王太子妃は人質として帝国に差し出された

基本二度寝

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元公爵令嬢、現王太子妃エンフィアは隣国の帝国へ向かう馬車に乗っていた。

帝国の馬車は大きく揺れもほとんど感じず、乗り心地自体は快適なのだけれど、車内の雰囲気はそれほど良いものではなかった。

向かいに座るのは、暗赤色の髪と瞳の偉丈夫、隣国である帝国の王、ジルクレイアだ。

エンフィアの夫となった王太子が「まるで血を浴びたようだ」と吐き捨てていたことを思い出した。

帝国の若き皇帝は、黙ったまま窓外の景色を見ていた。
むつりと押し黙ったまま、眉間に眉を寄せ、機嫌は良くないように思うのはこの車内の重い空気のせいだろう。

じっと見つめていたせいか、皇帝がこちらに目を向けた。

「…別れ際に王太子と話をしていたようだが、事情は把握しているな?」

「…はい」

エンフィアは手にあるブーケをぎゅっと握りしめた。
今日、王太子殿下と結婚をしたエンフィアは、花嫁衣装のまま人質になる。
着替える時間は与えられなかった。


『俺がここまで来たのにまだ待たせるのか』

不機嫌な皇帝に言われてしまえば、着替えのために待たせる事など当然できなかった。

「…エンフィア嬢…いや、王太子妃か。俺の記憶が確かならば王太子との婚姻は半年先だったように思うが」

王国の王族、王太子との結婚の儀は、周辺諸国や友好国へ通達済だった。
当然、隣国にも招待状は送っていた。占領を受けるより随分前に。

今回の婚姻についてはエンフィアも、前日に突然王太子殿下から聞いて驚いたのだ。

「…間違ってはおりません。急遽決定したことで」

エンフィアに話が来たのは議会の承認を得た後、国王を筆頭に国の重役が認めた事を、本人は一番最後に聞かされた。
すでに決まったこと。エンフィアに拒否権などない。

王太子に「早く君を妻と呼びたい」と乞われれば嫌な気などしなかった。


「ふんっ、糞みたいな男だな」

ジルグレイアの吐き捨てるような言葉に、エンフィアの手に力が入った。

(元はといえば、この男が…!)

エンフィアはジルグレイアを睨みつけた。



『…帝国軍が我が国の領土に侵略をしてきた。帝国と接する区画を占領されたと、領地主から伝達があった』

辛そうな顔で王太子はエンフィアに頼み込んだのだ。

『停戦の条件が、を人質に出すこと。…姉は他国へ輿入れが決まっている。年端も行かない妹には酷すぎる…だから…』

その先の言葉はなかった。

ただ何を言いたいのか、エンフィアにはわかっていた。

『…私が、帝国に行きます』

『っ!エンフィアっ!すまない』

震える身体を王太子はきつく抱きしめ、何度も謝罪した。
エンフィアが王太子妃となれば、彼女も王族に入り、人質の条件に該当する。

二人きり、誰の目もない場所だったから、王太子は何度も謝って、エンフィアも王太子の胸で涙を溢した。



(殿下の前で感情のまま泣いたのだから、帝国でどんな扱いを受けても絶対に泣いたりしない)

エンフィアはこの時気付なかった。

本当に非道な男が、どちらの男だったのかと。
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