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六
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「あの、ありがとうございました」
ミファセスは丁寧に礼を言う。
目の前のアトラクトが笑うと、かぁっと赤面してしまった。
彼に暗示を解いてもらった後はすっきりした気分になっていた。
目が覚めれば、近くにあった整った顔に「大丈夫か?」なんて声をかけられて、硬直した。
ミファセスには婚約者に強い想いを抱いていた記憶はある。なぜあんなに蔑ろにされても一途で献身的だったのか、今は自分のこととはいえ不思議だった。
アトラクトの言うように、自分に暗示をかけていたと思えばすんなり納得できる。
解術後の今は、婚約者よりも顔立ちの良い男性の腕に抱かれている現状に、羞恥が目覚めた。
アトラクトはいつの間にか眼鏡を外していて、暗い色の瞳がミファセスを映している。
暗い色、黒のようで黒ではない。
深い紫のような。
「ミファセス…?」
「っ!」
名前を呼ばれて胸が大きく鳴った。
「そんなに熱く見つめられると妙な気分になるな」
心なしか、アトラクトの頬も染まっているような気がして…。
「婚約者のことは忘れられそうか?」
「え…?ぁ…。…はい」
自分の中に、もうシュラブは残っていない。
自分自身をこんなにも薄情だったのかと思えるくらい、ミファセスには婚約者への気持ちが無くなっていた。
「なら、新しい婚約者に俺が名乗り出ても問題はないか?」
アトラクトの言葉にミファセスは胸が高鳴り、戸惑っている内に、手にキスをされた。
「ミファセス?」
また、名を呼ばれた。
クラクラする。
彼は魅了魔法などもう存在しないといったけれど、まるで魅了魔法をかけられたように、ミファセスは目の前の男に心を奪われてしまっていた。
ーーーー
失敗した。
だが、これは。
男は自嘲した。
魅了体質なんて珍しい特性を持つ女を目の前にして、欲しくなった。
アトラクトは廃術された魔法の復元を研究してきた。
すでに廃術となっていた別の魔法を復元した事もある。
アトラクトなりに廃術された魅了魔法の構造を考察していたが、結局暗示の力でそれに似た効果は復元できた。
ただ、文献にあったような心を相手に差し出すくらい強い想いを向けさせる、と言う効果は再現ができなかった。
せいぜい、自分に好意や興味を向ける程度のものだ。
魅了とはどのようなものなのか。
我が身を以て、体感してみたいと思ってしまったのは、研究者故の好奇心だった。
失敗したのは、ミファセスの魅了を侮っていたこと。
白魔法師の母に似て、回復や防御魔法を得意とするアトラクトは自身の力を過信していた。
だから、魔防効果付加されている学園章を付けてはいなかった。
魅了されても、軽いものなら自我が奪われることも無いと根拠のない自信がこの結果だ。
アトラクトの防魔壁をあっさりすり抜けたミファセスの魅了に絡めとられて、アトラクトはまずいと危機感を感じたのは、一瞬だけ。
次の瞬間には、アトラクトはミファセス自身に好意を持った。
いや、好意なんて甘いものではない。
所有欲と言い換えるべき程に、強い想い。
魔力を抑える魔道具の眼鏡を外して、ミファセスにかけた暗示の力を大きくした。
もっとアトラクトに興味を持つように、好意を持つようにと。
暗示の解術前の反応と打って変わり、顔を赤くして恥ずかしそうにするミファセスに婚約を打診した。
言葉を失っている彼女は戸惑っているが、嫌悪は見られない。
もう少し。
アトラクトはミファセスの魅了に屈してしまった。
想像もしていなかったほどに、魅了されたことへの心地よさを覚えている。
だから、早く彼女も。
こちら側においでと、手ぐすねを引いた。
ミファセスは丁寧に礼を言う。
目の前のアトラクトが笑うと、かぁっと赤面してしまった。
彼に暗示を解いてもらった後はすっきりした気分になっていた。
目が覚めれば、近くにあった整った顔に「大丈夫か?」なんて声をかけられて、硬直した。
ミファセスには婚約者に強い想いを抱いていた記憶はある。なぜあんなに蔑ろにされても一途で献身的だったのか、今は自分のこととはいえ不思議だった。
アトラクトの言うように、自分に暗示をかけていたと思えばすんなり納得できる。
解術後の今は、婚約者よりも顔立ちの良い男性の腕に抱かれている現状に、羞恥が目覚めた。
アトラクトはいつの間にか眼鏡を外していて、暗い色の瞳がミファセスを映している。
暗い色、黒のようで黒ではない。
深い紫のような。
「ミファセス…?」
「っ!」
名前を呼ばれて胸が大きく鳴った。
「そんなに熱く見つめられると妙な気分になるな」
心なしか、アトラクトの頬も染まっているような気がして…。
「婚約者のことは忘れられそうか?」
「え…?ぁ…。…はい」
自分の中に、もうシュラブは残っていない。
自分自身をこんなにも薄情だったのかと思えるくらい、ミファセスには婚約者への気持ちが無くなっていた。
「なら、新しい婚約者に俺が名乗り出ても問題はないか?」
アトラクトの言葉にミファセスは胸が高鳴り、戸惑っている内に、手にキスをされた。
「ミファセス?」
また、名を呼ばれた。
クラクラする。
彼は魅了魔法などもう存在しないといったけれど、まるで魅了魔法をかけられたように、ミファセスは目の前の男に心を奪われてしまっていた。
ーーーー
失敗した。
だが、これは。
男は自嘲した。
魅了体質なんて珍しい特性を持つ女を目の前にして、欲しくなった。
アトラクトは廃術された魔法の復元を研究してきた。
すでに廃術となっていた別の魔法を復元した事もある。
アトラクトなりに廃術された魅了魔法の構造を考察していたが、結局暗示の力でそれに似た効果は復元できた。
ただ、文献にあったような心を相手に差し出すくらい強い想いを向けさせる、と言う効果は再現ができなかった。
せいぜい、自分に好意や興味を向ける程度のものだ。
魅了とはどのようなものなのか。
我が身を以て、体感してみたいと思ってしまったのは、研究者故の好奇心だった。
失敗したのは、ミファセスの魅了を侮っていたこと。
白魔法師の母に似て、回復や防御魔法を得意とするアトラクトは自身の力を過信していた。
だから、魔防効果付加されている学園章を付けてはいなかった。
魅了されても、軽いものなら自我が奪われることも無いと根拠のない自信がこの結果だ。
アトラクトの防魔壁をあっさりすり抜けたミファセスの魅了に絡めとられて、アトラクトはまずいと危機感を感じたのは、一瞬だけ。
次の瞬間には、アトラクトはミファセス自身に好意を持った。
いや、好意なんて甘いものではない。
所有欲と言い換えるべき程に、強い想い。
魔力を抑える魔道具の眼鏡を外して、ミファセスにかけた暗示の力を大きくした。
もっとアトラクトに興味を持つように、好意を持つようにと。
暗示の解術前の反応と打って変わり、顔を赤くして恥ずかしそうにするミファセスに婚約を打診した。
言葉を失っている彼女は戸惑っているが、嫌悪は見られない。
もう少し。
アトラクトはミファセスの魅了に屈してしまった。
想像もしていなかったほどに、魅了されたことへの心地よさを覚えている。
だから、早く彼女も。
こちら側においでと、手ぐすねを引いた。
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