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長く感じた揺れは数分の出来事だった。
騎士たちのおかげで王太子は城からほぼ怪我なく脱出できたのだが、この国で一番安全で高貴だったはずの城はただの瓦礫となった。
城から逃げ出せた者の数は少ない。
王太子は膝をついて瓦礫の山を呆然と見つめた。
「一体、どういうことなのだ、」
「あら、ご存じなかったのかしら」
瓦礫の中から声が聞こえた。
王太子のよく知る、彼女の声だ。
「イリエーゼ…?」
王太子が用意した男爵家の男に抱きかかえられて、イリエーゼは瓦礫の中から現れた。
彼らの周囲はきらきら光ると光の壁のようなものが見える。
瓦礫の上からイリエーゼは王太子を見下ろした。
「他者と体液交換する事で、私の魔力と混ざり合うんです。純粋な聖女の力でのみ支えられていたこの城は、不純物の混ざる魔力では支えきれないのですよ」
「…つまり、これは貴様の仕業だということか!!」
イリエーゼは笑う。
イリエーゼのせいでもあるし、王太子のせいでもある。
「私は証明しただけです」
「何をだ!!」
「私が本当に不貞を行っていたのなら、その時点で城は倒壊していたはずでしょう?」
王太子は間の抜けた顔をする。
イリエーゼは自身の潔白を証明するためだけに城を倒壊させたのだと気づいた。
「たった、それだけのために」
「自分の命を守るためならやりますわ。それによって聖女の力を失ったとしても」
「…なんだと」
「もう私の魔力は純粋な物ではありません。じきに王都に貼られた結界も消えますし、加護も…ああ、すでになくなってますね」
イリエーゼの視線の先を追えば、城の庭にあった女神像も輝きを失っていた。
王太子が物心ついた時からずっときらきらと輝き、見守ってくれていた女神像。優しい母のように見えていたはずのそれが、今はもうただの置物のようにしか感じられなかった。
王太子はようやくことの大きさを理解し始めた。
指先が冷え、身体が震える。
地に手をついて、倒れそうになる身体を支えた。
「では、役目を終えた私はこれで。
ああ、殿下。婚約解消の処理はお任せしますね。不貞を行っていない証明に、不貞行為を行い聖女の力を失った女との婚約解消。あら、これは不貞行為での婚約破棄をとなるのかしら?」
イリエーゼは指を顎に当てて、首を傾げた。
「どちらにせよ、冤罪を着せた件の慰謝料は勘弁してあげます。城を立て直す為にお金は必要でしょうし。新たな聖女探しにも経費がかかるでしょうから。それでは私たちは」
「待て」
こんな状態で取り残されて王太子は国王になんと説明すればよいのかわからない。
すべてをイリエーゼのせいにしなければ、王太子はこのまま王族ではいられない。
「冤罪を着せた場にいた貴族たちは、もう瓦礫の下だ!私がイリエーゼに婚約破棄を宣言した証人たちは居ない!!つまり、城の倒壊も!加護を失ったのも!お前の不貞行為のせいでそうなったのだ!!私は関係ない!すべてイリエーゼ!貴様の!!」
王太子が顔を上げてイリエーゼを睨みつけたはずが、目の前には彼女の姿はなかった。
「っ!?イリエーゼ!どこだ!!貴様がいなくなったら、誰が罪を背負えというのだ!!探せ!イリエーゼを!!」
王太子を先導していた騎士たちはすでに側にいなかった。
そこに一人残されていた王太子を、光を失った女神像だけが無機質に見下ろしていた。
騎士たちのおかげで王太子は城からほぼ怪我なく脱出できたのだが、この国で一番安全で高貴だったはずの城はただの瓦礫となった。
城から逃げ出せた者の数は少ない。
王太子は膝をついて瓦礫の山を呆然と見つめた。
「一体、どういうことなのだ、」
「あら、ご存じなかったのかしら」
瓦礫の中から声が聞こえた。
王太子のよく知る、彼女の声だ。
「イリエーゼ…?」
王太子が用意した男爵家の男に抱きかかえられて、イリエーゼは瓦礫の中から現れた。
彼らの周囲はきらきら光ると光の壁のようなものが見える。
瓦礫の上からイリエーゼは王太子を見下ろした。
「他者と体液交換する事で、私の魔力と混ざり合うんです。純粋な聖女の力でのみ支えられていたこの城は、不純物の混ざる魔力では支えきれないのですよ」
「…つまり、これは貴様の仕業だということか!!」
イリエーゼは笑う。
イリエーゼのせいでもあるし、王太子のせいでもある。
「私は証明しただけです」
「何をだ!!」
「私が本当に不貞を行っていたのなら、その時点で城は倒壊していたはずでしょう?」
王太子は間の抜けた顔をする。
イリエーゼは自身の潔白を証明するためだけに城を倒壊させたのだと気づいた。
「たった、それだけのために」
「自分の命を守るためならやりますわ。それによって聖女の力を失ったとしても」
「…なんだと」
「もう私の魔力は純粋な物ではありません。じきに王都に貼られた結界も消えますし、加護も…ああ、すでになくなってますね」
イリエーゼの視線の先を追えば、城の庭にあった女神像も輝きを失っていた。
王太子が物心ついた時からずっときらきらと輝き、見守ってくれていた女神像。優しい母のように見えていたはずのそれが、今はもうただの置物のようにしか感じられなかった。
王太子はようやくことの大きさを理解し始めた。
指先が冷え、身体が震える。
地に手をついて、倒れそうになる身体を支えた。
「では、役目を終えた私はこれで。
ああ、殿下。婚約解消の処理はお任せしますね。不貞を行っていない証明に、不貞行為を行い聖女の力を失った女との婚約解消。あら、これは不貞行為での婚約破棄をとなるのかしら?」
イリエーゼは指を顎に当てて、首を傾げた。
「どちらにせよ、冤罪を着せた件の慰謝料は勘弁してあげます。城を立て直す為にお金は必要でしょうし。新たな聖女探しにも経費がかかるでしょうから。それでは私たちは」
「待て」
こんな状態で取り残されて王太子は国王になんと説明すればよいのかわからない。
すべてをイリエーゼのせいにしなければ、王太子はこのまま王族ではいられない。
「冤罪を着せた場にいた貴族たちは、もう瓦礫の下だ!私がイリエーゼに婚約破棄を宣言した証人たちは居ない!!つまり、城の倒壊も!加護を失ったのも!お前の不貞行為のせいでそうなったのだ!!私は関係ない!すべてイリエーゼ!貴様の!!」
王太子が顔を上げてイリエーゼを睨みつけたはずが、目の前には彼女の姿はなかった。
「っ!?イリエーゼ!どこだ!!貴様がいなくなったら、誰が罪を背負えというのだ!!探せ!イリエーゼを!!」
王太子を先導していた騎士たちはすでに側にいなかった。
そこに一人残されていた王太子を、光を失った女神像だけが無機質に見下ろしていた。
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