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「なにか言いたいことはあるか」

貴族ではない。ただのソマリは、後ろ手を縄で縛られていた。

何故こうなったのかわからない。
人前で断罪された後、ソマリと王太子の護衛騎士のシンリは捕らえられた。

二人は冷たい地下牢に放り込まれ一晩過ごし、翌日、切り立った崖の上に聳える城の裏手、獣の住む渓谷を見下ろすその場所に立たされた。

ソマリと並ぶようにシンリも同じように縛られている。

優しかった王太子ソルダートはもういない。

ソマリとシンリとソルダートの三人は出会ったその日から、仲良く過ごしてきていたのに。
過去を懐かしんで涙が出る。
彼はこんな横暴な人間ではなかった。
なぜ急に…。

幼い頃にソルダートはソマリの命を救ってくれた。
瀕死のソマリを助け、住む所がなかった平民の二人を城に連れて行き、住む場所を与えてくれた。

シンリは頑丈で素早いという高い身体能力を買われ、すぐにソルダートの護衛に選ばれた。
しかし、ソマリは子供の頃の体型をそのままに、育ったのは身長だけだった。
器量はよい方ではなかったけれど、ソルダートの侍女として出来る限り頑張ってきた。

ソマリもシンリも恩人ソルダートの為に、力を尽くしたのに。

ソマリ達を取り囲むように、騎士が並ぶ。
怒りで顔を歪ませたソルダートが一歩前に出た。

「ふん。泣いたところで絆されもしない。よくも今まで騙してくれたな!お前は私を裏切った」

「裏切ってなどいません!」

命を助けてくれた恩人を裏切るなどできない。

「よく言う、お前は私というものがありながら、そこの男と口付けていただろう!」
「え、それは…」

ソマリは言葉を失った。
隣ではシンリがため息を吐いた。

「ソマリ。もう無駄だ。俺達の声はもうソルには届いていない」
「シンリ…」

「我が国に高尚な聖者殿がやって来たのが貴様らの運のツキだ。掛けられた魅了魔法のせいで、お前らの裏切りに気づかずにいた。
聖者殿に魅了魔法の解除してもらい、私は目が覚めたのだ」

ソマリはハッとした。
ソルダートから、ソマリの掛けた魅了魔法の気配が消えている事にようやく気づいた。

「魅了を、解かれたのですか…!何故!」
「はっ!聞いたか皆の者!何故、だと!ようやく認めたな。お前が私に魅了魔法を掛けていたことを」

「だって、!それは!」
「ソマリ」

シンリが窘め首を振る。
ソマリは唇を噛んだ。

「では、ソルダート殿下。裏切り者だという我々をどう処罰するおつもりで?」

ソマリを気遣うような瞳は打って代わり、シンリは鋭い視線で主を射た。

「ふん。平民らしく獣臭い貴様らは、そこから見える獣の谷に帰るべきだろう?」

「ふーん。突き落とすのか」

「いや?自分で飛び降りろ。わざわざ俺の手を煩わせるな」

ソルダートが手を上げれば、周りを取り囲む騎士が槍を構えた。
抵抗すれば、その長槍の餌食となる。

騎士を指揮する団長は悲しそうな瞳でシンリを見守る。
シンリを騎士として育てた団長は、辛い立場なのだろう。
悔しそうに拳を握る師に、シンリは目礼をして背を向ける。



二人は言いたいことだけを告げ、躊躇なく谷に飛び降りた。

ソルダートは慌てて崖下にのぞき込んだが、茂る木々に紛れ二人の姿は確認できなかった。

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