異世界の機士・黒のヴィダリオン 

紀之

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2章 好敵手の章

第9話 敵傭兵隊長の挑戦①

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 合体ハウンドクレスタ―強化体を倒した後、ヴィダリオンら聖戒機士達は従機士マリニエールの案内で邪神官がアジトにしている剣王町旧市街の幽霊屋敷と名高い廃屋へ突入した。

「塵一つ残っていない。もう逃げた後のようだな」

「そうでもない。見ろヴィダリオン」
従機士カローニンが床の一角を指さす。廃屋は電気など通っていない上に建物の位置と方角から全く外の光が届いてない夜中みたいな暗さだった。そんな暗さよりもなお昏い大の字になった人型のシミが3つ、床にハッキリと刻まれていた。

「まさか、邪神官共の死体か?」

顔を背けながらその汚らわしい物の正体を推理するホットスパー

「だろうな。それよりも悪魔の像を探してくれ。あれが例の聖杯の一部を持っているんだ」

マリニエールは感情を感じさせない普段の声でここに来た最大の理由を皆に告げる。

「ここにはない・・・・なら2階か?」

だが空振りだった。机や椅子はあるものの、目を引くような不思議な物や奇妙な物体は家の中から何も見つからなかった。

「おかしい。これだけ探して見つからないとは。マリニエール、お前の知らない4人目が居てそいつが重要な物を全て持ち去ったか、あるいは・・・・・」

「邪神が復活してねぐらを変えたかだな」

ヴィダリオンがあえて士気の為に口を濁した事をメガイロはあっさりと口に出した。この事は薄々全員が感じていた事ではあったのだが、いざはっきり指摘されると空恐ろしい悪寒が駆け巡る。

「となれば1から捜索し直しだな。ユウキや主にこういう曰く付きの家がないか聞いてみるとしよう」

ヴィダリオンがそう言うとその仲間たちは廃屋を後にした。



彼らの捜索から1週間後

実体のないそれでいて重く体に纏わりつく、1筋の光さえ届かぬ闇の底。

何も見えない。いや存在しないといった方が正しい。邪神官ザパトは今そんな虚空の世界にいた。

「不思議だ。あれだけ恐れていたのにな。いざ死んでみるとこれはこれで心地良いものだ」

その言葉が罰になっていないと判断されたのか、背中を突き上げる衝撃がザパトを襲う。

「う・・・・!?あの光は現世の!?」

夜空の星の瞬きのような弱弱しい光は自分が近づくにつれて急速にその光量を増し、気が付けばザパトはあの剣王町旧市街のアジトの2階の部屋の壁に寄り掛かるように立っていた。見回してみると本来の姿に戻った同僚の邪神官プレハと邪神官ガルウが自分同様に壁に寄り掛かるように立っていた。

「目覚めたか、ザパト。いやもう神官ではないからバットハイクレスタ―と言うべきか」

「そうだな。お前も邪神官プレハでなくスパイダーハイクレスタ―と呼ぶべきだろうな」

「おれはいままでのほうがいい。なまえ、ながすぎる」

赤い瞳と耳まで裂けた口と赤いラインが入った黒い体に、肩と足に白色の毛皮を模した鎧を纏ったウルフハイクレスタ―、元邪神官ガルウが不満げに唸る。

「それは違反だが内々ではよかろう。しかし本来の姿とはいえ久方ぶりに戻ると違和感がある」

バットハイクレスタ―は鏡に映る己の姿を見つめる。鏡の中には黒い体に青いラインが走り背中に1対の開いた棺桶に似た翼を持つ、青い眼のコウモリと翼竜の合わさった顔が自分を見つめ返していた。

「だが、我らが主は何故我らを復活させたのだ?私達は滅多に生まれぬ優良種とはいえ同格である以上は図像獣を生み出す事は出来ない」

黄色い目をした2本角のある口裂け女。白い蜘蛛の胴体とその下にある人間で言うところの下半身は球状のグラインダー(掘削機)であり、その側面から貧弱な蜘蛛の足が2対4本出ていた。残りは腕として2本、肩に1対2本ある。

「新たな神官が派遣されるのだろう。我らはその指示に従い、主の御心を遂行するのみ」

「いい心構えだねえ。部下がそうだと外様の俺も気持ちよく赴任できるってもんだ」

階下から響く大音声。ついで大きな足音とガチャガチャという金属音を響かせながら犬の顔のような顔部の突き出した兜を被った機士が立っていた。その黒光りする右腕は反対側と不自然に大きい。

「機士だと!?」

「敵がおれたちのしきかん?どういうことだ?」

威嚇するスパイダーハイクレスタ―もといプレハと頭上に無数の?マークを浮かべて首を傾げる元邪神官ガルウことウルフハイクレスタ―。

「どうもあんた方の首領はサプライズがお好きと見える。俺はこういうもんだ」

背中に背負っていたおかしなくぼみのある丸盾を見せる。その表面にはいくつもの巨大な斧とそれらに真っ二つにされる無数の剣が描かれていた。

「破剣兵団が・・・・誇り高き我が主が悪名高き傭兵団の部隊長と契約されただと・・・・!?」

呆然と立ちすくむバットハイクレスタ―こと元邪神官ザパトを無視してズカズカと部屋の中央にやってきた彼はいつの間にかそこに置いてあった盃を咥えた悪魔の像の前に跪いた。ハイクレスタ―達もそれに続いて跪いた。

「破剣兵団第一戦闘部隊長ゲッグ、契約に従い着任致しました」

『遠路はるばるご苦労。まさか古強者の君を派遣するとは。こちらはありがたいがそちらの作戦に支障はないのか?』

「お気遣いありがとうございます。しかし心配はご無用でございます。我が傭兵団は私を超える腕利きが沢山おりますゆえ」

ゲッグと名乗った傭兵隊長は後ろのハイクレスタ―らを振り返りながら言葉を返す。

(おのれ・・・!いかに悪名高い『鉄腕ゲッグ』でもたった一人で何ができるというのだ!?)

バットハイクレスタ―も彼らの噂は聞いている。

曰く彼らの通った跡は緑の大地が荒野に変わる。

曰く襲った村や町は瓦礫1つさえ残らず破壊されて地図から消し去られる。

その他数々の残虐行為であらゆる次元で恐れられる流れの傭兵部隊・破剣兵団

その中でも特に悪辣と言われるいわば傭兵団の顔とも言うべき男がこのゲッグだった。

「なるほど。流石は聖戒機士団を抜けた元機士殿らは実力が違いますな」

「そちらの申し出はこちらの作戦にとっても渡りに船だったのでね」

バットハイクレスタ―の言葉を称賛ではなく皮肉と受け取ったゲッグも負けてはいない。

言外にお前たちの力など必要ないのだ、と。

(やつら、機士団を攻撃する計画なのか?だとすればこちらを捨てゴマにする気か)

「それでは契約の取り決めの1つをまず履行して頂きとうございます」

『よろしい。貴殿に図像獣作成の力を与える』

悪魔像から紫の光がゲッグの右手に照射される。

「ありがとうございます。では本格的な作戦開始の前に私共の力に懐疑的なお歴々もいらっしゃるようなのでそれを披露したいと思います」

『うむ。以降の指揮はそちらに任せる。ハイクレスタ―達よ、ゲッグ殿に協力するのだぞ』

「という訳だ。これからは俺の指示に従ってもらう。お前らは暫く待機だ」

像からの声が途絶えた途端、ゲッグは本来の傍若無人な態度に戻る。

「傭兵団の力を見せるという事か?」

「そうだ。この業界はナメられたら終わりだ。どうもお前らは俺達の噂が人づてに尾ひれが加わっていると思っているらしいからな」

「傭兵団というが他の団員が見えないが?」

「蜘蛛姐さんよ、部下は既に配置済みだ。作戦開始の合図があればすぐに動き出す」


同時刻・剣王神社

「だからそれはいらんといったろう!ポスターだけなら掲示板に貼ってもええ。じゃがそんなものを置かれても何の宣伝にもならんし邪魔なだけ。何より景観を損なう事著しいわい!!」

朝の静謐な境内に金雀枝杏樹の祖母のリエの怒声が響き渡る。

「しかしねえ、俺達は上から許可をもらったと聞いているんだが。それにここまで運んできた労力も考えてほしいな。金をとる訳じゃないんだから、これがあっても別段雰囲気は変わらないと思うけど?」

そう言うと配達業者風の男達は2mほどの大きさの古代ギリシャの重装歩兵のブロンズ像を社務所の傍に置いてそそくさと退散する。

「おはようございますおばあ様、あれは?」

「おはよう杏樹。聞いているじゃろう?麓の美術館で行われるあの」

「古代ギリシャ展ですね。それが?」

「宣伝の為と称して町の各所にあのブロンズ像を置いていきよるらしい。ここは1体だけじゃが、他の所は2体も3体もあるというぞ」

「確かに神社には似合わないですね・・・」

「そうだとも。それなのに最近の者は文化への敬意も口の利き方もなッとらん・・・!」

「おばあ様、私、本堂の掃除をしてきます」

こうなるとリエの話は長い。用事にかこつけて杏樹はその場を後にする。

(そういえば勇騎君と新井君あのイベントの臨時のバイトに応募したわよね。なんか実入りが良いとかってはしゃいでいたけれど、あれを運んでいるのかしら?)

今頃こんなはずではとか愚痴をこぼしながら作業をしている2人を想像して杏樹は思わず噴き出した。

「おい、陸大丈夫か、しっかりしろ」

「大丈夫だけどよ、ブロンズ像ってこんなに重かったんだな。高給に目が眩んでとんでもねえのに応募しちまったぜ」

トラックの荷台から重装歩兵のブロンズ像を左右から抱えて移動用の大きな荷台に慎重に乗せた星川勇騎と新井陸は郵便局の奥のスペースに行くと像を降ろす。

「ミスマッチすぎる光景だな。こんなんで人が来るのかよ?」

「でも時給3万だからな。ゴールデンウイーク最後のたった3日だけとはいえ、えらい気の入りようだぜ」

「銀行に市役所に公園にもだ。公共施設って奴にはあらかた置いたな」

「だな。怪物騒ぎ続きで今年はどこもゴールデンウイーク返上で働くみたいだからな。まあ俺らにとっちゃ余り関係のない話だけどよ」

「大人ってのは大変だな。そろそろいかないとまたどやされるぞ」

「そうだな。あとひと踏ん張りするか」

2人は伸びをしながら郵便局を後にする。その2人をブロンズ像の目がジッと見据えていたのに誰も気が付かなかった。
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