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謝罪だけならお好きにどうぞ
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「ローザンナ。申し訳ない」
王太子殿下が公爵令嬢の前で頭を垂れた。
彼女の前で跪き頭を下げる王太子には、一人がけの椅子に座る公爵令嬢ローザンナの冷たい目は見えてはいない。
「それで?」
「…」
王太子は、それ以上続けられる言葉はない。
王族である自分が謝罪の言葉を口にするということがどれ程重大なことであるか。
公爵令嬢であるローザンナはそれを理解しているはずだった。
王太子は頭を上げると、自分を見下す瞳とぶつかった。
今まで一度も向けられたことのない、冷たい目をして。
「…婚約関係を…再び」
「ぶっ」
吹き出すような音の後に、あはははと高笑いがあった。
ローザンナが令嬢とは思えないほど大きな口を開き、天を仰いで笑っていた。
「男爵令嬢如きに騙された男と?婚約を?また?ご冗談でしょう?」
足をばたつかせ、肘掛けをバシバシと叩く。
その荒ぶる行為に王太子は貶されたことよりも戸惑いを隠せなかった。
「まずは、賠償金…いや慰謝料というべきかしら?
負わされた傷心に対して価格はつけられませんが、見える形の賠償はあって然るべきですわよね?手土産一つもなしに謝罪のみ提げてきた、なんてこと有り得ませんわ。国の最高権力である王族の方が」
「なっ…!」
王太子の期待した赦しの言葉は返ってこない。
それどころか、金品を要求された。
長く婚約関係だったローザンナは、そんなことを求めるような令嬢ではなかったはずなのに。
「…、王族で、次期王である私が謝罪をしているのだぞ」
「それになんの価値があるのですか?」
扇を取り出してパタパタと扇ぐ。
貴族間にある、つまらない話の時にする行為の一つだ。
「無礼な!!」
「あらごめん遊ばせ。嘘はつけませんので」
「どうしたというのだ、ローザンナ。君はそんな人間ではなかったのに」
苦悶の表情を見せる王太子だが、ローザンナの態度は変わらない。
「傷つけても謝罪一つで赦すような簡単な女だったと思われていたとは知りませんでした」
「…そうは言っていない」
そうは言っていないが、そう思っていたと顔には書いてある。
簡単な話だ。
以前、ローザンナは王太子を愛していた。
しかし、簡単に男爵令嬢の術に落ち、ローザンナを貶めた男に対する想いなどもう無い。
「赦すか如何かを決めるのは、被害者である私です。加害者にとやかく言われる筋合いはありません」
「加害者だと…?」
「あら、罪人の方がよろしかったかしら。人を傷つける人間をこの国では罪人と呼びますから」
「!!」
顔を青くしたあと、王太子は怒りで真っ赤になる。
罪人の癖に、何故自分の思い通りになると考えているのかと、ローザンナは首を傾げた。
「当然賠償は支払った上で、の仮定ですが。
私を伴侶に望む理由はなんでしょうか?一生私に頭の上がらない立場で、私を養いたい理由は?」
「一生…?」
「当たり前ではないですか。私を除籍した父だった公爵もそうですが、戻れとおっしゃるのなら、一生私の言いなりになる覚悟があられるのでしょうね?
まさか、図々しくも対等になれるなんて思ってなどいませんでしょう?よもや一歩引いて仕えるなど決してありませんし」
王太子は目を見開く。
謝罪さえすれば、何もかも以前のように元通りに、と思っていたようだ。
「妃になったとしても、私は公務を行う気はありませんし、貴方の子供を産むつもりはありません。気持ち悪いので触れることも禁じますし、好いた男性を側に置きます。反論はさせませんよ?私は貴方方に傷つけられた側の人間なのですから。当然好きにさせて頂きますわ。
で、貴方はそんな一生頭の上がらない女を養いたいのですか?」
「そんな勝手、認められない」
「はっ!勝手?勝手ですか。勝手なのはどちらなのかしら?国民に問うてみましょうか」
王家が必死で秘している事実を、公にしてやろうかとローザンナは脅す。
【小娘の陳腐な術に嵌った愚か者の言い分】だ、と。
ローザンナは王太子を嘲笑う。
「っ!ローザンナ!お前がそんな女だったとはな!」
「ええ、ええ。私も殿下が、被害者に横暴を強要するような人間だとは気づきませんでしたわ。お揃いですね?」
王太子は立ち上がると、近くのローテーブルを蹴り上げ怒りを爆発させた。
しかし、大きな音がしただけで、机に破損は見られない。
足を少し引きずりながら王太子は背を向けて去っていった。
「…なにあれ」
手ぶらで謝罪に来た男は、赦されないと知ると八つ当たりをするような人間だった。
呆然と去っていった扉を見つめていると…
「…!エラリーナ様!大丈夫ですかっ」
隣の侍従の控室から飛び出してきたのは、ローザンナと同じ顔をした令嬢。
泣き出しそうな表情をする彼女は、同じ顔のはずなのに、二人は同一には見えない。
「大丈夫ですよ。お義姉さま」
「エラリーナ様に何かあったらと…」
「…あぁ…お義姉さまは愛らしい…」
縋りつく彼女をローザンナは抱きしめようとして…剥がされた。
「よくやった、エラリーナ。そして、早くその変化の術を解け」
「やだ、お兄さま。愛しのローザンナが二人居るのにお喜びにはならないの?」
「外見をどれだけ似せても中身が違いすぎて、食指も動かん。中身が実妹だと一目でわかるから余計に、だ。早くしろ」
肩をすくめると、ローザンナの姿が変わっていく。
ローザンナの柔らかい面立ちとは違い、その性格を表すような気の強そうな令嬢の姿が現れた。
「今更ローザンナ義姉さまを取り戻そうなんて虫が良すぎるのよ」
「エラリーナ様…」
「隣国に取られてたまるものですか」
ローザンナは追放刑を受けた。
婚約破棄における冤罪の末の刑罰だった。
国境の検問所で、旅行からの帰国中だったエラリーナが行き場の失ったローザンナに声をかけ、実家に連れてきたのだ。
エラリーナの兄、ガートナルはローザンナと面識があったようで、彼女の置かれた環境に同情し、我が家での保護を当主に願い出た。
若い男女。
趣味の合う二人が、想いを寄せあうことに時間はそうはかからなかった。
ローザンナは、この国で養女に迎え入れられ、ガートナルと婚約している。
彼女の優秀さを社交界で全面にアピールして、ガートナルはローザンナの名誉を復帰させる事に助力した。
そもそも、隣国の王太子の婚約者だと知られていたローザンナが追放された事、その王太子が男爵令嬢を新たな婚約者に選んだ、ということはすぐにこの国にも知られており、隣国の次期国王の方が愚か者だという認識だ。
男爵令嬢の術が解け、目が覚めた王族が必死に動き回った所でもう何もかも遅い。
周辺諸国からは隣国王族は嘲笑の的だ。
起死回生を目論んだ所で、王太子を支え続けたローザンナはもう居ない。
隣国でその名を聞いて、慌てて取り返しにやって来たが、心優しいローザンナならばすぐに王太子に赦しを与えるだろうと、対応をエラリーナが引き受けた。
謝罪されたところで赦しを与える必要はない。
彼らの謝罪など自分達の自己満足なのだ。
こちらの都合など考慮もしていない。
だから、エラリーナは追い返すと決めた。
エラリーナも、男爵令嬢と同じで多少の術を使える。
姿を変化させられるこの術は、他国を旅する際にもよく活用している。
エラリーナはローザンナの姿を借りて隣国王太子と面会した。
酷い仕打ちをしたあの男を返り討ちにしてやろうと、エラリーナは喜々と、獲物がやってくるのを待ち、ローザンナらしからぬ態度で王太子と対面した。
どれだけ望んでも、もうローザンナはこの国の令嬢として認められており、隣国の王族とて勝手に他国民を連れ去ることなど出来ない。
だが、エラリーナは、どうしても王太子に言ってやりたかった。
おめぇのローザンナはもういねぇんだよ。
隣国の王太子の妃探しは難航しているのだろう。
かの男爵令嬢は、罰せられて婚約自体をなかったことにされた。
自国にも簡単に魅了の術に掛かる王太子に、娘を差し出す貴族はそうは無い。
また同じように突然切り捨てられるかもしれないと思われているのだろう。
恩恵よりもリスクしかない。
彼の前途は多難だろうが、もうローザンナとは関係のない人間だ。
エラリーナは、ローザンナには幸せになって欲しいと、今日も実兄と彼女を取り合う日常に幸せを感じている。
王太子殿下が公爵令嬢の前で頭を垂れた。
彼女の前で跪き頭を下げる王太子には、一人がけの椅子に座る公爵令嬢ローザンナの冷たい目は見えてはいない。
「それで?」
「…」
王太子は、それ以上続けられる言葉はない。
王族である自分が謝罪の言葉を口にするということがどれ程重大なことであるか。
公爵令嬢であるローザンナはそれを理解しているはずだった。
王太子は頭を上げると、自分を見下す瞳とぶつかった。
今まで一度も向けられたことのない、冷たい目をして。
「…婚約関係を…再び」
「ぶっ」
吹き出すような音の後に、あはははと高笑いがあった。
ローザンナが令嬢とは思えないほど大きな口を開き、天を仰いで笑っていた。
「男爵令嬢如きに騙された男と?婚約を?また?ご冗談でしょう?」
足をばたつかせ、肘掛けをバシバシと叩く。
その荒ぶる行為に王太子は貶されたことよりも戸惑いを隠せなかった。
「まずは、賠償金…いや慰謝料というべきかしら?
負わされた傷心に対して価格はつけられませんが、見える形の賠償はあって然るべきですわよね?手土産一つもなしに謝罪のみ提げてきた、なんてこと有り得ませんわ。国の最高権力である王族の方が」
「なっ…!」
王太子の期待した赦しの言葉は返ってこない。
それどころか、金品を要求された。
長く婚約関係だったローザンナは、そんなことを求めるような令嬢ではなかったはずなのに。
「…、王族で、次期王である私が謝罪をしているのだぞ」
「それになんの価値があるのですか?」
扇を取り出してパタパタと扇ぐ。
貴族間にある、つまらない話の時にする行為の一つだ。
「無礼な!!」
「あらごめん遊ばせ。嘘はつけませんので」
「どうしたというのだ、ローザンナ。君はそんな人間ではなかったのに」
苦悶の表情を見せる王太子だが、ローザンナの態度は変わらない。
「傷つけても謝罪一つで赦すような簡単な女だったと思われていたとは知りませんでした」
「…そうは言っていない」
そうは言っていないが、そう思っていたと顔には書いてある。
簡単な話だ。
以前、ローザンナは王太子を愛していた。
しかし、簡単に男爵令嬢の術に落ち、ローザンナを貶めた男に対する想いなどもう無い。
「赦すか如何かを決めるのは、被害者である私です。加害者にとやかく言われる筋合いはありません」
「加害者だと…?」
「あら、罪人の方がよろしかったかしら。人を傷つける人間をこの国では罪人と呼びますから」
「!!」
顔を青くしたあと、王太子は怒りで真っ赤になる。
罪人の癖に、何故自分の思い通りになると考えているのかと、ローザンナは首を傾げた。
「当然賠償は支払った上で、の仮定ですが。
私を伴侶に望む理由はなんでしょうか?一生私に頭の上がらない立場で、私を養いたい理由は?」
「一生…?」
「当たり前ではないですか。私を除籍した父だった公爵もそうですが、戻れとおっしゃるのなら、一生私の言いなりになる覚悟があられるのでしょうね?
まさか、図々しくも対等になれるなんて思ってなどいませんでしょう?よもや一歩引いて仕えるなど決してありませんし」
王太子は目を見開く。
謝罪さえすれば、何もかも以前のように元通りに、と思っていたようだ。
「妃になったとしても、私は公務を行う気はありませんし、貴方の子供を産むつもりはありません。気持ち悪いので触れることも禁じますし、好いた男性を側に置きます。反論はさせませんよ?私は貴方方に傷つけられた側の人間なのですから。当然好きにさせて頂きますわ。
で、貴方はそんな一生頭の上がらない女を養いたいのですか?」
「そんな勝手、認められない」
「はっ!勝手?勝手ですか。勝手なのはどちらなのかしら?国民に問うてみましょうか」
王家が必死で秘している事実を、公にしてやろうかとローザンナは脅す。
【小娘の陳腐な術に嵌った愚か者の言い分】だ、と。
ローザンナは王太子を嘲笑う。
「っ!ローザンナ!お前がそんな女だったとはな!」
「ええ、ええ。私も殿下が、被害者に横暴を強要するような人間だとは気づきませんでしたわ。お揃いですね?」
王太子は立ち上がると、近くのローテーブルを蹴り上げ怒りを爆発させた。
しかし、大きな音がしただけで、机に破損は見られない。
足を少し引きずりながら王太子は背を向けて去っていった。
「…なにあれ」
手ぶらで謝罪に来た男は、赦されないと知ると八つ当たりをするような人間だった。
呆然と去っていった扉を見つめていると…
「…!エラリーナ様!大丈夫ですかっ」
隣の侍従の控室から飛び出してきたのは、ローザンナと同じ顔をした令嬢。
泣き出しそうな表情をする彼女は、同じ顔のはずなのに、二人は同一には見えない。
「大丈夫ですよ。お義姉さま」
「エラリーナ様に何かあったらと…」
「…あぁ…お義姉さまは愛らしい…」
縋りつく彼女をローザンナは抱きしめようとして…剥がされた。
「よくやった、エラリーナ。そして、早くその変化の術を解け」
「やだ、お兄さま。愛しのローザンナが二人居るのにお喜びにはならないの?」
「外見をどれだけ似せても中身が違いすぎて、食指も動かん。中身が実妹だと一目でわかるから余計に、だ。早くしろ」
肩をすくめると、ローザンナの姿が変わっていく。
ローザンナの柔らかい面立ちとは違い、その性格を表すような気の強そうな令嬢の姿が現れた。
「今更ローザンナ義姉さまを取り戻そうなんて虫が良すぎるのよ」
「エラリーナ様…」
「隣国に取られてたまるものですか」
ローザンナは追放刑を受けた。
婚約破棄における冤罪の末の刑罰だった。
国境の検問所で、旅行からの帰国中だったエラリーナが行き場の失ったローザンナに声をかけ、実家に連れてきたのだ。
エラリーナの兄、ガートナルはローザンナと面識があったようで、彼女の置かれた環境に同情し、我が家での保護を当主に願い出た。
若い男女。
趣味の合う二人が、想いを寄せあうことに時間はそうはかからなかった。
ローザンナは、この国で養女に迎え入れられ、ガートナルと婚約している。
彼女の優秀さを社交界で全面にアピールして、ガートナルはローザンナの名誉を復帰させる事に助力した。
そもそも、隣国の王太子の婚約者だと知られていたローザンナが追放された事、その王太子が男爵令嬢を新たな婚約者に選んだ、ということはすぐにこの国にも知られており、隣国の次期国王の方が愚か者だという認識だ。
男爵令嬢の術が解け、目が覚めた王族が必死に動き回った所でもう何もかも遅い。
周辺諸国からは隣国王族は嘲笑の的だ。
起死回生を目論んだ所で、王太子を支え続けたローザンナはもう居ない。
隣国でその名を聞いて、慌てて取り返しにやって来たが、心優しいローザンナならばすぐに王太子に赦しを与えるだろうと、対応をエラリーナが引き受けた。
謝罪されたところで赦しを与える必要はない。
彼らの謝罪など自分達の自己満足なのだ。
こちらの都合など考慮もしていない。
だから、エラリーナは追い返すと決めた。
エラリーナも、男爵令嬢と同じで多少の術を使える。
姿を変化させられるこの術は、他国を旅する際にもよく活用している。
エラリーナはローザンナの姿を借りて隣国王太子と面会した。
酷い仕打ちをしたあの男を返り討ちにしてやろうと、エラリーナは喜々と、獲物がやってくるのを待ち、ローザンナらしからぬ態度で王太子と対面した。
どれだけ望んでも、もうローザンナはこの国の令嬢として認められており、隣国の王族とて勝手に他国民を連れ去ることなど出来ない。
だが、エラリーナは、どうしても王太子に言ってやりたかった。
おめぇのローザンナはもういねぇんだよ。
隣国の王太子の妃探しは難航しているのだろう。
かの男爵令嬢は、罰せられて婚約自体をなかったことにされた。
自国にも簡単に魅了の術に掛かる王太子に、娘を差し出す貴族はそうは無い。
また同じように突然切り捨てられるかもしれないと思われているのだろう。
恩恵よりもリスクしかない。
彼の前途は多難だろうが、もうローザンナとは関係のない人間だ。
エラリーナは、ローザンナには幸せになって欲しいと、今日も実兄と彼女を取り合う日常に幸せを感じている。
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