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二十一 結婚後五月 C
しおりを挟むレウスの手によりモンドが支配される少し前。
ギルメスド王国王城。
その中のある一室はただならぬ空気感で埋め尽くされていた。
「············」
「············」
向かい合う者達はつい先日まで命のやり取りをしていた者である。
席に着いてからベオウルフとラグナルクは目を合わせようとせず別の方向を向き黙り込む。ラグナルクの隣にはベイガルとギシャルの二人が座る。互いに恨みを持つ者達が同じ空間にいる今、いつ剣が抜かれたとしてもおかしくはないという状況だった。
そんな張り詰めた空気の中、長い沈黙にグラムは耐え切れなくなっていた。
「ハハハッ!! 気っまず!!」
そうしてグラムの高らかな声によりその長い沈黙は終わりの時を迎えたのだ。
「まあ····そうだな。確かに気まずい。このままじゃ埒が明かねえ。話す前にもう一度確認だ」
その時、ようやく二人の目が合った。
「お前らに俺の仲間は大勢殺された。たとえどんな理由があろうとも許すつもりはねえ。もちろんそれは分かってるだろうな?」
「許しを乞うつもりはない。だが昔もそして今も貴様のことは好かん、故に馴れ合うつもりもない」
「おぅ、珍しく気が合うな。俺もお前のこと嫌いだぜ」
(まあ······変に距離を詰めてくるよりかはマシか)
「まず初めに俺の仲間は今何処にいる。仲間を返すなら味方になってやってもいいぜ」
「ほう、助けられた分際で随分な物言いだな。私達が来なければお前は今頃死んでいたぞ」
「····ああそうだな。だが今はどうでもいい、お前に感謝なんてねえよ。それで俺の条件はのむのか」
「構わない」
ラグナルクは考えるような素振りも見せずに即答した。
「嘘はねえな?」
「嘘も何も、今日来た目的はお前の仲間とやらを返すことだ。ギシャル」
「クシャシャシャ!! 了解」
ギシャルが横に目をやるとその先に黒い空間が現れる。
ハルトとシャドは警戒し剣に手を当てたが中から歩いて出てきたのはゼーラ達四人だった。そして四人はベオウルフの姿を見つけるとすぐさま駆け寄り跪いた。
「ベオウルフ様、どうかこの度の御無礼を私の首一つでお許しくださいませッ」
「いいや、俺の首一つでどうかご勘弁を」
ゼーラだけでなくバルバダ達も頭を下げた。その様子を見るに疑うまでもなく、四人は正常に戻っていた。
「ミルファちゃッ——」
そしてシャドはミルファの姿を見つけた瞬間、分かりやすく赤面しバッと立ち上がった。
「まあ待てシャド」
ベオウルフは跪く四人に手を向け天使の存在を確認する。
(完全に分離されてるか······嘘はねえみたいだな)
「首一つって俺がお前らにそんなことするかよ。一つ聞いておくがこいつらは味方か?」
そう言われゼーラ達の視線はラグナルク達三人へと向かう。
その目は決して味方を見るような目ではない。
ラグナルク達によりギルメスド王国の騎士からは多数死者が出た。
ゼーラに至って言えば目の前にいるベイガルはラダルスの仇なのだ。
「感謝する気はありませんが、この者達の手により私たちが解放されたのは確かです。ですが、私はこのもの達を許すつもりはありません」
ゼーラはベイガルの顔を睨みつけそう言い放った。
見下したようなその視線に容赦はない。ベイガルは先程から目を閉じ何一つ動じるような素振りはない。
「まあ約束は約束だ。勝手にしろ。それとお前ら四人とも疲れただろ。今は休んでこい、後でまた呼ぶ」
「い、いえ。天使に操られていたとはいえ私達の行動はあまりにも·····」
「いいや、休まねえことの方が駄目だ。シャド、四人を連れていけ」
「はっ、はい!」
シャドは先程から落ち着きはない。いいや、ミルファの姿を見た途端落ち着きを失ったのだ。
というのもミルファ達がベオウルフを裏切ったという事実をシャドは途中までドッキリと思っていたのだ。
そうではないと分かったのはペルシャとの戦い、その最中である。
ミルファの自我が奪われたという事実はシャドを激昂させそれによりペルシャと互角の戦いを繰り広げられたのだ。
そして五人が部屋に出た後、ベオウルフは改めて話しを始める。
「取り敢えず聞きてぇことは山ほどあるが今は三つだけ聞かせろ」
「構わん」
「俺は帝王だから今も生きてるが、天生前のただの人間のお前が何故生きていた」
「身体の腐敗は魔法で阻止している。臓器は全てつくりものだ」
「ハッ、そこまでして俺に復讐しにきたのかよ。なら二つ目だ。お前ら全員、天生した天使はどうなってんだよ」
「見ての通り自我の強い個性的な者達だ。此奴らだけでなく私の配下は全員天使を支配下に置いた。完全なる天生体となった状態で自我を取り戻せば天使の力を我が物とすることができる。天使どもは単に利用したのみだ」
「はあ······信じられねえが目の前に三人もいるなら仕方ねえか。なら最後だ。こちら側についた理由を具体的に言え」
「······よかろう。だが理由を説明する前に天生体となった私が得た力について説明する必要がある」
そう言うとラグナルクは窓の方を指差した。
「二秒後、日の光が差し込む」
「———?」
その言葉にベオウルフ達三人は黙り込み自然と窓の方へと視線が向かった。
何も説明は無かったが無意識のまま気づけば二秒間待っていた。
するとラグナルクの言った通り窓からは日の光が差し込んだ。
「おお! やるねおじいちゃん! 長年の勘ってやつかい?」
「いやちげえだろ。要するに未来予知ってことだな。ならその力でこの戦争の勝敗を見たってことか?」
「いいや。数秒程の未来ならば明確に見ることができるが遠い未来はぼやけてはっきりとは見ることができない」
「じゃあ何だよ、ただの自慢か? 俺が聞いてるのはお前がこっちに寝返った理由だ」
「元はお前に復讐するため私はここまで生きてきた。故に寝返るつもりなど全く無かった。だが······私が天使を支配し完全なる天生体となった時、私の目の前に誰かが現れた。顔はぼやけ実体は薄れている。まるでこの世の者とは思えないほどの神秘的なその存在は私の能力に干渉した。そして一時だけ私の眼には遠い未来の光景が目に入った。その時に見た未来が私の求める未来だっただけだ」
「ハッ、そんな何処の誰かも分からねえやつの未来を見てここまで行動に移したってか?」
「お前は、自分が目の前で見殺しにした女の名を覚えているか」
「······何が言いてえ」
「私の見た未来でフィオーレはある者の手により助けられあの戦争で生き延びた」
「ッ———」
淡々と述べられたその言葉に一切の嘘は感じられない。
ベオウルフは数秒間小さく口を開けたまま固まった。
勿論、グラムやハルトは何についての話であるのか見当もつかない。だがこれ程動揺しているベオウルフを見るのは初めてだった。しかしその表情はすぐさま元に戻った。
「未来だ? あの戦争が何年前に起こったのか覚えてねえのか、お前は」
「いいや、”未来を生きる者”によりフィオーレは救われる。たとえその確率が一兆分の一であろうとも私にとってはあまりにも大きい。その”未来を生きる者”がお前の側にいる、私が女神を裏切った理由はそれだけだ」
「············」
「そして力に干渉した者は『きっと私なら』そう言い残して消えていった」
到底信じられることではなかったがラグナルクには確かな根拠があった。
この状況でラグナルクを否定することはできなかった。そして確かめるようにラグナルクを見つめる。
「それで、フィオーレは誰が助けんだよ」
「名は———」
「······そんな気もしたがな。分かった、信じてやる」
「そうか、随分と素直なものだな······ならば行くぞ、恩人を救いに」
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