異世界の機士・黒のヴィダリオン 

紀之

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2章 好敵手の章

第10話 女機士ハダリー誕生①

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 剣王町旧市街・邪神官のアジト

ヴィダリオンとの戦いで手傷を負った破剣兵団隊長『鉄腕』ゲッグは撤退理由である、本隊からの緊急通達を矢筒を背負った新型タロスに問い質す。彼らは本隊から送られてきた増援部隊である。

「デウスウルト本部攻略に失敗したと聞いた」

「事の顛末と今後についてはこれを」

会話能力を持たされている新型タロスの差しだした四角い記憶場合体を兜の側面に差し込む。
破剣兵団の聖戒機士団本部攻略内容とは次のようなものだった。

守備隊の手薄になった本部に比較的罪の軽い構成員わざと捕縛させ、内応を図り外と内部からの同時攻撃で陥落させ円卓の間にある団長席に取り付けられた、聖杯のプレート(グラスの底にある丸いパーツ)を奪取する手はずだった。

現団長ザルツァフォンの方針で様々な次元への遠征へと手を広げている機士団本部は往時2000人もの正機士が詰めていたがこの時はわずかに200人にも満たなかった。とりわけ砲兵は30人とおらず砲撃機能を持った新型タロスと各隊長らの指揮で容易に落とせると思われていた。

「だが内応は不発に終わり、勇者ヴィダリオンの指揮とその後の突撃で本隊は半壊、か。無名の機士では駄目だったか」

「それが・・・・内応の役は直前であのギャンピオン殿に代わっておりまして」


「・・・・奴ならしくじるだろうな。報告されてないがちゃんと戦死しただろうな?」

「少なくとも戻ってきたという報告は聞いておりません」

「生き残る事には恥も外聞もない奴だからな。総長もここに万が一来たら斬れと仰っている」

ゲッグは日頃狂暴な振る舞いながら実力はからっきしというギャンピオンを軽蔑していた。だから本隊というより破剣兵団総長のロベールの決定には賛成だった。

「それよりもダイダロス飛行兵はどのくらい寄こしている?」

敗走したとあってはこちらの頼んだ人数を寄こしているとも思えなかった。

「わが小隊30名の内5名です。残りが10名がケンタウロス騎馬兵、15名が通常の歩兵です」

「ではダイダロス隊は直ちにこの町の空を監視せよ。間もなくデウスウルトからこの次元への補給ないし病院船がやってくるだろう。それを強奪する」

「ハッ」

命令を伝えるとゲッグは取り出した記憶媒体を握りつぶすと中に入る。

「油断ならぬ奴らでしょう?」

「そうだな。楽しめる相手ではある。だから暫くはそちらの流儀で進めさせてもらおう」

バットハイクレスタ―=ザパトの言葉には労いなど微塵も感じられない冷笑が含まれてい
た。

ゲッグもそれに応えて処刑したウルフハイクレスタ―=ガルウの右手を取り出して見せつけると最初に連れてきた旧型のタロスの1体を呼びつける。

「お前達、俺が今から言う人間を1人連れてこい」

その条件はハイクレスタ―達には疑問に思える人材だったが命令に疑問を持つことや言語機能のない旧型タロス達は粛々と階段を降りて外へ出て行った。

「あんな曖昧な条件の人間を攫ってどうするので?」

「実験だ。死してなお役に立つかのな」

「実験!?」

切り取った右腕と前回強奪した1億円の入ったバッグを弄ぶゲッグに爪を振り上げ気色ばむスパイダーハイクレスタ―=プレハを抑えるバットハイクレスタ―

彼も内心では殺害した仲間の死体を使う事は許しがたい行為だった。

(だが失敗すれば奴の立場は無くなる。その時こそ・・・・)

スパイダーの耳元でそう囁くとスパイダーハイクレスタ―も渋々引き下がるのだった。


剣王神社

辛うじてゲッグを退けた。だがこの惨状は敗北と同じだった。

意識の未だ戻らぬホットスパーことパールウェイカーを始めこの場の機士全員が重傷か戦闘能力を奪われていた。

「病院船が間もなく派遣される。それで停泊場所を誘導して欲しいとの事だが・・・・」

「どこって言われても船が停泊できるのはこの町では川しかないけど・・・・大きさは?」

「このくらいだ」

金雀枝杏樹の沈んだ声にも取り立てて気遣いを見せないマリニエールは目から病院船の実物大の映像を投影して見せる。

「でかいなあ。これじゃ川幅を超えるぞ」

星川勇騎の嘆息する。

「マリニエール、船が空を飛べることを伝え忘れているぞ」

「でもなあ、こんなに大きいのじゃどのみち場所は・・・・」

「学校の校庭はどうよ?」

「陸、正気か?」

「そこ以外適当な所があるか?こんなデカブツをここに降ろしてみろ、例のゲッグとやらがまた攻めてくるぞ」

「確かにゴールデンウイーク中だし、あんな事件のあった後だから誰もいないとは思うけど・・・・」

「空を飛ぶ奴は限られてるんだろ?いりゃもっと投入してくるだろうしな」

「だといいけどな」

勇騎は新井陸の楽観論に懐疑的だった。とはいえ自分も最初は陸と同じかそれ以上にお気楽思考だったのであまり彼の事を責められないのだった。

「なあ、ヴィダリオン。今俺達に出来る事は無いのか」

「今はない。怪我人を乗せるのと船をベオタスで誘導してやってくれ。あいつもお前になついているようだから」

「そうか・・・・早く来るといいな・・・・」

勇騎はベオタスの頭を撫でながら空に向かって呟いた。



病院船ティレニア号

聖戒機士団補給部隊所属のこの三段櫂船は今出航に向けての最終点検が大急ぎで行われていた。

「物資は抜かりなく積み込んだろうな?看護兵は全員いるか?」

船長を務めるギスカルは正機士を引退し剣術教官として数多くの機士達を送り出して来た古強者だった。彼は戦いに無情を感じ彼らを「治す」この補給部隊への配置換えを懇願して配属されたという異色の経歴を持っていた。

「全員揃いました。物資も船も各部異常ありません」

「よし、出航」

帆と錨を上げ、両舷の3対のオールが力強く回転する。デウスウルトは平面世界であり狭い海は途中から滝となって次元の深淵に落ち込んでいる。よってその前に十分な速力を得て船首の衝角で次元の壁を突き破る必要がある。補給部隊は戦士ではなく船員としての技能が求められている。この為機士に備わっている戦闘回路が無く、あくまでも敵から反撃する為の自衛回路が組み込まれており能動的に戦いに参加する事は無い。だからギスカルのような経歴の者がいる事は機士団を取り巻く現在の情勢から考えれば船全体に安心感をもたらしていた。

「ですがよろしいのでしょうか?本部にも傷ついた機士がまだいる中で別次元へ向かってしまって」

「君は・・・新人のハダリーだったか?そうだな。いくら団長子飼いの督戦隊の申し出とはいえ決定が速すぎる気がせんでもない。他次元で戦っている機士は数多くいる中でそちらを後回しにして出航させたのは何か理由があるのだろう。だが」

看護兵は地球で言うところの修道女の姿をしている。外見は皆同じ姿なので声や個々の仕草で個人を認識する必要があるのをギスカルは煩わしく思っていた。彼女らがフードを撮るのは緊急時と決められていた。

「やる事は変わらん。上の思惑がどうであれ俺達は自分の仕事を全うするだけだ」

「全う…ですか」

「ハハハハハ、痛い所を突かれたな。だが俺の中では変わっていないつもりだ。剣の技術で守るか、医の技術で守るかというだけでな」

「ありがとうございます。実は此度の戦の混乱で各所に敵の伏兵が紛れ込んでいるという噂が絶えませんので・・・・ギスカル様がいて下さるのは心強うございます」

「そうだな。医療班にとってはその腰の棍棒を使わないに越したことはないからな」

「いえ、自衛の為の技術は磨いているつもりです。実は時間があればご指導いただきたく・・・」

「では地球につくまで少し見てやろう」

「はい!ありがとうございます」

ギスカルの後に数歩下がってハダリーは訓練室のある船底へと向かう。だが階段に差し掛かった時微かな刺激臭を彼女のセンサーが感知した。

「ギスカル様・・・!」

「ム・・・・噂は本当だったようだ。この時間オイル補給を、それも口からラッパ飲みする者はこの部隊には居ない」


部屋いっぱいに並べられた医療用やエネルギー補給用のオイルの詰まったタル。

その最も奥にあるタルの影からむくりと修道女が起き上がった。

「機士の座り方、歩き方だな」

「チッ、つくづく運のねえ。だがな、俺もこうするしかねえんだ!」

偽装用の修道服を脱ぎ捨て現れたのは砲弾型の兜、威嚇用の竜を模した面頬、鎖帷子状のボディに胸と手足に簡素なプレートを付けた機士ギャンピオン。

「一人でこの船を乗っ取る気か?大言壮語は脱走前から変わらんな」

「黙れ、ギスカル!いや、耄碌したなジジィ!これを見ろ」

「ギスカル様・・・!?」

下の階層で作業をしていた修道女達が新型タロス4名に拘束されて連れて来られる。

「卑怯な・・・」

「これからこの船は俺の物だ!分かったら全員配置につけ!次元を超えたらあのゲッグの野郎がきっとくる。沈められたくなけりゃ別の次元へ飛べ!」

「それは無理だ。もうすぐ地球に到着する。進路は変えられん」

「ならすぐに次元を超えられるよう準備をしろ!モタモタしてるとぶっ殺すぞ!」

ギャンピオンの粗野な声が船内に木霊した。
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