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三
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「先触れなしに来たことは謝罪します。どうか、彼女に取り次いでもらえませんか」
エンリケは愛馬を走らせ侯爵家に着いた。
何度も顔を合わせている門番に取り縋るが、首を横に振られる。
「…本日は日が悪いかと」
向こうから突然伯爵家に訪問されることはある。
しかし、追い返したことなどない。
笑顔でむかえ、望むまま遠出もした。
しかし、逆はそう簡単ではない。
爵位の差は此処でもその力を見せつけられた。
「おや…誰が騒いでいるのかと思えば」
タイミングよく侯爵令嬢の側付きの執事が現れた。
運が良い。
彼に事情を話せば、令嬢に取り次いでもらえるのでは。
「わかりました。お嬢様に確認してきますので少々お待ちください」
浮足立つエンリケは、婚約の申し入れをしに来たというのに、花の一つも用意してないことに今更気づいて焦りを見せた。
「あぁ、失敗したな。指輪を準備していなかった…。
でも、それはまぁ日を改めて、そうだ彼女に選んで貰ったほうが…いや、それは不味いか」
先程のドレスの事を思い出して思いとどまる。
別日にするかとも思ったが、できれば早く婚約したい。
とりあえず、約束だけでも取り付けたかった。
側付きの執事が戻ってくると、門が開き、「お嬢様がお会いになるようです」と敷地の中へ促された。
門番が気の毒そうにエンリケを見ていることには全く気づきもしなかった。
「ふふ。丁度いいところに。彼ですわ」
侯爵家の中庭を横切り、東屋で談笑する侯爵令嬢と男性の姿があった。
年の頃から見て、令嬢の父親かと思った途端に緊張が増した。
「ああ君が、彼女の恋人かい?」
整えられた髭に、切れ長の目。
座っていても長身とわかるその壮年の男性は、エンリケに目を向けると、頭から足の先まで視線を流した後、ようやく目線を合わせた。
「し、親しくさせていただいておりますっ」
「そうかそうか」
「完全に私の好みなんですが、如何でしょう」
侯爵令嬢は男性にしなだれ掛かるように媚びた。
父親に強請る娘とはこんな感じなのか。
彼女の婚約者として、そのお眼鏡に叶うのか。
ごくりとつばを飲み込んだ。
「うん。良いね。気に入った。彼を認めよう」
男性の言葉に、上げそうになる歓喜の声を、どうにか押し殺した。
侯爵令嬢が、まぁ!と感激して男性に「ありがとうございます」と抱きついて感謝を示す。
「あ、ありがとうございます!」
「君も喜んでくれるのかい?」
「もちろんです」
首肯し、言葉にできぬその気持ちを表現した。
とりあえず、婚約できれば第一関門は突破した。
後は、…事業資金の申し入れを。
「そうかそうか。それは楽しみだな。ああ、待ちきれない。早く君と結婚したい」
「あら、閣下。そんなに楽しみなら、最短で婚姻を目指しますか?」
近距離で顔を寄せ合う二人の会話に、動揺した。
…なにか聞き違いをしたのかと。
「そうだな。早く君を妻にして、彼を愛人として屋敷に囲う準備をしなければ」
「大公殿下が望めば、準備などつかの間でしょうに」
愉しそうに笑う親子ほどの年の差のある二人。
高貴な二人は婚約者同士だった。
侯爵令嬢は愛人を持つことを条件に年の離れた大公との婚約を受けた。
その愛人に選ばれたのがエンリケだったのだ。
侯爵令嬢だけではない。
大公にまで認められてしまえば、エンリケはどう足掻いても逃げられる筈もない。
エンリケは選択を間違えた。
エンリケは愛馬を走らせ侯爵家に着いた。
何度も顔を合わせている門番に取り縋るが、首を横に振られる。
「…本日は日が悪いかと」
向こうから突然伯爵家に訪問されることはある。
しかし、追い返したことなどない。
笑顔でむかえ、望むまま遠出もした。
しかし、逆はそう簡単ではない。
爵位の差は此処でもその力を見せつけられた。
「おや…誰が騒いでいるのかと思えば」
タイミングよく侯爵令嬢の側付きの執事が現れた。
運が良い。
彼に事情を話せば、令嬢に取り次いでもらえるのでは。
「わかりました。お嬢様に確認してきますので少々お待ちください」
浮足立つエンリケは、婚約の申し入れをしに来たというのに、花の一つも用意してないことに今更気づいて焦りを見せた。
「あぁ、失敗したな。指輪を準備していなかった…。
でも、それはまぁ日を改めて、そうだ彼女に選んで貰ったほうが…いや、それは不味いか」
先程のドレスの事を思い出して思いとどまる。
別日にするかとも思ったが、できれば早く婚約したい。
とりあえず、約束だけでも取り付けたかった。
側付きの執事が戻ってくると、門が開き、「お嬢様がお会いになるようです」と敷地の中へ促された。
門番が気の毒そうにエンリケを見ていることには全く気づきもしなかった。
「ふふ。丁度いいところに。彼ですわ」
侯爵家の中庭を横切り、東屋で談笑する侯爵令嬢と男性の姿があった。
年の頃から見て、令嬢の父親かと思った途端に緊張が増した。
「ああ君が、彼女の恋人かい?」
整えられた髭に、切れ長の目。
座っていても長身とわかるその壮年の男性は、エンリケに目を向けると、頭から足の先まで視線を流した後、ようやく目線を合わせた。
「し、親しくさせていただいておりますっ」
「そうかそうか」
「完全に私の好みなんですが、如何でしょう」
侯爵令嬢は男性にしなだれ掛かるように媚びた。
父親に強請る娘とはこんな感じなのか。
彼女の婚約者として、そのお眼鏡に叶うのか。
ごくりとつばを飲み込んだ。
「うん。良いね。気に入った。彼を認めよう」
男性の言葉に、上げそうになる歓喜の声を、どうにか押し殺した。
侯爵令嬢が、まぁ!と感激して男性に「ありがとうございます」と抱きついて感謝を示す。
「あ、ありがとうございます!」
「君も喜んでくれるのかい?」
「もちろんです」
首肯し、言葉にできぬその気持ちを表現した。
とりあえず、婚約できれば第一関門は突破した。
後は、…事業資金の申し入れを。
「そうかそうか。それは楽しみだな。ああ、待ちきれない。早く君と結婚したい」
「あら、閣下。そんなに楽しみなら、最短で婚姻を目指しますか?」
近距離で顔を寄せ合う二人の会話に、動揺した。
…なにか聞き違いをしたのかと。
「そうだな。早く君を妻にして、彼を愛人として屋敷に囲う準備をしなければ」
「大公殿下が望めば、準備などつかの間でしょうに」
愉しそうに笑う親子ほどの年の差のある二人。
高貴な二人は婚約者同士だった。
侯爵令嬢は愛人を持つことを条件に年の離れた大公との婚約を受けた。
その愛人に選ばれたのがエンリケだったのだ。
侯爵令嬢だけではない。
大公にまで認められてしまえば、エンリケはどう足掻いても逃げられる筈もない。
エンリケは選択を間違えた。
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