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2章 渡界人の日報
2-5 悪人転生終章 悪人の顛末
しおりを挟む拘置所からの帰り道私達は一種の無力感に打ちひしがれて、お互い一言も言葉も交わさずアパートまで帰ってきた。
生れ損ない
次更は自らの境遇をそう言い切った。私には彼のその思想と生き方が人間とは別の生物の物の様に思えてならなかった。
「今日ほど」
渡がやっと口を開いた。その口調はいつも以上に冷たかった。
「自分の仕事が嫌になった事は無いよ。ああいう人間の逃亡先を提供する役目を背負わされるのだからね。だがあの男は依頼人には非常に好印象に映った事だろうよ。腹ただしい事だがね」
「依頼人?僕ら以外に誰もいなかったじゃないか?」
「実はいたんだよ。今回僕が差し入れを何も持って行かなかったのは後で真龍警部に取り上げられるに決まっているからだ。神々はあらゆるところに憑依なり転生予定の人間の魂の識別の為のマーキングが出来るからね。それを真龍警部も見越しているだろうが今回においては彼も拍子抜けだろう。下手をすると次更と一緒にいた警官の方が疑われているかもしれないからそこだけは気の毒な事をしたと思うが」
「そうだったのか。でもどこにいたんだい?その神様とやらは?」
「僕の口からではなく彼女から説明してもらった方が良いだろう。その方が神様の威厳を保つという点でも大切だろうからね。それじゃあ彼女の次更に対する評価を聞いてみよう」
存外に早くいつもの彼に戻った渡は2段飛ばしで階段を上っていく。私としてもあんな奴をわざわざ選びたがる物好きがどんな醜悪な神なのか俄然興味が湧いて彼の後ろから部屋へと滑り込んだ。
私達が部屋へ入ると今にある巨大な古ぼけた鏡には既に先客が映っていた。
皮の衣服に月桂樹のような植物で編んだ王冠
金髪と火に焼けた健康そうな肢体。
一見すると『アマゾネス』という女だけの部族のステレオタイプみたいな女性が腕組みをしながら待っていた。
「遅い」
「申し訳ありません。女神リュモレー」
渡が短く謝罪の言葉を述べる。
「それでどうでしたか?ご自分の目で確かめられて?」
「悪くは無いな。若干気分屋のようだが、転生を嘆くその前に2度目の死を迎える事だろうよ」
私としては朧げにしか話が見えてこなかったので思い切って彼女に質問をしてみる事にした。
「一体いつどこで次更を見ていたんですか?」
「何、場所の指定はされていたからな。あのお前達を隔てていたガラスの中におったよ」
予想外の所にいた。まさか次更も自分の魂を狙う女神がそんな所にいるとは考えもしなかっただろう。
「あ奴の魂の色は把握した。後は待つだけだ。とりあえず報酬の前払いだ。後は本当に役に立つか分かった時に払う。いいな?」
それは確認というより殆ど脅しに近いものだったが、渡は了承した。
「この案件は相当昔に受けた物だからね。気長に待ってくれた事も考慮しなくては」
後にそう語ってくれた彼の重荷を下ろしたような表情を見る限りは特殊過ぎる案件だったようだ。
その1か月後女神リュモレーからの訪問があった。
あの後すぐに次更は異世界に送られた後私達の予想通り魔物の討伐隊に送られた。折しもスタンピード(魔物の大量発生と狂暴化現象)とかち合い、彼自身はジャイアントオークの群れになぶり殺しにされてしまったという。その戦いぶりはリュモレーを失望させる物だったらしい。
「じゃあ、転生させなかったんですか?」
「いや、無いよりはマシ程度に考えて一応は転生させてやった。実際奴は小悪党の鑑みたいな奴だな。外見で弱そうと判断したらすぐに襲い掛かるが少しでも強そうと感じたらたちまち卑屈になる。まあ、魔族向きの性格と言えない事も無いがな」
私の質問に答えるリュモレーはまるで興味の無くなったオモチャの感想を言う子供だった。
「それでは本人も不満でしょうね」
「そうだとも。とは言え転生時に魔族に似た姿にしてやったからもう向こう側の人間としても生きていけん。こちらとしては人間側の鼻っ柱をへし折れたのでもう用済みだがな。どうやら奴め、逃亡したようだ。だから今回は半額とさせてもらう」
「ご期待に添えず申し訳ございません」
「いいや。昔の約束を守ってくれただけでもいい。一応目的の一部は達成したのだしな。また別の機会に依頼させてもらおう」
そう言うと女神リュモレーは鏡からスウッと消えていった。
「今回の事件ももちろん発表するのだろう?」
渡は試験管に半分溜まった黄金の溶液を眺めながら言った。
「いいのか?失敗談だぞ?」
「そうだとも。そして君みたいな人間に対する教訓でもある」
「教訓?次更の様な奴ではなくて僕にか?」
私は彼のいう事が理解できなかった。
「次更の様な極端ではなくとも、君達は自分の不遇を周囲の環境のせいにしたがるが仮に環境が変わっても自分達の心根が変わらない限りはどんな状況でも結局不遇を脱する事が出来ないという事だよ」
この冷水を浴びせるような渡の一言が無くとも私はこの事件を記録するつもりだった。自身の反面教師としてである。
「ま、今は1つ仕事が片付いたんだから、この半分の金の延べ棒がどの位なるかを確認しがてら出かけようじゃないか。もちろん僕のおごりでね」
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