王太子殿下が欲しいのなら、どうぞどうぞ。

基本二度寝

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「公爵令嬢アンティーナ。君との婚約を破棄する」

王太子殿下はアンティーナの妹オデッサの肩を抱いて、宣言した。

この方、何を言っておられるのだろうか。
談笑していた令嬢達もアンティーナ自身も戸惑っている。

オデッサは此方に向かって、にこにこと笑っていた。 
またなにか妙なことを企んでいるのだろう。
昔から、アンティーナの足を引っ張ることが生きがいの妹だった。

「あの、発言してもよろしいでしょうか」
「なんだ」

アンティーナではない他のご令嬢が発言の許可を取った。

「いつの間に、アンティーナ様と婚約されていたのですか?我々、婚約者にはその事を知らされておりませんでしたが」
「アンティーナとは婚約していないよ」

「…えっ?」

誰もが皆戸惑ったが、一番驚いていたのはオデッサだった。

今、王太子殿下は婚約していないアンティーナに婚約破棄を告げた。
本人がそれを自覚している。

意味がわからず混乱した。

「愛するオデッサが『アンティーナとの婚約破棄を面前で宣言してほしい』と願ったので叶えただけだよ」

王太子殿下は悪びれなく答えた。
ねっ?とオデッサに甘い目線を送る。

オデッサは答えに窮していた。

「僕はオデッサに救われたんだ。だから、僕はオデッサの希望はなんでも叶えたい。彼女を伴侶にしたい」

令嬢達は息を呑んだ。
その発言に、オデッサは復帰したようで、「申し訳ありません。お姉様」と笑顔で謝罪の言葉を口にした。

アンティーナは頭痛がした。
多分、最悪な結果になった。

苦悩する姉の姿を見てオデッサはニヤニヤと笑いが止まらない。

「オデッサ。君は今の僕を変わらず愛してくれるといったね」
「もちろんですわ。殿下」
「よかった。これで心置きなく王族から抜けられる」

「は…?」

うっとりと殿下を見上げていたオデッサは固まった。
もちろん、周囲にいた者皆同じように。

「僕しか王子はいなかったから、父は公爵家、侯爵家、伯爵家から令嬢を婚約者候補として集めたんだ。二十名ばかりね。
僕に為政者としての自覚を持たせた令嬢と婚約する、と決められた。でも、皆あの手この手で頑張ってくれたけれど、一向にその気になれなくてね」

殿下はオデッサの髪を掬い口付けた。

「でも君は違った。このままの僕で良いと。このままの僕が良いと。だから、父に願い出て、王籍から抜いてもらうことにした」

「あの、殿下…それでは、次期国王が…」

「大丈夫だよ。父の遠縁の子息を養子にしてもらうから」

先程までの愉悦に浸っていたオデッサの姿はない。
信じられないと目を見開いて王太子殿下を呆然と見つめていた。

「父に許可は取った。結婚して、二人で城の離れに住まわせてもらえる。仕事もしなくていいんだ。君とずっと一緒に居られるよ」

「そんな、恐れ、多い」

「畏まらないで。いつもみたいに、名前を呼んで。オデッサ」

妹は追い詰められている。
オデッサには相思相愛の恋人がいる。
アンティーナは王太子妃になるだろうと算段していた父は、オデッサに婿を取らせて当主を譲るつもりだった。
オデッサの好いた相手で良いと言われていた彼女は自分の従者と恋仲になった。

姉への嫌がらせに殿下に手を出して、気が済めば適当に「分不相応」などと言って去るつもりだったのだろうが宛が外れたに違いない。

殿下の言葉に喜ぶ反応を見せるべきなのだが、オデッサの顔色は悪かった。

「王族から抜けるから、去勢手術もするけれど、きちんと愛せるから安心してね。子は持てないけれど、一年中、一日中、オデッサと愛し合えるなんて…堪らないな」

妄想に夢膨らせる殿下の笑みは何処か歪だった。

婚約者候補の令嬢は皆、殿下のその歪みを感じ取っていた。だから、候補達は殿下に親身になりきれなかった。

殿下に抱きしめられ、うっ、とオデッサは声を漏らした。
此方を見つめ、「助けて」と唇が動いた。
アンティーナが小さく左右に首を振れば、妹の瞳から涙が溢れていた。

いや、いや

声にならず唇が動く。

「では、僕達はここらへんで。皆は楽しんでくれ。さぁオデッサ。僕らの愛の巣へ行こう」

殿下が退出しようと皆に背を向ける。
けれど、オデッサはその場から動こうとはしなかった。

殿下がオデッサの耳元で何かを囁き、ようやく頑なだった足が動いた。

静まった会場にオデッサのすすり泣きが聞こえたが、歓喜のものではない。

しかし、誰も彼らを止める事はなかった。









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