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「あの夜のことを報告させてください」

ファリシアの様子を見に行ったリーゲネスが戻ってから、キャスリンから先触れがあった。

本当は会いたくない。
でも、リーゲネスがどれほどファリシアを傷つけたのかは、知らなければならない。

ファリシアに会う前に聞いておくべきだったと後から思った。
あの日の、いや、あの日からの自分は正気ではなかった、と彼女に言い訳して許しを乞い連れ戻すつもりだった。
過去のことなど素知らぬ顔をして、彼女の歓迎を受けられると浅はかにも思っていた。

彼女と娘の仲を間近で見て、娘を置いてリーゲネスの元にやってくるような女ではないと思い知る。
そんな女を好きになったわけではない。


「リーゲネス様が我々を編成した日からしばらく後、時々人格が変わったように振る舞われていました。
あの日の夜会も、リーゲネス様が予見されていたようにファリシア様に冷たい態度で婚約破棄を言いつけました」

キャスリンは、視線をこちらに向けないリーゲネスに説明を始める。

「私達は…それをお止めできませんでした」
「何故だ」

「ファリシア様の父である侯爵当主の悪事が発覚したのです」

「…何?」

「ファリシア様も連座し、罪人となり、婚約は破棄せざるを得ない状況になったのです」

「そんなっ!?それこそ冤罪では!!」

人の良さそうなファリシアの父。
彼が犯罪に関わっていたなどリーゲネスは思いもしなかった。

「いいえ。確かな証拠もあり、当時の国王もそれをお認めになったので兵を動かしたのです」

「そんな!それからどうなったのだ!」

リーゲネスはキャスリンの側まで歩み寄り、先を促す。

「ファリシア様のご家族は、財産と爵位を没収され、労働刑を受けました。ファリシア様も半年ほど従事し、解放されたあとは平民として生きております」

「どうしてそのような…」

リーゲネスは手で顔を覆い、床に膝をついてショックを受けた。

「リーゲネス様。あの日の前日に貴方様が気づいた、ファリシアさまを陥れる為に用意されていた罪は、彼女を守るためのものでした」

「何」

「ファリシア様をご実家の罪と連座させぬように、別の軽度の罪を用意しておいたのです。当主の罪が発覚する前に隔離を図ろうとしたのです。
そうすれば、彼女は貴族のまま修道院に送られて、何年かすれば、またどこかの貴族の養女になり得た。正妃は無理でも、側妃か妾にはなれたかもしれません。しかし…」

あの時たまたまに戻ったリーゲネスがそれに気づき、慌てて罪の偽装をもみ消した。
着せられるべき罪がなくなり、ファリシアも家族の罪を被らざるを得なかった。

ファリシアの逃げ道を、リーゲネスが潰したのだと聞かされて、心臓が止まる程の衝撃を受けた。

「リーゲネス様。ファリシア様の現在の夫は、以前城で騎士をしていた者です。
王太子殿下の婚約者としていた時に、彼女についていた騎士でした。
平民に、罪人になった彼女を守る為、リーゲネス様は彼をファリシア様の側に付けたのです。貴族出身の平民など、奴隷商には格好の獲物ですから。

…やがて彼らは惹かれ合って」

「もう、いい」

リーゲネスは首を振って、キャスリンを拒否した。

出ていってくれと命じ、頭を一度下げたキャスリンは、そのまま部屋を出ていく。

「夢に見た、未来は、隣にいたのはもしかしたら、ファリシアだったのかもしれない」

リーゲネスは、自分の意識がないところで動いていた自分を悪だと決めつけていた。

でも、キャスリンの言葉を聞いて、自分の方が悪だったのだと気付かされた。

冤罪を作ったのも、騎士を側につけさせたのも、全てファリシアを守る為。

あの日、一瞬に戻った自分が憎い。

正気でなかった時の自分の苦労を握りつぶした正気の自分が憎い。
ファリシアとの未来を潰した自分が…。

拳を何度も床に打ち付け、リーゲネスは涙が枯れるほどに慟哭した。

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