王太子妃は人質として帝国に差し出された

基本二度寝

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エンフィアは来た道を戻る。
螺旋階段を上がりきったところで、皇帝陛下ジルグレイアがそこにいた。

「ウェルズ。何故彼女が此処に居る」

低い静かな声は、感情が見えない。
ただ、この場の空気が冷えていくような感じがした。

「王太子妃に現状を見ていただこうと」

ウェルズの回答のあと、シュッと空気を切る音。
剣の筋は見えなかった。
次の瞬間には、皇帝陛下の剣がウェルズの首に刃を当てていた。

「勝手なことをするな」
「かしこまりました」

皇帝はエンフィアの身体に巻きつけてあった外套を、ウェルズに投げて返す。
ウェルズはそれを受け取ると、深々と頭を下げた。

エンフィアの手を引き、皇帝は足速にその場所から彼女を連れ出した。



ジルグレイアがエンフィアを連れてきたのは、先程案内された場所ではない。屋敷の主の部屋だ。
逃げ出した領主の代わりに、皇帝が利用しているらしい一時の寝床。

「王国の者だけでなく、自国の者にまで警戒しないといけないとは」

ジルグレイアはソファに座ると天を仰いで顔を手で覆う。

「…ウェルズの友人が強盗団の仕掛けた爆撃で腕を負傷した。二度と剣が持てぬようになったらしい」

エンフィアは立ち尽くしたまま何も言えなかった。
彼には彼の怒りがあったのだ。
実行犯が騙された子供であろうと。

「貴女に八つ当たりしたのだろう?うちの部下が悪かったな」

「…いえ」

本来、人質とはどのようなものか。
どのような扱いを受けるのか。
エンフィアはもっと罵倒され、手酷い扱いを受けねばならないのだ。
この侵略の原因は、言いがかりではない。
癖の強い王国語を話す罪人たちの声を聞いて、エンフィアは恥じた。

「私は…今回の件について、全てをきちんと聞かされていなかったようです」

「だろうな。知っていたら憎々しく俺を睨むことは出来まい。…まともな人間なら」

ジルグレイアに引き渡されたときのエンフィアの事だ。
思い出して恥ずかしさで唇を噛んだ。

「無知な人間に無体は敷くまいという王太子の思惑か。はたまた生贄のつもりか」

エンフィアは夫となった王太子を信じたい。

先程地下牢であった事。

あまりにショックは大きかった。

地上に戻るまでの間にも、ウェルズから聞いた。

この領地の子供が、それと知らず強盗団の手伝いを行っている事。
斡旋したのは恐らく領主。
その領主は、王太子と学園時代に仲が良かった事。

暗に、王太子も関わりがあるのではないのかと言わんばかりの情報も付け足された。

エンフィアは地下牢に降りる前にその情報を聞かされていたのなら、絶対に無いと否定した。

今は、信じたいと願うだけだ。

王太子との婚姻式のために用意された、彼の瞳の色をした耳飾りに触れた。

盲目に王太子を慕うことを、エンフィアはもうできなくなっていた。
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