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五
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「これは義務だから、勘違いを…」
「はいはい。知っていますよ。そう何度も言わなくても良いわよ」
閨の度に男は同じ台詞を口にした。
寝台の淵に座るミレーユに男が抱きつく。
大きな身体を折り曲げて、赦しを乞うように、ミレーユの腹に頭を押しつけ彼女の腰に抱きついている。
先程の台詞と態度が一致していない。
真意が別であることを、ミレーユは理解している。
「侯爵様にお願いしたの。貴方が役目に不満を持っているならば辞めさせて欲しいって」
大きな身体がビクリと揺れる。
「閨が嫌ならもういいわ。他を探してもらうから。侯爵様も嫌がるあなたに無理強いは考えていないそうよ」
男の腕に力が入り、身体が軋む。
「ちょっと。苦し」
「嫌じゃない」
巻き付く腕を叩いて力を抜けと訴えるが、ますます強さが増した。
「あの馬鹿息子が旦那様の種じゃないから、ミレーユを孕ませるのが俺以外の雄の種でもいいことはわかってる。
ミレーユの曾祖母がこの侯爵家の出だったから、侯爵家の血筋がこの家に戻るならば、どの雄との子供でもミレーユの子供が後継者になるってことも…わかってる」
ミレーユは目の前にある男の頭を撫でる。
髪の間からひょこりと生えている三角の獣の耳に元気はない。
感情的になると、獣人は獣の部分を身体に出現させる。
それらは男の心の内を曝け出していた。
今もミレーユの腹にくっついている男の獣の耳も、ふさふさの尻尾も、しょんぼりと垂れ下がっている。
一目でわかりやすく悲しみを表現していた。
男は嘘をつけない。いや、ついても直ぐに気づく。
だから、侯爵様は彼を騎士団から引き抜いて、秘書に選んだ。
嘘や偽りを嫌う侯爵は、この男だから側に置いた。
「これは義務だから、勘違いしないように、って自分に言い聞かせないと…愛してくれていると…勘違いしてしまうから」
初夜の日にこそわからなかった。
男の「勘違いするな」という言葉を文字通りに受け取った。
侯爵に命じられ、不服に思っているのだと思い、義務を果たせと言った。
しかしそれがミレーユへの言葉ではないと気づいたのは二度目の情交でのこと。
ミレーユを抱き、男は獣の部分を曝け出した。
「また触れられる、甘い、ミレーユ好き、欲しい、義務なんて嫌だ、俺のものに」と脈絡のない囈言を繰り返していた。
そこでようやく、ミレーユは男に好意を抱かれているのかもしれないと思い至った。
ミレーユを必死で貪る男を、愛しく思った。
それなのに、熱に浮かされていない男は、また義務だ義務だと言い張り、命令じゃなければ訪れないなどと可愛くないことを言う。
侯爵様から閨を命じたときの男の反応は聞いている。
無愛想な顔をして、獣の耳が立ち、フサフサの尻尾がブンブンと揺れているらしい。
本人はそれに気づいてないようで、侯爵も笑いを堪えるのが大変だと溢していた。
「愛されるとはどんなものか」と溢したのは、男に向けた当て擦った言葉だった。
「ミレーユごめん。他の雄は嫌だ。俺を選んで。義務は嫌だ。ミレーユがいい。お願い」
普段、秘書として侯爵家に仕える男は堂々と振る舞うのに、ミレーユの前では尻尾を揺らして甘えてくるのだ。
最初に見せた高圧的な態度などただの虚勢。
すぐに剥がれたハリボテだ。
「私の相手をする事に不満はないのね?」
「無い!無い!絶対ない。ミレーユじゃないとだめ」
何故、この男は必死になると語彙が無くなっていくのか。
切れ長の目からぼろぼろと涙が溢れている。
「はいはい、わかった。じゃあ私の子の父親になってね」
男は頭を上げるとばぁっと子供のような笑顔を見せてくれる。
これがギャップ萌えと言うやつだろうか。
成人している大男の純粋な笑みに愛しさを感じ、頭をわしゃわしゃと撫でまわしたくなる。
ただ、男の股間に聳え立つモノが視界に入り、可愛らしさは半減した。
「はいはい。知っていますよ。そう何度も言わなくても良いわよ」
閨の度に男は同じ台詞を口にした。
寝台の淵に座るミレーユに男が抱きつく。
大きな身体を折り曲げて、赦しを乞うように、ミレーユの腹に頭を押しつけ彼女の腰に抱きついている。
先程の台詞と態度が一致していない。
真意が別であることを、ミレーユは理解している。
「侯爵様にお願いしたの。貴方が役目に不満を持っているならば辞めさせて欲しいって」
大きな身体がビクリと揺れる。
「閨が嫌ならもういいわ。他を探してもらうから。侯爵様も嫌がるあなたに無理強いは考えていないそうよ」
男の腕に力が入り、身体が軋む。
「ちょっと。苦し」
「嫌じゃない」
巻き付く腕を叩いて力を抜けと訴えるが、ますます強さが増した。
「あの馬鹿息子が旦那様の種じゃないから、ミレーユを孕ませるのが俺以外の雄の種でもいいことはわかってる。
ミレーユの曾祖母がこの侯爵家の出だったから、侯爵家の血筋がこの家に戻るならば、どの雄との子供でもミレーユの子供が後継者になるってことも…わかってる」
ミレーユは目の前にある男の頭を撫でる。
髪の間からひょこりと生えている三角の獣の耳に元気はない。
感情的になると、獣人は獣の部分を身体に出現させる。
それらは男の心の内を曝け出していた。
今もミレーユの腹にくっついている男の獣の耳も、ふさふさの尻尾も、しょんぼりと垂れ下がっている。
一目でわかりやすく悲しみを表現していた。
男は嘘をつけない。いや、ついても直ぐに気づく。
だから、侯爵様は彼を騎士団から引き抜いて、秘書に選んだ。
嘘や偽りを嫌う侯爵は、この男だから側に置いた。
「これは義務だから、勘違いしないように、って自分に言い聞かせないと…愛してくれていると…勘違いしてしまうから」
初夜の日にこそわからなかった。
男の「勘違いするな」という言葉を文字通りに受け取った。
侯爵に命じられ、不服に思っているのだと思い、義務を果たせと言った。
しかしそれがミレーユへの言葉ではないと気づいたのは二度目の情交でのこと。
ミレーユを抱き、男は獣の部分を曝け出した。
「また触れられる、甘い、ミレーユ好き、欲しい、義務なんて嫌だ、俺のものに」と脈絡のない囈言を繰り返していた。
そこでようやく、ミレーユは男に好意を抱かれているのかもしれないと思い至った。
ミレーユを必死で貪る男を、愛しく思った。
それなのに、熱に浮かされていない男は、また義務だ義務だと言い張り、命令じゃなければ訪れないなどと可愛くないことを言う。
侯爵様から閨を命じたときの男の反応は聞いている。
無愛想な顔をして、獣の耳が立ち、フサフサの尻尾がブンブンと揺れているらしい。
本人はそれに気づいてないようで、侯爵も笑いを堪えるのが大変だと溢していた。
「愛されるとはどんなものか」と溢したのは、男に向けた当て擦った言葉だった。
「ミレーユごめん。他の雄は嫌だ。俺を選んで。義務は嫌だ。ミレーユがいい。お願い」
普段、秘書として侯爵家に仕える男は堂々と振る舞うのに、ミレーユの前では尻尾を揺らして甘えてくるのだ。
最初に見せた高圧的な態度などただの虚勢。
すぐに剥がれたハリボテだ。
「私の相手をする事に不満はないのね?」
「無い!無い!絶対ない。ミレーユじゃないとだめ」
何故、この男は必死になると語彙が無くなっていくのか。
切れ長の目からぼろぼろと涙が溢れている。
「はいはい、わかった。じゃあ私の子の父親になってね」
男は頭を上げるとばぁっと子供のような笑顔を見せてくれる。
これがギャップ萌えと言うやつだろうか。
成人している大男の純粋な笑みに愛しさを感じ、頭をわしゃわしゃと撫でまわしたくなる。
ただ、男の股間に聳え立つモノが視界に入り、可愛らしさは半減した。
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