異世界転生請負人・渡界人~知られざる異世界転生の裏側公開します

紀之

文字の大きさ
上 下
2 / 97
1章無色透明な習作

2渡界人という男

しおりを挟む
 シディは自分としては最速で《荒布》の下へ到達した。四つ足で走ればもっと速かったかもしれないが、今のところは両の足だけで走った。
 《荒布》の口は下部でしっかり閉ざされている。それをシディはそっと自分の《魔力の腕》でこじあけた。ほんのわずかに。

「うっ……」

 とたん、あのひどい悪臭がきつくなる。真っ黒な靄とともに顔面に吹き付けてくるそれは、生臭く、何かがどろどろに混ざり合ってかびたような、大量の臓物の腐臭に似たものを漂わせていた。
 が、戸惑っている暇などない。
 そのままめりめりと《荒布》の口を広げると、シディはその中に飛びこんだ。
 そこからはいきなり《闇》の領域が始まっていた。

「くうっ」

 これまでとは比べものにならないほどの腐臭で鼻が利かなくなりそうだ。眼球にまで攻撃的な刺激を感じ、目を開いていることすらひと苦労だ。
 と、急にがくんと足もとの感覚が失われた。

「うわっ……!」

 シディは慌てた。しかしいくら待っても、予期したような体が地面に激突する様子はない。
 なんとか目をこじ開けて見まわすと、周囲はすっかり《闇》の世界だった。
 どちらが上でどちらが下なのかもわからない。闇はただすべてが真っ黒というわけでもないようだった。次第に目が慣れてくると、それが微妙な明暗をともなっているのに気づく。それらがぐにゃぐにゃと混ざり合い、まるで生き物のように渦を巻きながら流動的に蠢いている。
 平衡感覚が完全に奪われた状態になって、シディはまためまいと吐き気に襲われた。

(どこですか、インテス様……!)

 四肢をめちゃくちゃに振り回して周囲をかき回し、無我夢中で進もうとする。だが、まるで粘土の中に嵌まったようでうまくいかない。はたしてちゃんと前に進んでいるのかどうかすら怪しかった。
 それでも必死に耳を立て、鼻の感覚に意識を集中させる。ひどい悪臭のためにすっかりになりかけている鼻だが、だからといって使わないわけにはいかなかった。

「インテス様、インテス様、インテスさまあああっ……!」

 絶叫は虚しく真っ黒な粘土の高いなにかに吞み込まれていくようだ。変に音が吸収されてしまうのか、どうかするときぃんと耳が痛くなる。
 これで耳まで使いものにならなくなったらお手上げだ。どうしてもじわじわと焦りが体をひたしていってしまう。

 だが頭の中心には、依然としてあのあたたかな明かりが灯っていた。それが少しでも弱くなると移動をやめ、方向を確認する。そして灯りの存在を強く感じられる方へ向かって、またもがくのを繰り返す。

 いったいどれほどの時間が経っただろうか。
 もうそのころには、シディの全身はぐったりと疲れ果て、腕を動かすのもままならなくなりかけていた。それでもなんとか腕を動かし続ける。念じるのはただただ、あの人の名前だけだ。
 と、急に呼吸がひどく苦しくなりはじめた。

「うう……」

 もともと決して楽ではなかったし、悪臭のためにできるだけ息をすまいともしていたのだが。それがここへ来て、急にひどく苦しくなってきたのだ。水中にいるときほどの苦しさではなかったものが、粘度のある水の中へ放り込まれたような感覚に変化している。

「う……ぐううっ」

 まずい。このままでは窒息してしまう。
 だが、進まないわけにはいかない。ここでやめてしまうわけにはいかないのだ。絶対に。
 しかしシディの望みも虚しく、視界はどんどん狭まっていく。意識が遠のいているのを感じて、シディは狼狽した。

「いん……てす、さま……っ」

 ──ああ。
 死ぬのか。
 
 こんなところで、なんにもできずに──

 絶望が忍び寄り、はるか遠くに感じていたほのかな灯りを闇で塗りつぶそうとしている。
 これが《闇》。
 これが、絶望。
 《在る》もののすべてを否定し、すべてを《無い》ものへといざなうものか──

 落ちていく。
 沈んでいく……

 これで、最後。

(インテス様……)

 目を閉じた、そのときだった。
 ぐぅん、と胸元から凄まじい光が放出された。強くて温かな光だった。
 それがふんわりとシディの身体全体をつつんだかと思うと、薄物のローブをまとったようにぴたりと身体にまきついた。と同時に呼吸が急に楽になる。

(えっ……?)
 
 シディは恐るおそるその力の源をさぐった。
 それはまぎれもなく、シディが首から掛けていたあの首飾りモニールから放たれている光だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生前SEやってた俺は異世界で…

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~ ※書籍化に伴い、タイトル変更しました。 書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん 第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。  職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。 死因、過労と不摂生による急性心不全…… そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった…… なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。 俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!! 忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。 ※2017/02/06  書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。  該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。 2017/02/07  書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。 2017/03/18  「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。  新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/  気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。 読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...