向けて飛んだ。
「目標を発見しました。未だ障壁を張り続けて1直線に飛行中」
『・・・・・障壁が消え次第各自攻撃開始。・・・・・いや15秒まて。それで障壁が消えない場合両舷のオール部分へ集中攻撃をかけろ。それで船は航行できなくなる』
町の四方に飛ばしたダイダロス隊からの報告を得た破剣兵団隊長『鉄腕』ゲッグは現れた船の挙動に首を捻りつつも攻撃の手はずを指示する。
(こちらを警戒して障壁を張っているというのはあり得る話だが・・・・停泊する様子の無いのが気になる。まさかこの次元とは全く関係の無い別の船か?それなら何らかの事故か何かでここに出て再び次元航行するための準備をしているのか?どの道物資を頂く事には変わりないのだがな)
「ベオタスを発見。乗っているのは現地人の模様。どうやら合流するようです」
「攻撃開始!小物に構うな。船を落とす事だけに集中しろ!船さえ落とせば奴らは何もできん半死人だ!」
ややあって予想外の報告がダイダロス隊からもたらされる。
「目標の病院船は火力を増強している模様。それも我々の武器を流用しているようです」
『何ッ!機士団も味なマネをする・・・・船底に回り込むように移動し、オールを狙え』
流石のゲッグも当の攻撃目標が既にシージャックされ、それも自暴自棄になった同僚とその部下が死に物狂いで反撃してきているなどとは夢にも思わない。
乗っ取り犯のタロスは身を乗り出して矢筒状のガトリング攻を連射、船底に回り込もうとするダイダロスの1体を撃墜した。だがその為にダイダロスの眼を通してゲッグに姿を捉えられて彼の怒りを買う羽目になった。
「タロス!?そうか、ギャンピオンか!奴め逃亡と補給を兼ねて船を乗っ取ったな!ダイダロス隊、突入してギャンピオンを捕らえろ!必ず奴が中にいるはずだ!」
アジトの1階で虚空を見つめて指示を飛ばすゲッグ。その声からの焦燥を感じ取ったバットハイクレスタ―とスパイダーハイクレスタ―は声にならない笑いを漏らしていた。
猛スピードで眼の前に迫りくる船の前で停止する事はかなりの勇気がいる事だった。それでもこれをやってのけたのはひとえに勇騎とベオタス、双方の仲間と主人を思う強さゆえである。
(は、早く止まって確認してくれ~)
勇騎はベオタスの手綱を手が白くなるほど握りしめて相手の合図を待っていた。だが船は一向に止まる気配を見せないばかりか甲板からパッと火花が咲き、ベオタスがそれを避ける様に急降下した。
「う、うワッ!?なんだこの匂い・・・火薬か!?・・・・あれは!?」
すれ違いざまに凧のような翼を生やしたタロスが船に向けて上昇していくのを見て勇騎はベオタスを停止させる。船は四方八方から火線に晒されている。その火線のいくつかは船から出ているのだが彼にはその違いは判別できなかった。
「そうだな。船を守らなきゃいけないもんな。行くぞベオタス!」
振り向いて鼻を鳴らすベオタスの意思を感じ取った勇騎はベオタスを上昇させ、下からオールを狙っている翼タロスの背後に近づいていく。
「まだだ、ベオタス。もっとだ。もっと近づいて・・・・いっ!?」
船底からの火線がベオタスを襲う。ベオタスは螺旋を描くように回避したがその行動は船側の動きの変化を察知したダイダロスに補足された。
「ベオタス、フェザーブレイド!」
こちらの世界の言葉でサリッサと呼ばれる6mもの槍を投擲すべく構えたダイダロスはベオタスの翼から放たれたフェザーブレイドで翼と腕をもぎ取られて墜落していく。
「いってくれ!死んでも食らいついていくから、そのまま突入だ!」
勇騎の決死の言葉を待っていたとばかりにベオタスはいななくと火線の火元目掛けてジグザグに飛びながら突っ込んでいった。
「オラ!もっと早く撃たねえか!落とされちまうぞ!?バリスタはどうしたァ!?」
「射角上にいないモノを撃っても仕方あるまい。相手の指揮官はこの船の構造をよく知っているとみえる」
揺れる船内の最下層で鬼のような形相で喚き散らすギャンピオンと対照的にギスカル船長の態度は極めて落ち着いたものだった。
「チッ、ゲッグ奴!」
「何!?この次元には『鉄腕』ゲッグがいるのか!?」
「そうだよ!ジジイ、貴様の手がけた優秀な生徒の1人の、奴にかかったら全員皆殺しだ!それが嫌なら死に物狂いで戦え!」
「それならまずあなたが甲板で戦うべきではないですか?そこで叫ぶだけでなく指揮官が身をもって範を示してこそ部下の方も付いて行くと思います」
「このアマ~!?きれいな顔してるからって容赦しねえぞ!」
「やってみなさい!このハダリー、機士ではないとはいえ団員としての誇りはあるつもり」
「いかん!」
ギャンピオンは臆せず目の前に立ったハダリーに向かって居合切りの要領で剣を振るう。
その速度は流石腐っても元正機士、戦闘回路も経験も無いハダリーとほぼ同時に獲物を引き抜いたとは思えないほど早く、彼女のメイスを吹き飛ばし、返す刀で横薙ぎに彼女の胴を真っ二つにすべく振り抜いた。だがその剣より早くギスカルが飛び出し、脇腹にその一撃を受ける。
「ギスカル様!?何故!?」
「お前に技を教えるといったろう・・・・年寄りの楽しみを・・・・台無しにするようなことをするで・・・ない」
「チッ、このジジイやあそこに転がっているお仲間みたくなりたくなかったらさっさとやれ!」
ギャンピオンの言う『お仲間』とは船首のバリスタ(巨大なクロスボウ)を撃たせてベオタスを仕留めさせようとしたものの最後まで抵抗した為に処刑した看護兵の事であった。
だが彼らの自衛回路の規律は今まさに船が沈むかもしれないというこの段階でさえ戦おうとはしないほどに強固なものだった。
(このままではこいつらと心中だ。かといってここにいては脱出もままならん。ならばこの小娘の言う通り一旦甲板に出た方が助かる望みはあるというもの)
「・・・・仕方ねえ。俺が手本を見せてやる。五体満足なものは全員ついてこい」
威嚇するように剣を振り上げ階段に足をかけるギャンピオン。だが彼の体は轟音と共に破砕された階段の残骸諸共部屋の反対側まで吹き飛ばされた。
「な、奴らもうここまで!?」
「いててて、大丈夫か?ベオタス?」
立ち上がった彼が見た物は天馬とそれを気遣う少年、星川勇騎の姿だった。
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