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一
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この国の王太子に婚約の破棄を宣言された。
ようやくだ。
破棄された聖女は取り乱すこともなかった。
王太子も国王も聖女の力を侮っている。
聖女が婚約者としてやって来たたった数年の間、魔物の被害が収まり、すでにそれを当たり前のように国の人間は感じている。
聖女の力は目に見えない。
治癒の力もごく限られた貴族に対してのみ使用を認められている。
聖女の恩恵を受けていることを感じているのは治癒を受けた者と、王都外で魔物討伐を受け持つの騎士隊ぐらいだ。
はじめこそ熱烈な歓迎を受けるが、時が経てば皆、平穏を当たり前に感じるのだ。
聖女が命を擦り減らしながら守っている事も知らずに。
この国の王太子との婚約は現国王の父、先代国王が強引に結んだものだった。
当然、聖女にはなんの未練もない。
「聖女と言ってもなにもしていない。荘厳な儀式の一つでも行えば国民から徴収できるものを。
それで国を守っている、だと?」
王の嘲笑も慣れたものだ。
王太子も妖艶な女性を側に侍らせニヤついている。
「貴様との婚約は解消する!そして、この令嬢と新たに婚約するっ」
「かしこまりました」
王太子の宣言後、聖女の承諾で契約は解除される。
フワリと何処からともなく妖精が現れた。
妖精の契約。
聖女の婚約にこの契約方法を使用していた。
王太子のそばに一体、聖女のそばに一体、現れた妖精の前に手首を差し出す。
妖精がくるくると舞を踊ると、各々手首に鎖が現れ、互いに繋がっていたそれを妖精が壊した。
これで、王太子との縁は切れた。
だが、聖女の手首には新たな鎖が現れる。
「…どういうことだ?」
王太子は不思議そうに聖女の手首を見つめる。
「次の契約に切り替わっただけです。」
「なんだと?」
聖女の父親が、各国の王族からの申し入れを断りきれず、順番に契約を行った。
この国で婚約を破棄されれば、次の国へ移動するだけだ。
聖女が婚約を解消または破棄される事はこれが初めてではない。むしろ、慣れている。
今までずっとそうだったから。
「待て。婚約は破棄するが、聖女の肩書は利用価値がある。お前には筆頭貴族への婚約を、」
「プリシラッ」
突然魔法陣が現れ、男が飛び出してきた。
聖女を抱き上げ、頭にキスを落としまくっている長身の男。
その男の手首には聖女の手首に繋がる鎖があった。
「ようやく俺の番が回ってきたっ!待ちわびたぞっ!我が妻よ」
「リーズグッド皇帝陛下っ!ちょっ、下ろして、まだ妻じゃ、へいかぁっ!?んんんんーっ」
男は聖女の口を己の口で塞いだ。
ぺろり。
唇を舐めて解放する頃には聖女は酸欠でぐったりしていた。
「では、妻を引き取る。邪魔したな」
「あ、」
大国の皇帝が出てくれば王太子には引き止めることもできない。
「あー。あと、そこの女」
皇帝は目を白黒させつづけている国王と王太子を無視して、女に目を向けた。
「雇い主に伝えておけ。俺はそんな色仕掛けには引っかからない。プリシラは俺の妻にする。
ーーーわかったな?」
はっとした顔をした後、女はぐっと拳を握っていた。
黒い笑みを浮かべたまま、皇帝は現れたときと同じように一瞬で消えた。
「んぁ、あ、あっ、りず、っど」
「うん。もう俺のモノは慣れたか?」
プリシラはリーズグッドの膝に乗せられ、下から突き上げられていた。
痛みから解放されるとぐずぐずと快楽の波に飲まれた。
与えられる振動がプリシラの思考を溶かす。
「りず、だめなの、に、こんいん、まえに…こんな、あぁぁっ」
「うん。知ってる」
「…えっ」
プリシラは絶望を顔に貼り付けていた。
婚姻後に手順を踏んでから夫と交わらなければ、聖女の力は失われる。
婚約の状態で純潔を奪われてしまえばもうただの人だ。
自分の価値は聖女の力しかないと思い込んでいるプリシラは打ちひしがれた。
「ちからが、なければ、この国のっ…守護が、っあ」
「必要ない」
リーズグッドは律動を止めた。
「俺が欲したのは聖女じゃなくてプリシラだからな」
その為に皇帝は自国の国力を高めた。
優しく頬を撫でられ、プリシラは涙を零した。
「もう…祈らなくて、いいの…?」
「他人の為に命を削るな」
「聖女じゃなくなったら、私は」
「俺以降の契約者は居なくなるだろうな」
聖女との契約は順番待ちのように並んでいる。
そんなつもりは毛頭ないが、リーズグッドが聖女を手放せば次の他国の契約者の元に行ってしまうだろう。
だが、それはあくまで聖女だから。
聖女でなくなったただの人など、どの国の王族も興味を示さないだろう。
奴らが欲しいのは、聖女の恩恵だけなのだ。
プリシラはリーズグッドにしがみついて泣いていた。
ずっと誰にも言えなかった。
力を使い果たして死ぬことが怖くてたまらなかったのだと、嗚咽混じりに告白した。
まだ十にも満たない歳の頃に、プリシラが聖女の力を体現させ、すぐに王族との婚約が決まった。
そして一年後、王子の我儘で婚約を解消した。
解放されたと思ったら、父は隣国の王族と婚約を結んでしまっていた。
仕方無しに隣国で過ごしたが、またも婚約相手に婚約解消をされた。
そうして、また次の国へ。
何度となく他国の王族へと縁を結ぶが、決まって婚約は破棄か解消され続けた。
「不審に思わなかったか?」
リーズグッドの言葉にプリシラは頭を振った。
「プリシラの父が王族ばかりと婚約させる事をどう思っていた?」
「…聖女の力で国に貢献させる為…」
「それもあるだろうが。王家の支度金は貴族間のそれより膨大だ」
「それは、そうでしょうけど…」
「それに、婚約破棄や解消されれば莫大な賠償が入る。…プリシラは今まで相手側からの申し出の婚約解消又は破棄を何度繰り返した?」
「まさか…」
プリシラは声を失った。
「最初の王子の我儘以降は、どんな理由で解消されたんだ?」
リーズグッドの言葉に、過去を思い返した。
様々な理由はあったが、いつも何故か婚約者の傍らには美しい女が居た。
「プリシラの糞親父の差し金だろうな」
「…っ」
それが事実だったなら、国を欺く詐欺行為…。
「聖女自身が犯罪に関わることは制約上出来ないから、プリシラが関わっていないことはわかっている。
だが、既にいくつかの国は勘付いている。しかし、手が出せなかったのは聖女の加護のせいだ。
プリシラが近くに居らずとも糞親父は護られていたんだ。
でも」
リーズグッドはその力を失わせた。
「悪いが、糞親父は自業自得だ。俺はアレを救うつもりはない」
はっきりと言い切った。
父親がプリシラに対してどんな扱いをしていたのかも調べがついていた。
リーズグッドは許すつもりがない。
聖女の恩恵を当てにしないために力をつけた。
だが、腹いせにと怒り狂う他国からプリシラを守るためにも都合が良かった。
「聖女の力を奪ったことは謝る。詫びにずっとそばで守らせてほしい」
プリシラは目の前の男にしがみついた。
うんうん、と頭を縦に振って泣きながら笑った。
聖女はその力のせいで短命だと言われていたが、当代の聖女は嫁いだ国で人並みに生きた。
皇帝が妻の愛を独り占めするために、その力を使わせなかったせいだと言うが、聖女の加護がなくともその国は発展していった。
ようやくだ。
破棄された聖女は取り乱すこともなかった。
王太子も国王も聖女の力を侮っている。
聖女が婚約者としてやって来たたった数年の間、魔物の被害が収まり、すでにそれを当たり前のように国の人間は感じている。
聖女の力は目に見えない。
治癒の力もごく限られた貴族に対してのみ使用を認められている。
聖女の恩恵を受けていることを感じているのは治癒を受けた者と、王都外で魔物討伐を受け持つの騎士隊ぐらいだ。
はじめこそ熱烈な歓迎を受けるが、時が経てば皆、平穏を当たり前に感じるのだ。
聖女が命を擦り減らしながら守っている事も知らずに。
この国の王太子との婚約は現国王の父、先代国王が強引に結んだものだった。
当然、聖女にはなんの未練もない。
「聖女と言ってもなにもしていない。荘厳な儀式の一つでも行えば国民から徴収できるものを。
それで国を守っている、だと?」
王の嘲笑も慣れたものだ。
王太子も妖艶な女性を側に侍らせニヤついている。
「貴様との婚約は解消する!そして、この令嬢と新たに婚約するっ」
「かしこまりました」
王太子の宣言後、聖女の承諾で契約は解除される。
フワリと何処からともなく妖精が現れた。
妖精の契約。
聖女の婚約にこの契約方法を使用していた。
王太子のそばに一体、聖女のそばに一体、現れた妖精の前に手首を差し出す。
妖精がくるくると舞を踊ると、各々手首に鎖が現れ、互いに繋がっていたそれを妖精が壊した。
これで、王太子との縁は切れた。
だが、聖女の手首には新たな鎖が現れる。
「…どういうことだ?」
王太子は不思議そうに聖女の手首を見つめる。
「次の契約に切り替わっただけです。」
「なんだと?」
聖女の父親が、各国の王族からの申し入れを断りきれず、順番に契約を行った。
この国で婚約を破棄されれば、次の国へ移動するだけだ。
聖女が婚約を解消または破棄される事はこれが初めてではない。むしろ、慣れている。
今までずっとそうだったから。
「待て。婚約は破棄するが、聖女の肩書は利用価値がある。お前には筆頭貴族への婚約を、」
「プリシラッ」
突然魔法陣が現れ、男が飛び出してきた。
聖女を抱き上げ、頭にキスを落としまくっている長身の男。
その男の手首には聖女の手首に繋がる鎖があった。
「ようやく俺の番が回ってきたっ!待ちわびたぞっ!我が妻よ」
「リーズグッド皇帝陛下っ!ちょっ、下ろして、まだ妻じゃ、へいかぁっ!?んんんんーっ」
男は聖女の口を己の口で塞いだ。
ぺろり。
唇を舐めて解放する頃には聖女は酸欠でぐったりしていた。
「では、妻を引き取る。邪魔したな」
「あ、」
大国の皇帝が出てくれば王太子には引き止めることもできない。
「あー。あと、そこの女」
皇帝は目を白黒させつづけている国王と王太子を無視して、女に目を向けた。
「雇い主に伝えておけ。俺はそんな色仕掛けには引っかからない。プリシラは俺の妻にする。
ーーーわかったな?」
はっとした顔をした後、女はぐっと拳を握っていた。
黒い笑みを浮かべたまま、皇帝は現れたときと同じように一瞬で消えた。
「んぁ、あ、あっ、りず、っど」
「うん。もう俺のモノは慣れたか?」
プリシラはリーズグッドの膝に乗せられ、下から突き上げられていた。
痛みから解放されるとぐずぐずと快楽の波に飲まれた。
与えられる振動がプリシラの思考を溶かす。
「りず、だめなの、に、こんいん、まえに…こんな、あぁぁっ」
「うん。知ってる」
「…えっ」
プリシラは絶望を顔に貼り付けていた。
婚姻後に手順を踏んでから夫と交わらなければ、聖女の力は失われる。
婚約の状態で純潔を奪われてしまえばもうただの人だ。
自分の価値は聖女の力しかないと思い込んでいるプリシラは打ちひしがれた。
「ちからが、なければ、この国のっ…守護が、っあ」
「必要ない」
リーズグッドは律動を止めた。
「俺が欲したのは聖女じゃなくてプリシラだからな」
その為に皇帝は自国の国力を高めた。
優しく頬を撫でられ、プリシラは涙を零した。
「もう…祈らなくて、いいの…?」
「他人の為に命を削るな」
「聖女じゃなくなったら、私は」
「俺以降の契約者は居なくなるだろうな」
聖女との契約は順番待ちのように並んでいる。
そんなつもりは毛頭ないが、リーズグッドが聖女を手放せば次の他国の契約者の元に行ってしまうだろう。
だが、それはあくまで聖女だから。
聖女でなくなったただの人など、どの国の王族も興味を示さないだろう。
奴らが欲しいのは、聖女の恩恵だけなのだ。
プリシラはリーズグッドにしがみついて泣いていた。
ずっと誰にも言えなかった。
力を使い果たして死ぬことが怖くてたまらなかったのだと、嗚咽混じりに告白した。
まだ十にも満たない歳の頃に、プリシラが聖女の力を体現させ、すぐに王族との婚約が決まった。
そして一年後、王子の我儘で婚約を解消した。
解放されたと思ったら、父は隣国の王族と婚約を結んでしまっていた。
仕方無しに隣国で過ごしたが、またも婚約相手に婚約解消をされた。
そうして、また次の国へ。
何度となく他国の王族へと縁を結ぶが、決まって婚約は破棄か解消され続けた。
「不審に思わなかったか?」
リーズグッドの言葉にプリシラは頭を振った。
「プリシラの父が王族ばかりと婚約させる事をどう思っていた?」
「…聖女の力で国に貢献させる為…」
「それもあるだろうが。王家の支度金は貴族間のそれより膨大だ」
「それは、そうでしょうけど…」
「それに、婚約破棄や解消されれば莫大な賠償が入る。…プリシラは今まで相手側からの申し出の婚約解消又は破棄を何度繰り返した?」
「まさか…」
プリシラは声を失った。
「最初の王子の我儘以降は、どんな理由で解消されたんだ?」
リーズグッドの言葉に、過去を思い返した。
様々な理由はあったが、いつも何故か婚約者の傍らには美しい女が居た。
「プリシラの糞親父の差し金だろうな」
「…っ」
それが事実だったなら、国を欺く詐欺行為…。
「聖女自身が犯罪に関わることは制約上出来ないから、プリシラが関わっていないことはわかっている。
だが、既にいくつかの国は勘付いている。しかし、手が出せなかったのは聖女の加護のせいだ。
プリシラが近くに居らずとも糞親父は護られていたんだ。
でも」
リーズグッドはその力を失わせた。
「悪いが、糞親父は自業自得だ。俺はアレを救うつもりはない」
はっきりと言い切った。
父親がプリシラに対してどんな扱いをしていたのかも調べがついていた。
リーズグッドは許すつもりがない。
聖女の恩恵を当てにしないために力をつけた。
だが、腹いせにと怒り狂う他国からプリシラを守るためにも都合が良かった。
「聖女の力を奪ったことは謝る。詫びにずっとそばで守らせてほしい」
プリシラは目の前の男にしがみついた。
うんうん、と頭を縦に振って泣きながら笑った。
聖女はその力のせいで短命だと言われていたが、当代の聖女は嫁いだ国で人並みに生きた。
皇帝が妻の愛を独り占めするために、その力を使わせなかったせいだと言うが、聖女の加護がなくともその国は発展していった。
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