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1章 機士の章
第8話 ヴィダリオン、正機士叙任①
しおりを挟む剣王町旧市街・邪神官らのアジト
この家は昼間であるにも関わらず全ての窓に暗幕が張られ中の様子を窺い知る事は出来ない。もし中を見る事ができたらなら、その人間は間違いなく現在い上の中で行われている『儀式』を目にして卒倒しただろうが。
「闇よ。世界のある前から存在する原初の帳にして我らの偉大なる支配者よ。御前におりますこの僕らの最期の献身と中世を受け取り、我らが願いを聞き届けて下さい。我らの仇敵との最後の戦いの勝利の為の力をお与え下さい」
1階の居間に相当する部屋の床一杯に円形と五芒星の描かれた奇怪な紋様が描かれており、その紋様は毒色という形容がしっくりくる、紫と鉛色の入り混じった光を放っていた。この紋様の中心に盃を咥えた不気味な怪物とも悪魔ともつかぬ不気味な像が祀られていた。その像に跪く3人の黒衣の人物らが一様に脂汗を流して先の文句を繰り返していた。
儀式が始まって何時間たったのか。もはや追い詰められた状況にいる3人には時間感覚はとうの昔に消え去っていた。
自分達の祈りに応えない、まさにその事が彼らの主人が3人を見限ったという証ともいえるのだ。
『与えよう。我が僕たちに最後の戦いの機会と我が力を授けよう。我が怒りと憎悪がお前達の怒りと憎悪であるならば、仇敵聖戒機士どもとこの世界を滅ぼし聖杯の最後の一部を手に入れよ。それができぬ時は・・・・・わかっているな?』
支配者からの言葉に3神官は一層その頭を垂れる。
「このザパト、神官の地位を返上いたします」
「プレハも同じく」
「ガルウも」
神官の地位を失う事はすなわち更迭を意味する。暗黒武僧集団マレフィクスにとってそれがどういう事を意味するかは3人とも覚悟の上での宣誓だった。
『よかろう。各々のクレストを我が前に置くがいい』
3人はそれぞれの目の色をしたバイオクレストを像の前に置く。赤・青・黄の3つのクレストの周囲に黒い靄がかかり、それが晴れた時バイオクレストの中央部から黒いねじれた角状の突起が生えていた。
『期待しているぞ』
そう言い残して声は消えた。
「行くぞ。後はかねてより打ち合わせた通りだ」
ザパトは恐怖と歓喜に打ち震えながらクレストを握りしめると、2人を伴って外へと出て行った。
4月早々に出現した不可思議な色を放つ棒状の物体。盆と正月以外は閑散としている剣王神社には連日方々から取材や物体の調査に訪れた全国の考古学者や研究機関がひっきりなしにやって来ていた。
「それで、何でお前らが俺んちにいる理由とどう関係があるんだよ?」
星川勇騎の家の庭にカローニン、マリニエール、メガイロが並んで立っていた。ホットスパーことパールウェイカーは普段からどこにいるのか知れない為この中には居ない。
「杏樹殿の祖母君曰くこれ以上厄介なのが増えると困るとの事です。落ち着くまではここにいろと。どうせあなたしかいないのだからいいだろうと仰っていました」
カローニンが苦笑する。
「まあ、確かにな。異世界から来た機械の騎士なんてどう説明すりゃ納得してくれるんだ?」
彼の幼馴染金雀枝杏樹の祖母のリエも連日の取材に最初こそ知名度アップと賽銭増を期待していたのだが、思いのほか取材というものが面倒な事やギャラも雀の涙くらいしか払わない(当然賽銭もしてくれない)TV局らに次第に愛想をつかしていた。その為彼らの下世話な興味だけ引いて神社の経済効果に全く寄与しないであろう厄介者達を纏めて星川宅にほとぼりが冷めるまで「追放」することに決めたのだった。
「そういや、皆が神社に押しかけまくったせいであいつ、始業式にも出られなかったんだよな。杏樹はどうしてる?」
「お変わりありませんよ。心配ない、と。それとまた一年間よろしくとの事です」
「ま、これも腐れ縁だな。ところでメガイロ、お前どこで寝る?」
勇騎は3mを優に超える大男の機士に話しかける。
「ここでいい」
「いや、さすがにそれはなあ。と言ってそのでかさじゃ家の中に入れないし」
「目立つのがダメだというのならそこでもいい」
メガイロは庭の軒下の空間を指さす。
「いやいや、野良猫じゃないんだから。って言ってもそこしかないか。スマン、メガイロ寝る時はそこを使ってくれ。後で毛布とか持ってくる」
「リエ殿の言うにはゴールデンウイークとやらが終われば皆興味をなくしているだろうと事なので10日ほど滞在させて頂きます、家主殿」
カローニンの説明もそこそこにマリニエールは庭から上がり星川家の奥へ勝手に入っていく。
「おい、そこから入る奴があるか。玄関から入れよ」
「これは失敬。私とメガイロは向こうでは本殿とやらにいますのでそこと同じかと」
マリニエールは悪びれる事は無かった。
「マリニエール、ここではユウキ殿が家主なのですから彼の言う通りにしなければ」
「家主っていっても留守番してるってだけだよ」
カローニンがたしなめるのを傍で聞いている勇騎はくすぐったそうに否定する。
本来は勇騎の両親は4月には海外の出張から戻ってくるはずだった。だが出張先で『どうしても欠く事の出来ない人材』という事で出張期間が延びたという連絡が来たのが昨日の事だった。
(これ見たら母さん卒倒するな)
両親がいないタイミングで良かったと心底安心する勇騎だった。
「それで・・・・あの棒みたいなのは向こうに持って帰るのか?」
「いずれはね。しかし今あれを持って帰れば我らの故郷が戦場になる事は必至。暫くはここに置いて置くことになるでしょうね」
話題を例の不思議な棒に移した勇騎にマリニエールは無情な返事を返す。
「ここが戦場になるじゃないか!お前らは戦士なんだろう!?」
「この次元の敵はここで食い止めろというのが本部の通達なんです。すみませんユウキ殿私達が今まで通りにお守りいたします故」
「う・・・カローニン達を責めてるわけじゃないんだ。ただ・・・あんな敵がこれからも来ると思うとさ・・・・」
「パワーアップならこの次元に主人を持つヴィダリオンができるはず。彼は何故正機士叙任を受けないのです?」
「叙任ってあの肩に剣を置くやつか?」
「そうです。よく知っていますね。ですがまあ、色々彼にもあるんです。その理由は私も分からなくはないし、マリニエール、あなたもでしょう?」
「それはね。確かに強くなるが代償が大きいのが。むしろ代償しかないと言うべきでしょうか」
「え・・・もしかして危険なのか、その儀式?」
「いいえ。ただ機士にも様々な習慣やらがありますからね」
「へ~。でもあのヴィダリオンだと理由がろくでもなさそうな気がするな」
(鋭い)
カローニンはその言葉を危うく口に出すところだった。ある理由から自分達のようなあえて従機士に留まっている機士は上の年代の機士からは恥だと言われているのだ。
「それより、この世界の人々があれをどう分析したのか、見てみましょう」
マリニエールは床に落ちていた地方新聞を拾い上げ読み上げる。以下は退屈な学術要素を除いた要約である。
『4月5日剣王神社奥殿から出現した謎の光る物体についてW大学考古学チームはこの物体に使われている金属が地球に存在しない事や炭素測定で1万年以上前という信じがたい報告を発表した。チーフである尾崎教授は人類史や文化史が根底から覆る発見であると・・・・』
この時誰かがこの記事の隣に小さく出ていた剣王町の交差点から信号機が突如消えたという記事に注目していたらあるいはその後の展開が変わったかも知れない。彼らが新聞を読んでいる時、3体のハウンドクレスタ―はいずれも最終調整中だったからだ。翌日からこのハウンドクレスタ―が引き起こす大パニックに剣王町は見舞われることになる。
その日は一見普段と変わらなかった。少なくとも勇騎が杏樹と共に学校に来るまでは。ただ普段より車の往来が少ないとは感じながら。
現在8時。ホームルームまで後30分というのに生徒は3人、彼ら以外は新井陸しか教室にいなかった。
「今日ってまだゴールデンウィークじゃないよな?」
「今週末からよ。この教室だけじゃない。学校全体に人がいないわ。部活の朝練してる人もいないなんて変よ」
「おい、先公も誰も来てねえぞ。学校にいるのは俺達だけだ。こりゃあいるだけ無駄だ。帰るべ」
陸はウキウキしながら帰り支度を始める。
「勇騎君、協力してくれるわよね」
「いや~正直今の方がいいななんて・・・・・はいすみません」
杏樹の笑顔から図り知れない恐怖を感じ取った勇騎は素直にクレスタ―探しを手伝う事になった。
「でもどこを探すよ?」
「まずは私達の家と陸君の家の間を調べましょう。何か痕跡が残っているかも。私達3人以外にもおかしくなっていない人がいるかもしれないし」
「うちの近くには変な事は無かったぜ。杏樹は?」
「ないわ。陸君の所は?何か変な事なかった?」
「さあねえ。ゲームしてたからな。ちょっとやそっとじゃ気がつかん自信がある」
通学路を通りながら異変について推理する3人。だが素人には事件の手掛かりは掴めそうになかった。そこに大きな影が3人の頭上に覆い被さる。影の主は機動鋼馬ベオタスに騎乗したホットスパーことパールウェイカーである。
「そうだ、ホットスパーなら何か見てるかも。おーい」
だがホットスパーは返事を返すことなくコートオブアームズ・スターシールドを展開、槍状に変形させると杏樹目掛けて空中から急降下してきた。
「おい!どういうつもりだ!?」
勇騎は杏樹を背中で隠しながらこの暴挙に憤る。だが当の本人はそんなものに耳を貸さず、勇騎ごと杏樹を貫かんと再度騎乗突撃をかけてきた。
「ヴィダリオン、ヴィダリオン、決着を、決着を大オオオ!」
「いつも以上に様子がおかしい!?アコレード・ヴィダリオン!」
だが主の叫びにヴィダリオンは出て来ない。
「嘘?どうして!?アコレード・ヴィダリオン!!ヴィダリオン?ヴィダリオン!?」
何度読んでも黒機士は出て来ない。
「コートオブアームズ・クレッセントカッター!」
何処からともなくマリニエールの声がすると地面すれすれを飛ぶ4つのクレッセントカッターがベオタスの足を薙ぎ払い、人馬は横転。すかさず路地から飛び出したメガイロが1人と1頭を押さえつけると悠々と肩に担ぐ。
「助かった。サンキューマリニエール」
「いえ。不祥事は未然に防がねばなりませんから」
「2人は無事なのね」
「ええ。カローニンもね。今のところはという前提つきですが」
「一体何があったんだ?」
「それをこれから調べてみましょう」
マリニエールは自身の兜から黒いコードを引っ張るとホットスパーの兜に繋げる。
「・・・・これはとんでもない事になりましたよ」
深刻な声でマリニエールが言った。
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