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三十三 結婚後六月 A
しおりを挟む屋敷の庭仕事を手早く終えると、アレンは昼飯の為外へ出た。
近くの飯屋で手軽に食べられる物を買うと、広場のベンチに座る。
隣には新聞を広げた仲間が、こちらに声をかけた。
「調べたけど、過去に彼女がどんな環境だったかはわからなかった。想像するしかないけど。…おーい」
今日は、クエッカは庭に出てこなかった。
屋敷の様子をうかがうと、離縁はどうにか考え直して欲しいと家令が必死で引き止めていた。
昨夜、クエッカは旦那様に離縁を申し入れた。
屋敷の主人は余裕を見せていたが、クエッカの出す証明や診断書で顔色を悪くしていった。
最初こそアレンを気にしていた主人も、隠蔽スキルを発動すると次第に存在を忘れていった。
しかし、クエッカには効かなかった。
スキルを強くすればするほど、アレンの手を握るクエッカの力が強くなっていった。
たまにあるのだ、好奇心旺盛な子供には隠蔽スキルが効かないことが。
だから、念には念を入れて変装もしているわけで。
「おい、聞いてるのか」
「…悪い」
「集中できてないな」
仲間に声をかけられて思考を戻す。
風魔法が得意な仲間に少し協力してもらい、クエッカの生家の状態を調べさせた。
アレンが自身で調べたことは戸籍の方だった。
クエッカの父は愛人とは再婚していない。
つまり、まだ、クエッカの実母との婚姻が継続していた。
離縁していないから、まだクエッカの父は当主でいられた。
母方が持っていた爵位だから、離縁すれば返却される。
父親はクエッカに引き継ぐまでの中継ぎの代理当主だった。
異母弟はその父の養子に入っていた。
当主は息子を跡継ぎにしたかったのだろう。
この国の当主継承について知識が少しでもあれば不可能だと気づいただろうに。
「お嬢さんの父親と義母は今もノーテンキに生活している。異母弟は、アイツは…ちょっとヤバイ」
クエッカの部屋は今もそのままにされているらしく、外から鍵をかけ、管理しているのが異母弟だという。
「一日の内何度か。元お嬢さんの部屋に入って…嗅いでる」
「、…なに?」
「ベッドやら、残された服やら。…下着やらを」
下着の状態はもう酷い事になっていた。破れ解れ、異臭のする粘液に塗れていたが、調査した仲間はそれを口にはしなかった。
言わずとも、アレンなら勘づくだろうと。
案の定、アレンの眉間に皺が寄る。
「で、本題。お嬢さんの生家の当主継承に必要なのは母方の血縁である証明。当主引き継ぎの際、この国では教会に赴いて神父に血縁証明を貰うらしい」
「偽造は?」
「不可。証明は王城に提出されて詳細に審査される。爵位の簒奪行為は重罪だからな。お嬢さんが発行してもらった純潔証明なんかも同じだ」
「クエッカの実母の父。つまり祖父さんの前当主と新しい当主に血縁関係があると証明して、初めて当主を引き継げるってことだな?」
「そう。お嬢さんがあくまで次の当主だと認められたから、父親が今は代理当主をつとめているだけ。
父親の愛人の息子なんか前当主からみれば他人でしかないわけだから、当主の条件は持っていない」
アレンはむっと眉を寄せる。
「なら…ヤツは何を考えてクエッカを付け狙うんだ」
「勿体ぶらずにいうと、お嬢さんとの間にガキを作ろうとしている」
すっと感情を失ったように、アレンの表情が落ちた。
「ガキを後継者にして、自分を代理当主にする算段。父親と同じことをしようとしてるわけだ。
都合よく王命が来てよかったんだろうな。
嫁げば、お嬢さんが誰かの子を孕んでいても見た目には違和感はないだろう?
生家住みの未婚で孕めば外聞は悪すぎるしな」
「異母でも、姉弟だぞ?」
「歪んだシスコンだからな。常識なんかで考えるなよ」
常識外に居る自分たちが、常識に囚われるのは馬鹿げている。
「お嬢さんはへんな男ばっか引き寄せるなァ」
「全くだ」
お前もだよ。
仲間は優しさからその言葉を飲み込んだ。
近くの飯屋で手軽に食べられる物を買うと、広場のベンチに座る。
隣には新聞を広げた仲間が、こちらに声をかけた。
「調べたけど、過去に彼女がどんな環境だったかはわからなかった。想像するしかないけど。…おーい」
今日は、クエッカは庭に出てこなかった。
屋敷の様子をうかがうと、離縁はどうにか考え直して欲しいと家令が必死で引き止めていた。
昨夜、クエッカは旦那様に離縁を申し入れた。
屋敷の主人は余裕を見せていたが、クエッカの出す証明や診断書で顔色を悪くしていった。
最初こそアレンを気にしていた主人も、隠蔽スキルを発動すると次第に存在を忘れていった。
しかし、クエッカには効かなかった。
スキルを強くすればするほど、アレンの手を握るクエッカの力が強くなっていった。
たまにあるのだ、好奇心旺盛な子供には隠蔽スキルが効かないことが。
だから、念には念を入れて変装もしているわけで。
「おい、聞いてるのか」
「…悪い」
「集中できてないな」
仲間に声をかけられて思考を戻す。
風魔法が得意な仲間に少し協力してもらい、クエッカの生家の状態を調べさせた。
アレンが自身で調べたことは戸籍の方だった。
クエッカの父は愛人とは再婚していない。
つまり、まだ、クエッカの実母との婚姻が継続していた。
離縁していないから、まだクエッカの父は当主でいられた。
母方が持っていた爵位だから、離縁すれば返却される。
父親はクエッカに引き継ぐまでの中継ぎの代理当主だった。
異母弟はその父の養子に入っていた。
当主は息子を跡継ぎにしたかったのだろう。
この国の当主継承について知識が少しでもあれば不可能だと気づいただろうに。
「お嬢さんの父親と義母は今もノーテンキに生活している。異母弟は、アイツは…ちょっとヤバイ」
クエッカの部屋は今もそのままにされているらしく、外から鍵をかけ、管理しているのが異母弟だという。
「一日の内何度か。元お嬢さんの部屋に入って…嗅いでる」
「、…なに?」
「ベッドやら、残された服やら。…下着やらを」
下着の状態はもう酷い事になっていた。破れ解れ、異臭のする粘液に塗れていたが、調査した仲間はそれを口にはしなかった。
言わずとも、アレンなら勘づくだろうと。
案の定、アレンの眉間に皺が寄る。
「で、本題。お嬢さんの生家の当主継承に必要なのは母方の血縁である証明。当主引き継ぎの際、この国では教会に赴いて神父に血縁証明を貰うらしい」
「偽造は?」
「不可。証明は王城に提出されて詳細に審査される。爵位の簒奪行為は重罪だからな。お嬢さんが発行してもらった純潔証明なんかも同じだ」
「クエッカの実母の父。つまり祖父さんの前当主と新しい当主に血縁関係があると証明して、初めて当主を引き継げるってことだな?」
「そう。お嬢さんがあくまで次の当主だと認められたから、父親が今は代理当主をつとめているだけ。
父親の愛人の息子なんか前当主からみれば他人でしかないわけだから、当主の条件は持っていない」
アレンはむっと眉を寄せる。
「なら…ヤツは何を考えてクエッカを付け狙うんだ」
「勿体ぶらずにいうと、お嬢さんとの間にガキを作ろうとしている」
すっと感情を失ったように、アレンの表情が落ちた。
「ガキを後継者にして、自分を代理当主にする算段。父親と同じことをしようとしてるわけだ。
都合よく王命が来てよかったんだろうな。
嫁げば、お嬢さんが誰かの子を孕んでいても見た目には違和感はないだろう?
生家住みの未婚で孕めば外聞は悪すぎるしな」
「異母でも、姉弟だぞ?」
「歪んだシスコンだからな。常識なんかで考えるなよ」
常識外に居る自分たちが、常識に囚われるのは馬鹿げている。
「お嬢さんはへんな男ばっか引き寄せるなァ」
「全くだ」
お前もだよ。
仲間は優しさからその言葉を飲み込んだ。
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