悪女は婚約解消を狙う

基本二度寝

文字の大きさ
上 下
5 / 9

しおりを挟む
「伯爵!ララージャをどこに隠した!」

芳しい結果を得られなかったビリョークは、怒りを顕にして伯爵を怒鳴りつけた。

「隠すも何も、居もしない人間を出せと言われても」

「ララージャは、この屋敷に囚われているんだ!」

癇癪を起こすビリョークを無視して、騎士団の小隊長が非礼を詫びた。
屋敷に隠された部屋もなければ、侯爵子息の言う少女もいなかった。

肩を落とす隊長を不憫に思った伯爵は、
「そんなに会いたいのならば、会わせてやろう」と告げ、ビリョークは「やはり隠していたか」と強気に出た。



伯爵は、小隊長とヒルデ、ビリョークを連れて、王城にやってきた。

門番と軽く話をした伯爵は中に通されれ、案内役の後をついて城の外回廊を進んでいく。

「伯爵、何故城に…?」

戸惑う小隊長とビリョークに何も語らず、たどり着いたのは王家の霊廟だった。

「アレが亡くなった後も墓を掘り返す馬鹿が後を立たなくてな。見兼ねた国王陛下がここに安置してくれたのだ」

国王も、王太子時代にララージャと同じ学園で過ごした。
すでに婚約者がいたし、立場もあったから他の子息のように馬鹿なことはしなかった。
それでも、亡骸の安置の申し入れに来た陛下の瞳の奥には、別の色があったように伯爵は感じた。


冷え冷えとした霊廟のずっと奥。
突き当りのように見えたが、案内役が壁にあった小さな魔法陣に手を当てると、石の扉が勝手に開いた。

横たえられた透明の棺の中に、伯爵の実妹が眠っていた。

棺の中には、色とりどりの装飾と華やかな衣装を身に纏わせたララージャがあった。
亡骸を引き渡したときはこんな華美な衣装など用意していなかった。
腐食も見られず、ただ眠っているだけのようにも見えるが、肌の色は生気のない白で息をしていないという事はひと目でわかる。

高度な腐食防止魔法を使用している時点でやはり、陛下は…。


伯爵の思考は、侯爵子息の悲鳴で遮られた。

「ララージャ!」

棺に縋ろうとして、ビリョークは見えない壁に弾かれた。

「無闇に近づかないでください」

案内役に注意を受けてもビリョークには聞こえていないようだった。
どうして、なんで、と呆然と繰り返している。

「この方が、探していたララージャ様ですか…?
ご息女のヒルデ様によく似てらっしゃいますね…」

小隊長の言葉で、伯爵は気づいた。
表情豊かなララージャと、表情の乏しいヒルデを似ていると思ったことはない。
でも、口と目を閉じたララージャは確かにヒルデに似ているかもしれない。
血縁があるのだから、似ていても不思議ではない。

「ララージャ!ララージャ!」

どうしてと喚く。

「侯爵!日陰者の彼女をとうとう殺めたのか!」

ビリョークは嘆きから怒りへ感情を変え、伯爵に飛びかかったが、小隊長が俊敏な動きでそれを捕えた。

「…頭が痛いな」
「ビリョーク様。こちらの方は昨日今日亡くなったのではありません。この霊廟に入られるということは国王陛下の許可が必要です」

「そんなこと、つい三日前に会って…」

「ララージャさまがお亡くなりになったのは二十年前。貴方様が生まれる前のことでございます」

案内役の説明に、ビリョークは目を見開いてガクリと膝をつく。

「ならば…俺が会ったのは誰なのだ」

「…ヒルデなのでは?」

伯爵はビリョークとヒルデが中庭で過ごしていたのを知っている。
ビリョークは顔を上げてヒルデに目を向けるが、力なく首を振った。

「こんな…無表情な女ではない。ララージャは光り輝く笑顔で私を癒やしてくれて…」

「だとしたらば、実態のない妹が屋敷をまだ彷徨っているのやもしれませんな」

「そんな…」

どきりと内心焦りを見せたのは事情を知るヒルダだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

どうせ嘘でしょう?

豆狸
恋愛
「うわー、可愛いなあ。妖精かな? 翼の生えた小さな兎がいるぞ!」 嘘つき皇子が叫んでいます。 どうせ嘘でしょう? なろう様でも公開中です。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

この愛は変わらない

豆狸
恋愛
私はエウジェニオ王太子殿下を愛しています。 この気持ちは永遠に変わりません。 十六歳で入学した学園の十八歳の卒業パーティで婚約を破棄されて、二年経って再構築を望まれた今も変わりません。変わらないはずです。 なろう様でも公開中です。

百度目は相打ちで

豆狸
恋愛
「エスポージト公爵家のアンドレア嬢だな。……なにがあった? あんたの目は死線を潜り抜けたものだけが持つ光を放ってる。王太子殿下の婚約者ってのは、そんなに危険な生活を送ってるのか? 十年前、聖殿で会ったあんたはもっと幸せそうな顔をしていたぞ」 九十九回繰り返して、今が百度目でも今日は今日だ。 私は明日を知らない。

私、悪役令嬢に戻ります!

豆狸
恋愛
ざまぁだけのお話。

“真実の愛”の、そのお相手は

杜野秋人
恋愛
「私はそなたとの婚約を解消したい!」 社交シーズン終わりの、王家主催の晩餐会と舞踏会。 その舞踏会の開始直前に、わたくしの婚約者の王太子殿下がやらかしました。 「私は真実の愛を見つけたのだ!」 王太子であり続けるためには、次期国王として即位するためには筆頭公爵家の公女であるわたくしとの婚姻が必要不可欠だと、わたくしも陛下も王妃様もあれほど念押ししましたのに、結局こうなるんですのね。 それで?どうせお相手は最近仲の良い男爵家のご令嬢なのでしょう? そしてわたくしが彼女を苛めたとか仰って、わたくしの有責を狙って冤罪でも仕掛けるのでしょう? 「いや、そなたの責は一切ない!むしろ私の有責でよい!」 えっ? 「この騒動の責任を取り、私は王太子位を返上する!」 えっえっ? 「そして王家にとっても醜聞であるから、私は除籍して頂いて王家にも瑕疵を残さぬようにしたい!」 ええっ!? そこまでして貫きたい“真実の愛”とは何なのか。 殿下の呼ぶ声に応じて彼の隣に立った人物を見て、誰もが驚愕し騒然となった⸺! ◆またしても思いつきの衝動書き。固有名詞は一切出ません。 そしてまたもやセンシティブなテーマを取り上げちゃいました(爆)。 ◆全4話、およそ9000字ちょっと。話の区切りの都合上、各話の文字数がバラバラですのでご了承下さい。 ◆これは恋愛。異世界恋愛です。誰が何と言おうとも! ◆例によって小説家になろうでも公開します。 カクヨムでも公開しました。

処理中です...