異世界の機士・黒のヴィダリオン 

紀之

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1章 機士の章

第1話 グータラ最強騎士登場②

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「う・・・生きてる!?おい、杏樹、目を覚ませ杏樹!」

一面夕焼けを思わせるオレンジ色の空間で勇騎は目が覚めた。隣には杏樹も横たわっていたが体には目立ったケガも無ければ息もある。

「あ・・・勇騎君。私達、どうなったの?」

『とんでもない事に巻き込んでしまってすまない、我が主』

どこかから声が聞こえる。

「何処だ!どこにいるんだ!?俺達はどうなったんだ!」
勇騎の声に答える様に杏樹の学生服の校章から光が立ち昇り、光は2人の目の前で2m程の黒騎士の姿を形作ると杏樹の傍らに跪く。

「黒騎士?空から来た騎士?」
勇騎は世界史の教科書の挿絵に出てくるテンプレ的な姿の黒騎士を見て混乱する。全身黒づくめの鎧にバケツをひっくり返したような兜、そして真っ直ぐ伸びた剣に2つの短剣が交差した紋章をあしらった黒い盾を左腕に持ち背中には中央の1本の槍に2本の剣が交差した白いマントを羽織っている。それがなぜ杏樹の体から出てきたのか?何が目的なのか?もう一つの青い光は何だったのか?聞きたいことは山ほどあった。だが黒騎士の神秘的な佇まいに圧倒されて声が出なかった。

「あの、頭を上げて下さい。そうしないと説明も難しいでしょう?」

では、と立ち上がった黒騎士。

『全ては事故です。申し訳ない。本来ならもっと適した御仁と主従と協力関係を結びこの次元を侵略に来た邪教団マレフィクスの討伐が我が使命、でした。しかし・・・・』

「まさか、杏樹と主従契約を結んじまったってのか?」

「そうだ。話が早くて助かる」

「態度違いすぎだろ。今からでも俺と契約し直すってのは」

「無理だ。契約の破棄は私か主のどちらかの死によってでしか出来ない」

何を当然のことを言っているのだと言わんばかりの黒騎士の尊大な物言いに勇騎は不快感を覚える。

「・・・・・分かりました。事故とはいえこうなったからにはお手伝いします。ええと」

『申し遅れました。私はヴィダリオン。仲間からは黒のヴィダリオンと呼ばれております』

「まんまじゃん」

「ではヴィダリオンさん、私達は何をすればいいですか?」

「達って、いいさ、杏樹を危ない目に合わせる訳にはいかないからな。俺も手伝うぜ」

『さし当ってはすることは何も。今は奴らが動き出すのを待ちましょう。この広い街のどこかで連中も潜伏しているはず。事を起こす時は必ず出てくるはず』

そう言うとヴィダリオンは再び光となって杏樹の学生服の校章と一体化した。


黒のヴィダリオンと名乗る黒騎士が追いかけていた青い光は剣王町の狭い路地にある空き家の門の前に落下した。光の中からは3人の人物が現れる。フードとマントにすっぽり身を包んでいる為身長と体格、そして爛々と光る赤・青・黄の瞳以外の特徴は分からない。青と黄の瞳が家の中へ、赤い瞳をした小柄のがっしりとした人物は周りの様子を見る為に路地を出る。するとそこに猛スピードでトラックが通過した。クラクションと罵声を浴びせられた赤い瞳の人物は近くの塀にカン、と当たって目の前に落ちた円筒形の物を拾い上げる。それは先程のトラックの運転手がポイ捨てした獰猛そうな牡牛のマークの入ったエナジードリンクの缶だった。

この所業に唸り声をあげていた赤目はフードの奥から一転、ニヤリと笑った口は耳まで裂けていた。それを拾い上げると懐から取り出した血の色に光る石を缶に描かれた牛の絵に押し付けると宝石は絵の中に吸い込まれると缶は赤い楔型の宝石に変わった。

その宝石を信号待ちをしている自分をひき殺しかけたトラックの荷台にシュッと突き立てるとフードの人物は暗い路地を戻っていった。

「ここか。工作員の確保した拠点は」

一方、家の中に入った青い瞳の中肉中背の男が手に持っている、悪魔とも怪物ともとれる生物がお椀型をした盃を咥えているという奇妙な像を空き家のリビングの中央に置く。

「あまり広くないのが欠点だが。2階は研究用に貰うぞ」
黄色の瞳の最も背の高い人物は女の声でそう言うと返事も待たず階段を上がっていく。それを青い瞳の男は咎める事もせずに見送る。

そこに赤い瞳の3番目の人物(こちらは男である)が遅れて入って来た。

「ガルウ、どうだ外の様子は?」

「さっそくオレ、クレスタ―つくってきた。オレをはねとばそうとしてきたヤロウいまごろしんでる」

「その割には何も聞こえんが?それに我らの主の言葉も聞かずに動くのは軽率だぞ」

「ここの次元の特性かもしれんぞ。興味深い事だ。どのみちクレスタ―を作らなければならぬのだから丁度良い実験が出来たと思えば悪くない」

2階から降りてきた長身の女が左手に握った黄色の石を見ながら言う。

「時間だ」

青い瞳の男に促され残りの2名も像の前に跪く。

『長旅ご苦労だった。我が神官達よ』

家屋全体を圧する威厳ある声が像から響く。

「もったいなきお言葉。このザパト我らが主の御為にこの次元を混乱に陥れて御覧に入れましょう」

青い瞳の男ザパトに続き

「プレハも同じ所存でございます」

黄色の瞳の女が宣言する。

「オレ、ガルウも」

『よろしい。お前達の使命はそれだけではないぞ。その混乱の先に現れる事象が我が望みであることを忘れるな』

「ハッ、つきましては少々厄介な事が・・・この次元では図像獣の生育に他の次元よりも時間がかかるようで、この次元に適したクレストの生成に取り掛かりたいと存じます」

『よろしい。早速取り掛かれ。ザパトとガルウはプレハがやりやすいよう動いてやれ』

一礼するとプレハは2階へと上がっていく。彼女は自分の主が余計なやり取りを好まない事を知っていた。

「既に図像獣第1号は生成中です。後はどのような性能かを確かめてみたいと思います。我らを追ってきた機士の実力もそれでわかるかと」

『吉報を待っているぞ』

そう言うと像からの声は途絶えた。


勇騎が目を覚ますと見慣れた社務所の天井があった。

「あれ、俺は確か・・・」

気が付くと勇騎は神社の社務所の奥の部屋の布団で寝ていた。

布団から起き出しながら昨夜の異常な体験を思い出す。

「あれは夢?そうだよな!あんなことが現実にある訳が」

あるんだな。残念ながら

ギョッとして聞き慣れない声のする方を見ると制服を着た杏樹が立っていた。

「あ・・・杏樹、お前もあの夢を」

『違うと言っているだろう。何度も訂正させるな』

その聞き慣れない、呆れと気怠さを含んだ声は微かな光を放つ、杏樹の制服の胸の校章から聞こえてきた。

「その口の悪さ、やっぱりあの時のお前だな?」

「あはは・・・勇騎君、大丈夫?起きれそう?」

「平気だよ。それより良かった。あいつに体を乗っ取られたとかじゃなくて」

「そういうのじゃないから平気よ。でもありがとう心配してくれて」

「それより敵の侵略とか言っていたよな?見つけなくていいのか?」

『連中がどこに行ったか分かるか?主は分からないと言っていたが』

「そりゃあ分からないけどさ。だけど何もしないってのは」

『なら果報は寝て待てだ。下手に動いて体力を消耗していざ動けないでは困る。主、ユウキ何かあったらこの上着を取りに来てください。それまで私は待機しています。この状態では動きたくても動ける範囲が限られますので』

そういうと校章の光は消える。

「何かやる気を感じられないよな。そもそも本当なのか、あいつの言った事?」

「そうだね。新年早々嫌な事は起きてほしくないよね」

杏樹の言葉に勇騎はハッとなる。

「あっそうか!もう年が明けてんのか」

「そうだよ。遅くなったけどあけましておめでとうございます、勇騎君」

「あけましておめでとう、今年もよろしくな、杏樹」

「それじゃ、正午に。奉納舞見に来てね。今年から私だから」

「あ、ああそうか。俺も着替えたらまた来るよ。絶対行くから、心配するな」

剣王神社は新年にこの町に降り立った武人に感謝と1年の無事を祈る為の舞を奉納する習わしがある。

昨日の出来事ですっかり忘れていた。杏樹も神社の跡取り娘という事で今年から高齢を理由に引退した前任の祖母からその役目を引き継ぐのだ。

「俺に出来る事ね・・・」

家に帰る道すがら勇騎は空を見上げる。正月という事で空には凧がいくつも空に揚がっている。

「せめて俺が契約してりゃな。あいつにはやる事一杯あるってのに」

探すか。

そんな考えが頭に浮かぶ。見つけたら神社に戻って杏樹の上着を借りればいい。事情を知らない者が見れば変態の所業だが少なくとも今日杏樹の晴れ舞台を邪魔させるわけにはいかない。そう決めると行動は早かった。速攻で家に戻り、心配する両親に大丈夫とだけ伝えて赤いシャツとスラックスそして黄色のジャケットという私服に着替えると剣王山へ取って返した。

「え~と、神木があそこだからあのヴィダリオンってのが追いかけてた奴らはこっちに落ちたはずだよな」

山の麓でスマホの地図アプリを睨みながら勇騎は現実の街並みを眺める。

「麓の方は土産屋とかがあるからな。そこに落ちたら絶対騒ぎになってるはず。ってことはこの先の旧市街が怪しいな。あそこは古い建物があるだけで夜は街の人間は近づかないから悪い奴らには絶好の隠れ家だよな。うむ、新年パワーで俺も冴えてるな!」

実際の所は内心はガクブルしているのだ。こうやって頭の悪い言葉で自分を奮い立たせないと侵略者のねぐらを探す等出来はしない。

その旧市街の入り口は人によっては大正とか昭和初期のモダンな広場を擁した街並みから始まり道を奥に進むにつれて徐々に築年数だけは立派な今にも崩れ落ちそうな家々が並びそれをとり壊すべくいくつもの工事現場がある。勇騎がこの場所に足を踏み入れるのは小学校時代にお化け屋敷と名高いある空き家の探検を友達数人と行って以来だった。

「あそこマジモンの怪奇現象が出たとかで今でもそのままなんだよな。確か取り壊し工事も何度も中断して結局そのままだし」

自然歩みは遅くなる。だが幼馴染の役に立ちたいという思いが恐怖を上回り旧市街の広場からその空き家への道の一歩を踏み出させた。

「ゲッ!?」

交差点に出た彼はそこに赤い繭のような物が蠢いているのを見て肝をつぶした。

繭の中からゴツゴツした赤い皮膚に巨大な2本の角を生やした頭、体にトラックの車体を模したような鎧を着け、トラックの荷台に似た棍棒を持った正にミノタウロスのような怪物が出現した。

 
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