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六 侯爵の回想
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ミレーユが、ウルバノの愛人許容の件を尋ねてきた時に、侯爵は息子にも話していない事実を彼女に全て話した。
「…本当は、結婚の後に伝えるつもりだった」
そう前置きをして。
「侯爵家の庭の奥にある離れは、妻と浮気相手の密会場所になっていた」
侯爵はミレーユに告げた。
侯爵家に嫁いでもらう為にも、嘘偽りは語れぬ。
息子、ウルバノの迂闊な発言のせいでミレーユの信頼を損なうわけには行かなかった。
侯爵家はミレーユを手放すことはできない。
「妻の不貞の現場を押さえた所で罵られた。種無し、と」
侯爵夫人は、「種が無いから他から貰ってきてやったんだ」と叫んだ。
侯爵夫人は、息子が侯爵の子ではないと暴露したのだ。
その時点でウルバノが当主になる道は無くなった。
ミレーユは口を手で覆い驚いている。
彼女は今、侯爵家の秘密を語られている事に気づいた。
「残念なことに、私に兄弟はないし近縁にも養子にできる子はなかった。他の縁者を探す過程でミレーユ嬢の伯爵家にまで行き着いたのだ」
「私の曾祖母でしたね」
侯爵家との縁を知っていたのかミレーユは納得したと頷いた。
「そうだ。私の祖父とミレーユ嬢の曾祖母が姉弟だった」
「だから、私の産む子を侯爵家の後継ぎに望んだのですか」
侯爵は首肯で答えた。
「欲しいのはミレーユ嬢の子で、ウルバノの子ではない」
侯爵の発言にミレーユは目を僅かに開いた。
ウルバノとの子を望んでいたと思われていたのかもしれないが、あの女の血を侯爵家に混ぜるつもりはない。
万に一つ、ウルバノが婚儀以外でミレーユに触れようとしたならば、すぐ様取り押さえるように人員を配置してあった。
なので、ウルバノはミレーユの腕や掌以外に触れる事は出来なかった。
「あれを好きにさせたのは、未来のない人間だからだ。ミレーユ嬢と婚姻させたあとは、用済みになる」
離れに閉じ込めて置くか、騒ぐようなら物理的に黙らせる。
欲しいのは、ミレーユが侯爵家に嫁いだという事実だけ。
ウルバノを嫡子と届けてあったので、そうするより無かった。
不義の子だったと公表して侯爵家の恥を晒すことを避けた。嘘や偽りは嫌うが、家名を貶める情報をばら撒く愚は侵さない。
他言出来ぬ事実は口を噤むに限る。
下手に騒いでヤブから蛇を出すわけにはいかない。
侯爵の生殖能力の喪失を調べる過程で、侯爵自身も母の不貞の子だったと知った。
前侯爵も妻の不貞を知って、不義の子の生殖機能を奪った。
侯爵家に、他人の血を残したくなかったのだろう。
侯爵に子が出来なければ、きっと縁者から養子をとると思っていたに違いない。
しかし、侯爵の妻が不貞の末の子を生む前に、前侯爵が亡くなってしまった。
前侯爵の死と共に、父を慕う者たちの多くが去った。
彼らは不義の子である侯爵を厭っていた。
当時の侯爵にその理由はわからなかった。
それもあり、この真実を知るのに随分時間がかかってしまった。
侯爵の父が母と離縁した後、後妻を迎える事はなかった。一度受けた裏切りの傷は、なかなか癒えなかったからだ。
自分も裏切られた事で父の気持ちはよくわかる。
自分が何故疎まれていたかの理由も、今は理解した。
昔から何故か嘘や偽り、裏切りに過敏だった謎も解けた。
「では、私は誰の子を産めば」
ミレーユの戸惑う声に、侯爵は秘書の名を呼んだ。
「この男と子作りしてくれないか?」
呼ばれた秘書にはなにも伝えてはいなかった。
ぴょこりと頭に飛び出した獣の耳が彼の動揺を表した。
秘書のこういった習性を侯爵は気に入っている。
嘘や偽りに塗れた社交界では得難い人材だった。
「王家のように、直系には痣が現れるなんて便利な証明方法もない。だから、侯爵家の血筋に獣人の血を混ぜようと思った」
獣人の血は強い。
きっとミレーユと生まれる子にも獣の特徴が出てくるに違いなかった。
その子を祖として、後世の為に産まれた子が一目で侯爵家の血だとわかるような目印を作りたかった。
「なるほど…」
ミレーユは冷静に侯爵の言葉を聞いていた。
「侯爵様の子息があのような者の理由がようやくわかりました」
奴に未来はないから、それまで好きにさせていただけ。
婚約者になったミレーユに対しての誠実であったなら、他の未来もあっただろうが。
ミレーユはしばらくの間、与えられた情報を咀嚼した後、すべてを受け入れると侯爵に約束した。
裏切りを懸念するならば契約書を作ってもいいと言う。
ミレーユには得のない契約だ。
それでも、彼女が居なくては、侯爵家の血が耐えてしまう。
ミレーユの望みは些細なことも叶えろと、侯爵はいまだ動揺から復帰できない秘書に命じた。
「…本当は、結婚の後に伝えるつもりだった」
そう前置きをして。
「侯爵家の庭の奥にある離れは、妻と浮気相手の密会場所になっていた」
侯爵はミレーユに告げた。
侯爵家に嫁いでもらう為にも、嘘偽りは語れぬ。
息子、ウルバノの迂闊な発言のせいでミレーユの信頼を損なうわけには行かなかった。
侯爵家はミレーユを手放すことはできない。
「妻の不貞の現場を押さえた所で罵られた。種無し、と」
侯爵夫人は、「種が無いから他から貰ってきてやったんだ」と叫んだ。
侯爵夫人は、息子が侯爵の子ではないと暴露したのだ。
その時点でウルバノが当主になる道は無くなった。
ミレーユは口を手で覆い驚いている。
彼女は今、侯爵家の秘密を語られている事に気づいた。
「残念なことに、私に兄弟はないし近縁にも養子にできる子はなかった。他の縁者を探す過程でミレーユ嬢の伯爵家にまで行き着いたのだ」
「私の曾祖母でしたね」
侯爵家との縁を知っていたのかミレーユは納得したと頷いた。
「そうだ。私の祖父とミレーユ嬢の曾祖母が姉弟だった」
「だから、私の産む子を侯爵家の後継ぎに望んだのですか」
侯爵は首肯で答えた。
「欲しいのはミレーユ嬢の子で、ウルバノの子ではない」
侯爵の発言にミレーユは目を僅かに開いた。
ウルバノとの子を望んでいたと思われていたのかもしれないが、あの女の血を侯爵家に混ぜるつもりはない。
万に一つ、ウルバノが婚儀以外でミレーユに触れようとしたならば、すぐ様取り押さえるように人員を配置してあった。
なので、ウルバノはミレーユの腕や掌以外に触れる事は出来なかった。
「あれを好きにさせたのは、未来のない人間だからだ。ミレーユ嬢と婚姻させたあとは、用済みになる」
離れに閉じ込めて置くか、騒ぐようなら物理的に黙らせる。
欲しいのは、ミレーユが侯爵家に嫁いだという事実だけ。
ウルバノを嫡子と届けてあったので、そうするより無かった。
不義の子だったと公表して侯爵家の恥を晒すことを避けた。嘘や偽りは嫌うが、家名を貶める情報をばら撒く愚は侵さない。
他言出来ぬ事実は口を噤むに限る。
下手に騒いでヤブから蛇を出すわけにはいかない。
侯爵の生殖能力の喪失を調べる過程で、侯爵自身も母の不貞の子だったと知った。
前侯爵も妻の不貞を知って、不義の子の生殖機能を奪った。
侯爵家に、他人の血を残したくなかったのだろう。
侯爵に子が出来なければ、きっと縁者から養子をとると思っていたに違いない。
しかし、侯爵の妻が不貞の末の子を生む前に、前侯爵が亡くなってしまった。
前侯爵の死と共に、父を慕う者たちの多くが去った。
彼らは不義の子である侯爵を厭っていた。
当時の侯爵にその理由はわからなかった。
それもあり、この真実を知るのに随分時間がかかってしまった。
侯爵の父が母と離縁した後、後妻を迎える事はなかった。一度受けた裏切りの傷は、なかなか癒えなかったからだ。
自分も裏切られた事で父の気持ちはよくわかる。
自分が何故疎まれていたかの理由も、今は理解した。
昔から何故か嘘や偽り、裏切りに過敏だった謎も解けた。
「では、私は誰の子を産めば」
ミレーユの戸惑う声に、侯爵は秘書の名を呼んだ。
「この男と子作りしてくれないか?」
呼ばれた秘書にはなにも伝えてはいなかった。
ぴょこりと頭に飛び出した獣の耳が彼の動揺を表した。
秘書のこういった習性を侯爵は気に入っている。
嘘や偽りに塗れた社交界では得難い人材だった。
「王家のように、直系には痣が現れるなんて便利な証明方法もない。だから、侯爵家の血筋に獣人の血を混ぜようと思った」
獣人の血は強い。
きっとミレーユと生まれる子にも獣の特徴が出てくるに違いなかった。
その子を祖として、後世の為に産まれた子が一目で侯爵家の血だとわかるような目印を作りたかった。
「なるほど…」
ミレーユは冷静に侯爵の言葉を聞いていた。
「侯爵様の子息があのような者の理由がようやくわかりました」
奴に未来はないから、それまで好きにさせていただけ。
婚約者になったミレーユに対しての誠実であったなら、他の未来もあっただろうが。
ミレーユはしばらくの間、与えられた情報を咀嚼した後、すべてを受け入れると侯爵に約束した。
裏切りを懸念するならば契約書を作ってもいいと言う。
ミレーユには得のない契約だ。
それでも、彼女が居なくては、侯爵家の血が耐えてしまう。
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