異世界の機士・黒のヴィダリオン 

紀之

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1章 機士の章

第3話 飛べない天使は愛の使者①

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 異世界デウスウルトから次元を超えて日本のとある町剣王町にやってきた黒機士ヴィダリオンは月が替わったのと同時に町全体が何か浮足立っていると感じていた。それは彼の主である金雀枝杏樹えにしだあんじゅとその友人星川勇騎の通う剣ヶ峰学園も例外ではなかった。

バレンタイン
女性がチョコ(それ以外もあるとの事)と共に意中の男性に想いを伝える大切な日だと杏樹から聞いたヴィダリオンはすぐに関心を失い、いつも通りのグウタラ紋章生活に戻っていった。

2月13日
バレンタインが翌日に迫ったこの日も彼ら2人のクラス1-Cはこの話題で持ちきりだった。

「先月のクレスタ―の事、皆あまり気にしてないな」

「そうね。結局自分達が直接被害を被ったわけじゃないから、かな」

「つってもなあ。そうなったら皆でこうして馬鹿出来なくなっちまうしなあ。かといってあの事を公表しても信じてもらえるかどうか」

勇騎は頭の後ろに両腕を回して天井を見上げる。

「公表って何をだ?お前らが正式に付き合ったといったら俺は信じるぞ?」

茶髪のスポーツ刈りの男子生徒、新井陸が勇騎に声を掛ける。

「いや、そんなんじゃないけど」

なあ、と杏樹に同意を求めるが彼女はクラスの女子から声を掛けられそっちに行ってしまった。だが何かに気付いた様に振り向くと

「そうだ、バレンタインと言えば勇騎君、後で時間ある?ちょっと聞きたいことがあって」

「おう」

「なるほど。負けたな、お前」

「何のことだよ?」

「あれはな、金雀枝の奴、他に気になる男が出来たんだよ。だからお前に色々聞いて参考にしようって魂胆だよ」

「んなバカな。杏樹に他の男なんて」

例年なら確実に違うと言えたが今年は違う。今年はあのヴィダリオンが居るのだ。普段あんな奴だが戦いとなれば強いし、何より主人と仰ぐ杏樹にはなんだかんだで誠実で紳士的な振る舞いを心がけている。

(もし、あいつが女で俺と契約していたら・・・勘違いする自信があるな)

「何だ?もしかしてマジなのか!?」

陸は冗談のつもりだったのがどうも本当のようだと知って焦る。

「いや、違うよ。それよりもお前に何でそんな事が分るんだよ!?」

自分もそうだから杏樹も、と思いたくないがその考えを振り払うように反論する。だがその必死さは却って陸の疑念を確信に変える。

「そりゃあお前、俺がそうだったからさ。お互い好きだと思っていたのが実は俺の方だけだったのさ。ああ、戻れるならあの時の自分をぶん殴って正気に戻してやりてえ」

「ああ・・・・スマン陸。今日昼奢るよ」

いつの間にか立場が逆転していた2人の耳にキザったらしい笑いが響く。

「フフフフフフ・・・・話は聞かせてもらった!金雀枝君のその相手はズバリこの僕だ!!」

「それは無いな」

「断言できる」

いつ間にか傍に立っていた第三の男、金髪に緑と青のオッドアイの美男子は2人に即座にいなされそのイケメン顔を歪ませて激昂する

「おい、失礼だぞ!!君達モブ男よりこの剣王町一のブルジョア分限広人わけきりひろとこそ剣王町の旧家の代表格たる金雀枝君に相応しいんだ」

「そんな事杏樹は一度たりとも自慢した事ないけどな」

「ブルジョアってなんだ?昭和か?」

「これだから物を知らん庶民は・・・いいかブルジョアというのは」

「知ってるよ。ただの成金だろ」

陸の評価はそのまま剣王町に住む人々の評価でもある。彼の一族はかなり強引な手法で町の土地や企業を買収していた。それを黙認させる為の違法な献金までしているとの黒い噂まである。

「貴様!我が家が気にしている事を・・・!まあいい。いいかね、これから僕のスマートなデートの誘い方をお見せしよう。君達も参考にしたまえ」

なんのこっちゃと顔を見合わせる勇騎と陸を尻目に芝居掛かった動作で杏樹のいる女子グループに近づいていく広人。
「金雀枝君、この月末にわが家が大株主を務める大鷲航空の新型旅客機の公開お披露目式があるんだ。これがチケットなんだがどうだい、ぜひ一緒に行かないか?」

「ごめんなさい、その日は用事があって・・・」

「よ、用事・・・か。・・・では仕方がない。又の機会に誘うとしよう」

断られると思ってもみなかった広人は肩を落としてスゴスゴと引き下がる。

「あいつ、嫌味な奴だけどああいう所は潔いよな。そこは見習わないとな」

「そこ、聞こえているぞ!ああ、良いとも。では一緒に行こうか」

勇騎は心底感心した様子で彼の作法を見守っていたのだがそれは誇り高い彼には逆効果だった。だが見せつける様に別の女子からの誘いを即OKする様はやはりこいつは嫌な奴だとクラス中から再認識されるのだった。


剣王町・旧市街・邪神官達のアジト

『ご覧ください。今年のバレンタインに向けたこの新開発のチョコレートケーキを・・・』

邪神官の1人ガルウは耳まで裂けた口からヨダレを垂らしながら食い入るようにTVのバレンタイン特集を眺めていた。そして何かを思いつきドタドタと階段を駆け上がる。バレンタインという異世界の行事の発する熱は正邪関係なく人を浮足立たせるものらしい。

「プ、プレハ。バレンタインってしってるか?」

「ああ、もちろん」

2階の実験室とも言うべき部屋の隅の机の傍に立って何かを一心に調合しているプレハは赤い煙を上げる黒光りする鍋とも釜ともつかない容器から顔も上げずにそっけなく返す。

「じゃ、じゃ俺にもちょこ,ちょこ」

「お前、バレンタインやチョコレートが何か知っているのか?」

部屋の隅で魔導書を呼んでいたザパトが吐き捨てる様に言う。この場合彼にとって唾棄すべきなのはバレンタインという習慣やチョコレートといった嗜好品の類であった。彼はこの影響されやすい同僚がこれらの堕落に落ちる事を危惧しているのだ。

「しってる。バレンタインはちょこもらえる。ちょこあまくておいしそう」

「クククッハハハハハ!良いだろう。チョコレートではないが私からガルウ、お前にプレゼントをやろう。大事に使えよ?」

そう言うと赤い楔型の宝石とそれより一回り小さい同色の石を渡す。

「この次元に適したクレストだ。どういう訳か楔型で出てくる個体があってな。こいつは無機物に刺せば即図像獣が出来る。その小さい方は今までと同じくモチーフから探す必要がある」

「おおお、ありがとうプレハ。さっそくちょこもらいにいってくる」

ドタドタと部屋を出て行くガルウを見送った後

「いいのか?貴重な実験の産物を簡単に渡して?」

「むしろ何があるか分からん。それなら最も何をしでかすか分からん奴に渡した方がサンプルとしては適任だ。お前の分も渡しておこう」

「確かに」

ザパトはプレハから青い石を複数個受け取ると懐にしまい込む。

「奴のお手並み拝見と行こうか。どんな図像獣が出来上がるかも含めてな」


「何かと思ったら調べ物か?それも神社じゃなくて杏樹の家の方で?」

「亡くなったお爺様が奉納舞に関係のない古い資料はこっちに移したらしくて。ただ結構数があってどこにしまってあるかわからなくなってて」

放課後約束通り杏樹に付き合う事にした勇騎は新市街にある彼女の家の倉庫で古い古文書の類を手分けして読んでいた。ただし彼の古文知識では大した事が分かる訳ではない。杏樹曰く探しているのは絵入りの文書だという。

「確か武人が槍だか長剣を地面に突き立てている絵、だったかな?子供の頃お爺様が見せてくれたことがあったのを思い出したの」

「それを探せってね。こりゃあ骨だぞ。一体何冊あるんだ?」

「ごめんね。忙しいのは分かっているんだけど1人だとどうしても手に負えないから」

「別にいいって。忙しくもないし。まあヴィダリオンの秘密にも関わるかもしれないからあいつに頼むのも変だしな。まあ頼んでも『自分の仕事ではない』って断りそうだけど」

「言えてる。それに最近体の方はどう?毎朝神社の階段走りながら上り下りするの大変じゃない?本堂の廊下から見えるから」

「バレてたか。やっぱ自分の身ぐらい守れないとさ。そのためには体力を付けないと」

照れ隠しで適当に取った文書をパラパラめくる。そこのあるページに目が留まる。そこには日本の古代や中世にはまず見られないだろう、金色に輝く西洋甲冑に全身を身を固めた騎士が槍の様なものを地面に突き立てている絵があった。地面からは血のような物が噴き出していて結構おどろおどろしい。

「これじゃないか?やっぱヴィダリオンに似てるな。兜とかヨロイの形はちょっと違うけど」

「ああ、これだわ。奉納舞では武人と魔の戦いは音楽でしか表現されないから神社の方には置かなかったのね」

「結構グロイな。それもあるかも。で、なんて書いてあるんだ?達筆すぎて俺には読めねえ」
『聖・・・なる・・・遺物にて・・・・魔を封ずる。その「何かしら。消えかかってよめない」ひ…とつをこの地に置いて去る』

「遺物ってなんだ?神社にそんなモンあったか?見た事ないけど」

「私も知らない。でもこの槍の様なものの事だろうけどそんなの見た事ないわ。あれば絶対に保管されているだろうし」

「結局昔話以上の収穫は無しか。ああ頭が疲れた」

脱力して倉庫の床に大の字になって寝転がる勇騎

「ふふ、ご苦労様です。待っててね。チョコ持ってくるから、リビングで待っていて」

「おっ、バレンタインチョコの試作か?」

チョコと聞いて勇騎は跳ね起きると杏樹と共に倉庫を出て家の玄関に入る。そこから勇騎はリビングへ杏樹はチョコを取りにキッチンへ向かう。

(やっぱ何でもないじゃん。心配して損したぜ。陸の奴が早とちりすぎるんだよな)

内心ほっとしているとキッチンから杏樹が色々な形をしたチョコを乗せた耐熱皿を持って出てきた。

「へえ、毎年もらってるけど今年は特にうまくできてんじゃん。これでまだ試作なのか?」

「うん。それでいくつか食べて感想が欲しいんだけど・・・」

「良いのか?じゃあ遠慮なく。うん、うまい。でも甘さが物によってまちまちだな。おっ、これグミ入ってんのか。やるなあ」

「それでね、勇騎君。ちょっと聞きたいんだけどヴィダリオンならどのチョコが一番喜ぶかな?」

「はい?」

一瞬時が止まった様に思えた。そして後頭部をハンマーで殴られたような衝撃が走る。陸の予想が、自分の懸念が当たってしまった。

「あ~あのさ杏樹。俺ヴィダリオンが飲み食いしてんの見た事ないんだけどさ。家ではどうなの?」

「それが家でもそんなそぶりはないの。かといってこっそり何か食べたり飲んだりしているってわけでもないみたい」

「アイツ、やっぱ人間じゃないのかもな」

「日頃の感謝を伝えようと思ったんだけど・・・・ダメかな。受け取ってくれないかな」

(その言葉を文字通りに受け取れない・・・・今までこんな事なかったのになんでだ!?)

勇騎の頭は混乱していた。だがここは男らしく決断すべき所でもある。彼は大きく深呼吸すると杏樹の眼を正面から見据えて言った。

「俺はあいつの好みは分からない。だから杏樹、お前が食べて一番おいしいのを送ったらいいんじゃないか?俺の好みだって知ったら受け取らないかもしれないし。でも杏樹が選んだんならアイツは食べられないかもしれないけどお前の気持ちはアイツにきっと伝わるんじゃないかな」

我ながらよくこんなキザな言葉が出てくると思う。だがまぎれもない本心だった。

「そう…だね。そうよね。大切なのは気持ちだものね。ありがとう勇騎君。やっぱり相談して良かった」

「ど、どういたしまして」

(ヘタレだ・・・・俺)

複雑な気分のまま勇騎は幼馴染の家を後にした。気持ちは伝わると言いながら彼は幼馴染が内心でヴィダリオンにどんな感情を抱いているか分からなかったし確かめる勇気も無かった。
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