1 / 3
一
しおりを挟む
「公爵令嬢アンティーナ。君との婚約を破棄する」
王太子殿下はアンティーナの妹オデッサの肩を抱いて、宣言した。
この方、何を言っておられるのだろうか。
談笑していた令嬢達もアンティーナ自身も戸惑っている。
オデッサは此方に向かって、にこにこと笑っていた。
またなにか妙なことを企んでいるのだろう。
昔から、アンティーナの足を引っ張ることが生きがいの妹だった。
「あの、発言してもよろしいでしょうか」
「なんだ」
アンティーナではない他のご令嬢が発言の許可を取った。
「いつの間に、アンティーナ様と婚約されていたのですか?我々、婚約者候補にはその事を知らされておりませんでしたが」
「アンティーナとは婚約していないよ」
「…えっ?」
誰もが皆戸惑ったが、一番驚いていたのはオデッサだった。
今、王太子殿下は婚約していないアンティーナに婚約破棄を告げた。
本人がそれを自覚している。
意味がわからず混乱した。
「愛するオデッサが『アンティーナとの婚約破棄を面前で宣言してほしい』と願ったので叶えただけだよ」
王太子殿下は悪びれなく答えた。
ねっ?とオデッサに甘い目線を送る。
オデッサは答えに窮していた。
「僕はオデッサに救われたんだ。だから、僕はオデッサの希望はなんでも叶えたい。彼女を伴侶にしたい」
令嬢達は息を呑んだ。
その発言に、オデッサは復帰したようで、「申し訳ありません。お姉様」と笑顔で謝罪の言葉を口にした。
アンティーナは頭痛がした。
多分、最悪な結果になった。
苦悩する姉の姿を見てオデッサはニヤニヤと笑いが止まらない。
「オデッサ。君は今の僕を変わらず愛してくれるといったね」
「もちろんですわ。殿下」
「よかった。これで心置きなく王族から抜けられる」
「は…?」
うっとりと殿下を見上げていたオデッサは固まった。
もちろん、周囲にいた者皆同じように。
「僕しか王子はいなかったから、父は公爵家、侯爵家、伯爵家から令嬢を婚約者候補として集めたんだ。二十名ばかりね。
僕に為政者としての自覚を持たせた令嬢と婚約する、と決められた。でも、皆あの手この手で頑張ってくれたけれど、一向にその気になれなくてね」
殿下はオデッサの髪を掬い口付けた。
「でも君は違った。このままの僕で良いと。このままの僕が良いと。だから、父に願い出て、王籍から抜いてもらうことにした」
「あの、殿下…それでは、次期国王が…」
「大丈夫だよ。父の遠縁の子息を養子にしてもらうから」
先程までの愉悦に浸っていたオデッサの姿はない。
信じられないと目を見開いて王太子殿下を呆然と見つめていた。
「父に許可は取った。結婚して、二人で城の離れに住まわせてもらえる。仕事もしなくていいんだ。君とずっと一緒に居られるよ」
「そんな、恐れ、多い」
「畏まらないで。いつもみたいに、名前を呼んで。オデッサ」
妹は追い詰められている。
オデッサには相思相愛の恋人がいる。
アンティーナは王太子妃になるだろうと算段していた父は、オデッサに婿を取らせて当主を譲るつもりだった。
オデッサの好いた相手で良いと言われていた彼女は自分の従者と恋仲になった。
姉への嫌がらせに殿下に手を出して、気が済めば適当に「分不相応」などと言って去るつもりだったのだろうが宛が外れたに違いない。
殿下の言葉に喜ぶ反応を見せるべきなのだが、オデッサの顔色は悪かった。
「王族から抜けるから、去勢手術もするけれど、きちんと愛せるから安心してね。子は持てないけれど、一年中、一日中、オデッサと愛し合えるなんて…堪らないな」
妄想に夢膨らせる殿下の笑みは何処か歪だった。
婚約者候補の令嬢は皆、殿下のその歪みを感じ取っていた。だから、候補達は殿下に親身になりきれなかった。
殿下に抱きしめられ、うっ、とオデッサは声を漏らした。
此方を見つめ、「助けて」と唇が動いた。
アンティーナが小さく左右に首を振れば、妹の瞳から涙が溢れていた。
いや、いや
声にならず唇が動く。
「では、僕達はここらへんで。皆は楽しんでくれ。さぁオデッサ。僕らの愛の巣へ行こう」
殿下が退出しようと皆に背を向ける。
けれど、オデッサはその場から動こうとはしなかった。
殿下がオデッサの耳元で何かを囁き、ようやく頑なだった足が動いた。
静まった会場にオデッサのすすり泣きが聞こえたが、歓喜のものではない。
しかし、誰も彼らを止める事はなかった。
王太子殿下はアンティーナの妹オデッサの肩を抱いて、宣言した。
この方、何を言っておられるのだろうか。
談笑していた令嬢達もアンティーナ自身も戸惑っている。
オデッサは此方に向かって、にこにこと笑っていた。
またなにか妙なことを企んでいるのだろう。
昔から、アンティーナの足を引っ張ることが生きがいの妹だった。
「あの、発言してもよろしいでしょうか」
「なんだ」
アンティーナではない他のご令嬢が発言の許可を取った。
「いつの間に、アンティーナ様と婚約されていたのですか?我々、婚約者候補にはその事を知らされておりませんでしたが」
「アンティーナとは婚約していないよ」
「…えっ?」
誰もが皆戸惑ったが、一番驚いていたのはオデッサだった。
今、王太子殿下は婚約していないアンティーナに婚約破棄を告げた。
本人がそれを自覚している。
意味がわからず混乱した。
「愛するオデッサが『アンティーナとの婚約破棄を面前で宣言してほしい』と願ったので叶えただけだよ」
王太子殿下は悪びれなく答えた。
ねっ?とオデッサに甘い目線を送る。
オデッサは答えに窮していた。
「僕はオデッサに救われたんだ。だから、僕はオデッサの希望はなんでも叶えたい。彼女を伴侶にしたい」
令嬢達は息を呑んだ。
その発言に、オデッサは復帰したようで、「申し訳ありません。お姉様」と笑顔で謝罪の言葉を口にした。
アンティーナは頭痛がした。
多分、最悪な結果になった。
苦悩する姉の姿を見てオデッサはニヤニヤと笑いが止まらない。
「オデッサ。君は今の僕を変わらず愛してくれるといったね」
「もちろんですわ。殿下」
「よかった。これで心置きなく王族から抜けられる」
「は…?」
うっとりと殿下を見上げていたオデッサは固まった。
もちろん、周囲にいた者皆同じように。
「僕しか王子はいなかったから、父は公爵家、侯爵家、伯爵家から令嬢を婚約者候補として集めたんだ。二十名ばかりね。
僕に為政者としての自覚を持たせた令嬢と婚約する、と決められた。でも、皆あの手この手で頑張ってくれたけれど、一向にその気になれなくてね」
殿下はオデッサの髪を掬い口付けた。
「でも君は違った。このままの僕で良いと。このままの僕が良いと。だから、父に願い出て、王籍から抜いてもらうことにした」
「あの、殿下…それでは、次期国王が…」
「大丈夫だよ。父の遠縁の子息を養子にしてもらうから」
先程までの愉悦に浸っていたオデッサの姿はない。
信じられないと目を見開いて王太子殿下を呆然と見つめていた。
「父に許可は取った。結婚して、二人で城の離れに住まわせてもらえる。仕事もしなくていいんだ。君とずっと一緒に居られるよ」
「そんな、恐れ、多い」
「畏まらないで。いつもみたいに、名前を呼んで。オデッサ」
妹は追い詰められている。
オデッサには相思相愛の恋人がいる。
アンティーナは王太子妃になるだろうと算段していた父は、オデッサに婿を取らせて当主を譲るつもりだった。
オデッサの好いた相手で良いと言われていた彼女は自分の従者と恋仲になった。
姉への嫌がらせに殿下に手を出して、気が済めば適当に「分不相応」などと言って去るつもりだったのだろうが宛が外れたに違いない。
殿下の言葉に喜ぶ反応を見せるべきなのだが、オデッサの顔色は悪かった。
「王族から抜けるから、去勢手術もするけれど、きちんと愛せるから安心してね。子は持てないけれど、一年中、一日中、オデッサと愛し合えるなんて…堪らないな」
妄想に夢膨らせる殿下の笑みは何処か歪だった。
婚約者候補の令嬢は皆、殿下のその歪みを感じ取っていた。だから、候補達は殿下に親身になりきれなかった。
殿下に抱きしめられ、うっ、とオデッサは声を漏らした。
此方を見つめ、「助けて」と唇が動いた。
アンティーナが小さく左右に首を振れば、妹の瞳から涙が溢れていた。
いや、いや
声にならず唇が動く。
「では、僕達はここらへんで。皆は楽しんでくれ。さぁオデッサ。僕らの愛の巣へ行こう」
殿下が退出しようと皆に背を向ける。
けれど、オデッサはその場から動こうとはしなかった。
殿下がオデッサの耳元で何かを囁き、ようやく頑なだった足が動いた。
静まった会場にオデッサのすすり泣きが聞こえたが、歓喜のものではない。
しかし、誰も彼らを止める事はなかった。
597
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
婚約破棄?私、貴方の婚約者ではありませんけれど
oro
恋愛
「アイリーン・ヒメネス!私は今この場で婚約を破棄する!」
王宮でのパーティにて、突然そう高らかに宣言したこの国の第1王子。
名前を呼ばれたアイリーンは、ニコリと微笑んで言った。
「あらあらそれは。おめでとうございます。」
※誤字、脱字があります。御容赦ください。

継母と元婚約者が共謀して伯爵家を乗っ取ろうとしたようですが、正式に爵位を継げるのは私だけですよ?
田太 優
恋愛
父を亡くし、継母に虐げられ、婚約者からも捨てられた。
そんな私の唯一の希望は爵位を継げる年齢になること。
爵位を継いだら正当な権利として適切に対処する。
その結果がどういうものであれ、してきたことの責任を取らせなくてはならない。
ところが、事態は予想以上に大きな問題へと発展してしまう。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

結婚を先延ばしにされたのは婚約者が妹のことを好きだったからでした。妹は既婚者なので波乱の予感しかしません。
田太 優
恋愛
結婚を先延ばしにされ続け、私は我慢の限界だった。
曖昧な態度を取り続ける婚約者に婚約破棄する覚悟で結婚する気があるのか訊いたところ、妹のことが好きだったと言われ、婚約を解消したいと言われた。
妹は既婚者で夫婦関係も良好。
もし妹の幸せを壊そうとするなら私は容赦しない。

追放された令嬢は愛し子になりました。
豆狸
恋愛
「婚約破棄した上に冤罪で追放して悪かった! だが私は魅了から解放された。そなたを王妃に迎えよう。だから国へ戻ってきて助けてくれ!」
「……国王陛下が頭を下げてはいけませんわ。どうかお顔を上げてください」
「おお!」
顔を上げた元婚約者の頬に、私は全体重をかけた右の拳を叩き込んだ。
なろう様でも公開中です。

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです
サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

結婚式間近に発覚した隠し子の存在。裏切っただけでも問題なのに、何が悪いのか理解できないような人とは結婚できません!
田太 優
恋愛
結婚して幸せになれるはずだったのに婚約者には隠し子がいた。
しかもそのことを何ら悪いとは思っていない様子。
そんな人とは結婚できるはずもなく、婚約破棄するのも当然のこと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる