生命(きみ)を手放す

基本二度寝

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「一体どうなってる!」

王太子の部屋に、帰国したばかりの国王と王妃が飛び込んてきた。
戻りは二週間先だと聞いていたのだけれど、息子の状態を知って一週間で戻ってきた。

「ああ…」

寝台の王太子の姿に、王妃は泣いて崩れた。
口にはマスクをし、王太子の身体からいくつも管が魔道具に繋がっている。

「あの娘は!伯爵令嬢は何をしているのですか!」

王妃言葉に、侍従の達は顔を見合わせた。
何故この場で伯爵令嬢の事を気にするのか。わからぬという顔を見合わせる。
控えていた宰相が歩み出た。

「…レイシア様は国境を越え他国に渡り…この数日で他者と婚姻しておりました」

「なんですって!息子と婚約して居ながらそんな事許さないわ。即刻連れ戻して罰を!」

「無理なのです…殿下に確認しました。婚約破棄を宣言した後、どうやら妖精の契約が解除されたそうです…」

「何を…馬鹿な…そんなことって…」

あの日、なにかが割れた音は、契約解除の合図だった。

「婚約を破棄すれば、息子がどうなるか…あの娘には常々言い聞かせたのにっ!」

王妃はヒステリックに叫んだ。
国王はたたじっと息子を見守る。

その息子は横たわっているが意識はあるようで、瞳が母の姿を追う。

「何故、殿下に伝えなかったのですか。殿下が己の身体を、令嬢の役割を知っていれば、あのような馬鹿な真似をなさらなかったでしょうに」

「そんなことっ!言えるわけ無いでしょう!あんな下賎の女に生かされているなんて…!
息子の血が希少で…副反応を起こさないのがこの国であの女の血だけだったばかりに…」

生まれながらに王太子には持病があった。
成人までは生きられないと医師に宣告されたが、偶然伯爵令嬢の血が息子に合った。

纏う魔力の拒否反応も見られず、伯爵令嬢に血を提供させることで、王太子は人並みの健康を手にすることができた。

令嬢には妖精の契約で首輪を嵌め、婚約者に据えた。

「母、上…」
「あぁ…大丈夫よ、私のかわいい王子」

息子の呼ぶ声に、王妃はすがり付く。

「私は…レイシアがいなければ、生きられないの、ですか」

王太子は急な体調不良に陥り、状態を聞いても誰も説明してくれなかった。
侍従はなにもきかされていなかったし、王宮の医師は口をつぐんでいた。
宰相の洩らした言葉を、熟考すればそれしか答えはなかった。

「ふふ、直ぐに、呼び戻すから。だから少しの間だけ頑張れるわよね。愛しい子」

「母上…私は、まだ死にたくは…」

「大丈夫。ね。大丈夫だから」

息子の手を握り、擦る。

「不可能です」

宰相はきっぱりと告げた。

「宰相、口を慎め」

国王もさすがに口を挟んだ。

「レイシア嬢は、いえ、レイシア様は隣国の王族でした」

宰相の言葉に、国王は呆れた。
何を馬鹿なことをと。

「我が国の伯爵家の家系に隣国の王族と婚姻した者が居たようで、レイシア嬢は一時的に縁があった伯爵家に避難していただけのようでした」

レイシアは田舎の伯爵家にいた。
養子縁組していたので、平民だと王妃は思い込んでいた。

「あら、そうだったの?なら、陛下。隣国に申し入れを。息子のためにレイシアに血の提供を願いでて」

国王は唖然としていた。
王妃が平民だと信じていたレイシアを虐げていたことを知っている。

隣国の王族を痛めつけておいて、厚顔無恥に血をよこせと宣う、己の妻を異生物を見るような目で見つめた。

「やだ。大丈夫よ。あの子は優しい子よ。息子が死にかけてると知れば、いくらでも差し出すわ」

宰相は処置なし、と首を振る。

「…打診は…してみるが」
「ええ!早く」

「やめて下さい。これ以上恥を晒さないでください」

宰相は悲鳴を上げた。

「レイシア様の護衛騎士を務めていた男が、隣国の近衛騎士だったようです。
身分を隠し、わが騎士団に潜入していたようで、…レイシア様の扱いは隣国に筒抜けでした…」

「それは…」

「隣国から抗議が来ております。国交も考え直す、と」

国王は頭を押さえた。
後継者が瀕死の状態であり、隣国からの国交断絶宣言。

「…どうしてこんなことに」
「いやぁああ」

「母…上…わたしは」

王太子は去り際のレイシアを思い出した。

あの笑顔は、自分から解放された喜びの笑顔だったのか。

いつも具合が悪そうな姿だったのは、自分のせいと知り、自分の身勝手さに吐き気がした。

それでもまだ、レイシアが己の現状を知れば助けてくれると考えているその思考もまた身勝手だとは、考えてもいなかった。
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