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1章 機士の章

第8話 ヴィダリオン正機士叙任③

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 星川勇騎らの懸念は当たっていた。彼らが全速力で星川家に向かっていた時、留守番中のカローニンは家の掃除をしていた。2階が終わり、さて1階はどこからしようかな、などとのんきな事を考えていた彼はリビングの机の上に巨大な黒い犬が寝そべっているのに気が付いた。その犬が顔の中央に黄色の単眼が邪悪に輝くのを見て取った彼は右手の得物を掃除機から愛用の短剣へと代えて有無を言わさず斬りかかった。魔犬はひらりと攻撃を躱すとカーテンレール上に音も無く飛び乗るとせせら笑いを機士へと浴びせる。

『ハハハ、お前達1人1人では敵うものか。今頃貴様の仲間達も・・・』

「そういう輩を何人も斬ってきた!今回も同じ結果だ!」

『なら例外を教えてやろう!』

ハウンドクレスタ―は黄色の単眼から魔力を込めた光を放つ。

「チッ、さすがに魔光の餌食にはならぬか」

カローニンはマントと盾でその光を防ぐとその体勢のまま目にも止まらぬ速さで魔犬に近づき身を翻して距離を取ろうとするハウンドクレスタ―へシールドバッシュをかける。

「ウッ!?」

だが盾が当たる直前に魔犬は黒い靄となって霧散、カローニンは突然の事に勢いを殺せずリビングの窓をぶち破って庭に転がり落ちた。芝生の上にうつぶせに倒れた彼が身を起こすと芝生の上に長々と身を横たえたハウンドクレスタ―がこちらを凝視していた。カローニンは先程の光から身を守る為に本能的に短剣を目の前にかざしたが魔光の代わりに黒い靄が身を包む。

「ガッ!?」

「警戒し過ぎたな!このまま首を食いちぎってやる!」

靄は一瞬にして魔犬の姿となりカローニンの背後に圧し掛かりその牙を兜の直下、首筋の最も柔らかい部分に食い込ませる。

「お・・・前に敵わずとも・・・・・一矢は報いる・・・!」

カローニンの視界は走査線や砂嵐が半ば入り混じる意識消失寸前であったが最後の力を振り絞りコートオブアームズ・チェンジマートレットへと変形し飛翔。星川家の塀へ敵を叩きつけようとするがハウンドクレスタ―はまたも黒い靄と化して離脱、カローニンのみが塀にぶつかる。

『はかない抵抗だったな。これで終わりだ!』

靄は徐々に黒犬の形へと姿を変えながら死刑宣告を相手へ告げる。

「そ・・・・それはど・・・・かな?あの蹄の音がきこえるか・・・・!あの声がきこえるか・・・・!」

カローニンは視界の隅にそれぞれの愛馬に乗ったヴィダリオンとマリニエールがそれぞれ後ろに傷ついたホットスパーとメガイロを乗せてやってくるのが見えていた。

「コートオブアームズ・クレッセントカッター!」

カローニンのかすれ声は飛来した4つのクレッセントカッターの回転音にかき消されながらもしっかりとハウンドクレスタ―へ届いていた。ブーメラン攻撃を躱す為再び靄へと戻ったハウンドクレスタ―は全身が突風に引き裂かれる痛みを感じる。

「紋章剣奥義!疾風竜巻返し!」

ヴィダリオンの必殺の剣風は魔犬の周囲を囲むように飛び交うクレッセントカッターの回転の起こす渦を取り込み巨大な竜巻となると靄を文字通り雲散霧消させた。

「やったぜ!」

『残念だがぬか喜びだな』

快哉を上げる勇騎の前の黒い粒子が集まると靄を経てハウンドクレスタ―が姿を現す。

「駄目か・・・・靄を消し飛ばせばそのまま倒せると思ったのだがな」

「マリニエール、恐怖の督戦隊といえども所詮は従機士の浅知恵よ。纏めてあの世に送ってやる。最大の恐怖を感じながら死ぬがいい!」

プレハの頭脳と瞳を宿したハウンドクレスタ―の単眼が輝く。

「ユウキ殿」

「ああ!やらせるか!」

勇騎は魔犬の前の飛び出すと両手両足を広げて立ちはだかる。少しでも体を大きくしてヴィダリオンらを光から守ろうという考えだった。

『馬鹿め。自ら死にに来るとは・・・何?撤退だと!?そうか・・・・・作戦変更の必要性があるな・・・』

邪神官ザパトからの指令を受けたハウンドクレスタ―は魔光を発することなくサッと塀を駆け降りると旧市街へ向けて猛スピードで家々の屋根を伝って去って行った。


「カローニンしっかりしろ」

「大丈夫よ、ヴィダリオン。今助けるわ」

「おい、まさか?」

「勇騎君平気よ。私にはこれくらいしか出来ないから」

金雀枝杏樹は両手を組んで目を閉じる。

(この勇者達をお救い下さい)

杏樹の祈りに応えるように剣王神社の奥殿から現れた謎の金属棒が光り輝くと閃光を傷ついた機士らに照射する。

「う・・・・俺は何でここに?」

「頭の声が消えた・・・?」

「首の傷が治っている?」

「よか・・・・った」

ホットスパー・メガイロ・カローニンの無事を確認すると杏樹は気を失って倒れそうになるのを勇騎はすんでのところで支える。

「主、また無茶を」

「現地民と我々の理想的な協力関係だな」

ヴィダリオンはマリニエールを怒気を隠さずに振り返る。

「協力だと!?先程ユウキを盾にしようとしたな?あれがお前の言う協力か?」

「彼らにはあの光の魔力が効かないようだからな。適材適所だ。そんなに彼らの命が気になるのなら戦地での略式にはなるとはいえ正機士叙任を受けるのだな。私を含め今正機士に昇格できるのはお前しかいない」

「分かっている。分かってはいるが・・・・」

「なあ、正機士になるとどうなるんだ?」

「ああ、従機士の6倍の性能の向上や様々な特権が付与されるのですよ」

勇騎は説明してくれるマリニエールの特権という言葉にヴィダリオンが反応したように感じた。

「マリニエール、俺個人は信用ならないお前を監視する意味合いではそれでもいい。だが他の者達は・・・・」

「分かるぜ。互いに命を預ける同僚いや戦友を文字通り手足の様に使う事が出来るという事に抵抗のある従機士は多い。だがなヴィダリオン、俺達は誇りある戦士だ。それを互いに尊重しているだろうが。そうだろ?なら手足だろうが頭だろうが関係ねえ。あの犬ッコロを叩きのめす事が出来るならな」

「ホットスパー、お前」

「ホットスパーの言う通りです。皆あなたの実力と、性格は・・・ちょっと問題がありますが私は認めていますからね。このカローニン、あなたに喜んで力を貸しますよ」

「俺も異存はない。強い奴が叙任されるのは自然の道理だ」

カローニンとメガイロもなおも迷うヴィダリオンを後押しする。

「そうだな。主が目覚めたら相談してみよう。その時はよろしく頼む」

ヴィダリオンは生まれてから同格の機士には下げた事のない頭を下げて感謝と決意を表したのだった。


同時刻・剣王町旧市街の邪神官らのアジト

ガルウの分身のハウンドクレスタ―の赤い光を浴びたことで元々低い勤労意欲を失いダラダラとリビングでスマホを弄り続ける人々。そういう人々でも空腹は感じるのでコンビニやスーパーへは出かけるがそれらもまた働く意欲を失った人々によって硬くシャッターを閉ざされていた。

そんな街中には時折恐怖の悲鳴が響き渡り、道行く数少ない人々はその声に顔をしかめる。悲鳴の正体はプレハの分身の魔犬の黄色の光を浴びた者が光によって植え付けられた悪夢や幻影に怯えているからである。

この悲鳴にかき消される形で見過ごされる、赤ん坊の悲鳴。小さな命の泣き叫ぶ姿そっちのけで親たちはザパトの魔犬の青い光を浴びた事により食欲を加速させて自分達の食事に取り付かれていた。

「ブンゲンチャンネルをお待ちかねの皆さーん!今日から耐久配信を24時間365日やってみたいと思いまーす!!まず最初は・・・・」
食欲だけではない。承認欲求という欲望を加速させられた勇騎達のクラスメイト分限広人は赤い光で睡眠を「禁じられる」という光の重ね掛けの被害により丸1日動画作成だけを続けていた。

アジトの1階で3神官らは邪神官ザパトの分身たる青い単眼のハウンドクレスタ―のこれらの記録映像を見て時に低く、時に爆笑しながら見入っていた。

「私の分身が帰ってきたな。これで3匹揃った」

「よし。作戦の最後の段階に行くぞ。3匹を合体させる。これで機士共の協力者のような耐性のある連中もこれで耐えられん」

「へへへ。これでまちは全滅」

「そうだ。勝利を我が主に!世界を始まりの姿へ!!」

「世界をあるべき姿へ!!」

「むのせかいへ!!」

三神官の声に応じる様に3匹のハウンドクレスタ―は合体と同時に巨大化。全高10m程の3ツ首の魔犬となって遠吠えを上げた。


「おい、ぼやぼやしてられねえぞこれは!?」

ホットスパーが新たに出現した魔獣の出現に植え付けられた恐怖の名残と武者震いに震える。

「私達で食い止めます。ヴィダリオンは叙任の儀式に集中を」

「頼む、カローニン」

「なるべく早く頼みますよ」

「待っている」

マリニエールとメガイロも愛馬に跨り駆けだした。

剣王町の命運を賭けた戦いが今始まろうとしていた。

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