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四
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エンフィアは差し出された帝国軍の紋章入りの外套をストールの様に肩から掛けた。
これから向かう場所には不釣り合いの白い花嫁衣装を、少しでも隠したいという配慮なのだろう。
領主の屋敷には石造りの塔がある。
螺旋階段を降りると、鉄格子の並ぶ場所にたどり着いた。
ここから出せ!と言うような怒号と、泣き声。
エンフィアは震える身を叱咤して、気丈に見せた。
「ちょうど良い。貴方に通訳をお願いしてもかまいませんか?王国語は理解できますが、辺境の此処は訛りが強いようで、彼らの言葉を正確に把握できないのです」
「…わかりました」
歩を進めるウェルズの後を、エンフィアはついて行く。
格子の向こうから捕らえられた男たちがエンフィアに向かって手を伸ばす。
卑猥な言葉を投げかけられ、エンフィアは俯いた。
ウェルズが一つの牢屋の前で止まる。
年端の行かぬ子供が膝を抱えてそこにいた。
「!どういうことですか!民間人には手出しはないと!」
突然エンフィアが声を高くしてウェルズに怒りを向けた。
その声に驚いた子供はビクリと身体を揺らす。
「民間人ではないので」
「やはり貴方方は野蛮な帝国人なのですね!このような子供に非道な扱いをして心も痛まないなんて!どうみてもこの子は民間人ではないですか!」
ウェルズは冷めた目でエンフィアを見下ろした。
「…貴方も話を聞かぬ愚鈍な王国人ですか」
カッとなったエンフィアは思わず手を上げるが、簡単に手首を掴まれた。
「ここに来た理由を思い出してください。この子供から、話を聞いてください」
掴まれた手首に痛みが走る。
彼は怒りを抑えているようだった。
「何を聞けと!」
「盗みを働いた後、この箱を現場に置いて行ったのか、と」
ウェルズはエンフィアから手を離し、懐から手の中に収まる小箱を出した。
箱には魔法陣が描かれている。
一般には知られることはない。
エンフィアは、王国の武器庫で似た陣を見たことがある。
「子供がそんなこと」
「聞け」
ウェルズの気迫に圧され、エンフィアは屈んで目線を揃えると、格子の中の子供に尋ねた。
「置いてきたよ。大人達が仕事を終えた場所に忍び込んで。そうしたらお頭に褒められるし、病の妹の薬も貰えるんだ」
訛りの強い王国の言葉で答えがあった。
エンフィアはショックを受けた。
この子も盗賊団の一員だったのだ。
「この箱が、何かわかる?」
子供は頭を左右に振った。
箱を指定の場所に置いてくる、それがこの子の仕事だと言う。
「死傷者三百人です」
ウェルズがぽつりと呟いた。
エンフィアにはその数が何かをすぐ理解した。
それ程、大きな事件になっているとは想像できなかった。
「その中には赤子もいた。お前の妹よりも小さい子供を、お前が殺したんだ、と言ってやってください」
エンフィアは首を振る。そんな事、こんな子供に言えるはずがない。
「この子は、騙されていたんです!知らずに犯罪の片棒を」
「知らなければ、どれだけ人を傷つけても構わないのですか?王国法では」
エンフィアは口を噤んだ。
すでに王太子妃となったエンフィアは、安易な発言はできない事に思い当たった。
「この箱はこの子の妹に贈って上げましょう。きっときれいな花火が見れますよ」
「止めて、下さい」
「知らなければ許されるなんて思わないでください」
それは、子供への言葉ではない。
エンフィアに向けられた言葉だ。
これから向かう場所には不釣り合いの白い花嫁衣装を、少しでも隠したいという配慮なのだろう。
領主の屋敷には石造りの塔がある。
螺旋階段を降りると、鉄格子の並ぶ場所にたどり着いた。
ここから出せ!と言うような怒号と、泣き声。
エンフィアは震える身を叱咤して、気丈に見せた。
「ちょうど良い。貴方に通訳をお願いしてもかまいませんか?王国語は理解できますが、辺境の此処は訛りが強いようで、彼らの言葉を正確に把握できないのです」
「…わかりました」
歩を進めるウェルズの後を、エンフィアはついて行く。
格子の向こうから捕らえられた男たちがエンフィアに向かって手を伸ばす。
卑猥な言葉を投げかけられ、エンフィアは俯いた。
ウェルズが一つの牢屋の前で止まる。
年端の行かぬ子供が膝を抱えてそこにいた。
「!どういうことですか!民間人には手出しはないと!」
突然エンフィアが声を高くしてウェルズに怒りを向けた。
その声に驚いた子供はビクリと身体を揺らす。
「民間人ではないので」
「やはり貴方方は野蛮な帝国人なのですね!このような子供に非道な扱いをして心も痛まないなんて!どうみてもこの子は民間人ではないですか!」
ウェルズは冷めた目でエンフィアを見下ろした。
「…貴方も話を聞かぬ愚鈍な王国人ですか」
カッとなったエンフィアは思わず手を上げるが、簡単に手首を掴まれた。
「ここに来た理由を思い出してください。この子供から、話を聞いてください」
掴まれた手首に痛みが走る。
彼は怒りを抑えているようだった。
「何を聞けと!」
「盗みを働いた後、この箱を現場に置いて行ったのか、と」
ウェルズはエンフィアから手を離し、懐から手の中に収まる小箱を出した。
箱には魔法陣が描かれている。
一般には知られることはない。
エンフィアは、王国の武器庫で似た陣を見たことがある。
「子供がそんなこと」
「聞け」
ウェルズの気迫に圧され、エンフィアは屈んで目線を揃えると、格子の中の子供に尋ねた。
「置いてきたよ。大人達が仕事を終えた場所に忍び込んで。そうしたらお頭に褒められるし、病の妹の薬も貰えるんだ」
訛りの強い王国の言葉で答えがあった。
エンフィアはショックを受けた。
この子も盗賊団の一員だったのだ。
「この箱が、何かわかる?」
子供は頭を左右に振った。
箱を指定の場所に置いてくる、それがこの子の仕事だと言う。
「死傷者三百人です」
ウェルズがぽつりと呟いた。
エンフィアにはその数が何かをすぐ理解した。
それ程、大きな事件になっているとは想像できなかった。
「その中には赤子もいた。お前の妹よりも小さい子供を、お前が殺したんだ、と言ってやってください」
エンフィアは首を振る。そんな事、こんな子供に言えるはずがない。
「この子は、騙されていたんです!知らずに犯罪の片棒を」
「知らなければ、どれだけ人を傷つけても構わないのですか?王国法では」
エンフィアは口を噤んだ。
すでに王太子妃となったエンフィアは、安易な発言はできない事に思い当たった。
「この箱はこの子の妹に贈って上げましょう。きっときれいな花火が見れますよ」
「止めて、下さい」
「知らなければ許されるなんて思わないでください」
それは、子供への言葉ではない。
エンフィアに向けられた言葉だ。
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