7 / 9
七
しおりを挟む
「ようやく会えたな」
公爵は生まれたばかりの娘の子供を腕に抱いた。
公爵は産後に亡くした妻の時のような事には二度とせぬと、産婆の他に医師と看護師、治癒魔法を持つグイスも待機させ、万端の状態で出産を迎えさせた。
危なげなく出産を終え、疲れたアレスフィナは眠りに落ち、グイスは彼女に付き合って側にいる。
生まれる前から予告していた通り、グイスの髪色にアレスフィナの目の色をした男児を産んだ。
赤子は小さな手に氷の花を握りしめていた。
グイスに似て、子も生まれながらの魔術師だった。
「君のおかげだ」
アレスフィナは王太子の妃とならなかったし、出産で亡くなることもなかった。
グイスは王宮の下級魔術師ではなく王の直属になるほど出世し爵位を得て娘に求婚したし、出世欲の強かったリリーザがうまく王太子を導き、国は安定している。
未来視の卜者が伝えた未来にはならなかった。
ーーー
「王を惑わせたペテン師はお前のことか」
巷で有名になっている平民の卜者を、公爵は見つけ連れてこさせた。
アレスフィナを王子の妃にしたかったのは権力を望んだわけではない。
妻が生前に望んでいた親友だった王妃の子との婚約を叶えたいと思っただけだ。
しかし、その望みを何処の誰とも知らぬ卜者か潰した。
王は卜者が見せた未来を視て、王子の運命である男爵令嬢を妃にしたいのだと公爵に告げ命じた。
男爵家の令嬢を養女として公爵に迎えよと。
男爵家が裏で糸を引いているのかと思い、卜者との関係を調べても繋がりは出なかった。
ならば、卜者に直接聞くしかない。
「王に見せたものをペテンと認めるならば、お前を雇った者の二倍の報酬を払おう」
卜者はフードで顔を隠したまま首を振った。
その態度に舌打ちし、無礼だとフードを掴み顔を暴いて、公爵は戸惑った。
公爵よりも幾つが年下の、成人はしているだろうが、見覚えのある顔と見知った瞳の色を持つ男。
アレスフィナの怪我を癒やした孤児の縁者だとわかる程に似ている顔立ちにもかかわらず、その瞳は公爵の大事な娘と同じ色。
「…ペテン、ではないですが、あれは俺にとっての未来ではないです。国王の息子の未来ではありますが」
まるで謎掛けのような言葉を発する。
何かを誤魔化し偽ろうという態度はない。
至極真面目に卜者は答えた。
あの孤児の、父親ならば若すぎる。
兄ならば、年が離れている。
目の前の卜者が、指から指輪を抜いて公爵の前に置いた。
公爵の指にはまっているものと同じ模様の指輪は、この公爵家に代々伝わっている物だった。
この世にただ一つしかない筈の物。
「どうして、こんなものが」
「…亡くなった母より受け継いだものです」
公爵が指輪を手に取り、己の物よりくすみ傷があるのを確認したが、それは間違いなく本物だった。
「…そんなことがありえるのか」
未来視など、そんなものはペテンだと思っていた。
公爵は占いも神も目に見えぬ存在を信じたことはない。
ありえないと冷静な頭は理解しているのに、一方で目の前の男に、強い繋がりを感じ取ってもいた。
「俺の父は王宮の下級魔術師でした。領主様の計らいで通わせて頂いた魔術学校を首席で卒業し、城に呼ばれたのです」
公爵は、あの孤児を思う。
難易度の高い治癒魔法を独学で編み出した孤児が、箔付けの為だけの貴族が多く通う魔術学校で首席になるなど容易いだろう。
王宮から目をつけられたのならば、公爵の目論見が外れ、我が家で雇い入れは出来なかったのだろう。
「父は、記憶の保存の魔術を構築し、己の記憶を幾つも記録して残していました。
王にお見せしたのは、そのうちの一つです」
卜者の言葉が歪んでいく。
公爵は生まれたばかりの娘の子供を腕に抱いた。
公爵は産後に亡くした妻の時のような事には二度とせぬと、産婆の他に医師と看護師、治癒魔法を持つグイスも待機させ、万端の状態で出産を迎えさせた。
危なげなく出産を終え、疲れたアレスフィナは眠りに落ち、グイスは彼女に付き合って側にいる。
生まれる前から予告していた通り、グイスの髪色にアレスフィナの目の色をした男児を産んだ。
赤子は小さな手に氷の花を握りしめていた。
グイスに似て、子も生まれながらの魔術師だった。
「君のおかげだ」
アレスフィナは王太子の妃とならなかったし、出産で亡くなることもなかった。
グイスは王宮の下級魔術師ではなく王の直属になるほど出世し爵位を得て娘に求婚したし、出世欲の強かったリリーザがうまく王太子を導き、国は安定している。
未来視の卜者が伝えた未来にはならなかった。
ーーー
「王を惑わせたペテン師はお前のことか」
巷で有名になっている平民の卜者を、公爵は見つけ連れてこさせた。
アレスフィナを王子の妃にしたかったのは権力を望んだわけではない。
妻が生前に望んでいた親友だった王妃の子との婚約を叶えたいと思っただけだ。
しかし、その望みを何処の誰とも知らぬ卜者か潰した。
王は卜者が見せた未来を視て、王子の運命である男爵令嬢を妃にしたいのだと公爵に告げ命じた。
男爵家の令嬢を養女として公爵に迎えよと。
男爵家が裏で糸を引いているのかと思い、卜者との関係を調べても繋がりは出なかった。
ならば、卜者に直接聞くしかない。
「王に見せたものをペテンと認めるならば、お前を雇った者の二倍の報酬を払おう」
卜者はフードで顔を隠したまま首を振った。
その態度に舌打ちし、無礼だとフードを掴み顔を暴いて、公爵は戸惑った。
公爵よりも幾つが年下の、成人はしているだろうが、見覚えのある顔と見知った瞳の色を持つ男。
アレスフィナの怪我を癒やした孤児の縁者だとわかる程に似ている顔立ちにもかかわらず、その瞳は公爵の大事な娘と同じ色。
「…ペテン、ではないですが、あれは俺にとっての未来ではないです。国王の息子の未来ではありますが」
まるで謎掛けのような言葉を発する。
何かを誤魔化し偽ろうという態度はない。
至極真面目に卜者は答えた。
あの孤児の、父親ならば若すぎる。
兄ならば、年が離れている。
目の前の卜者が、指から指輪を抜いて公爵の前に置いた。
公爵の指にはまっているものと同じ模様の指輪は、この公爵家に代々伝わっている物だった。
この世にただ一つしかない筈の物。
「どうして、こんなものが」
「…亡くなった母より受け継いだものです」
公爵が指輪を手に取り、己の物よりくすみ傷があるのを確認したが、それは間違いなく本物だった。
「…そんなことがありえるのか」
未来視など、そんなものはペテンだと思っていた。
公爵は占いも神も目に見えぬ存在を信じたことはない。
ありえないと冷静な頭は理解しているのに、一方で目の前の男に、強い繋がりを感じ取ってもいた。
「俺の父は王宮の下級魔術師でした。領主様の計らいで通わせて頂いた魔術学校を首席で卒業し、城に呼ばれたのです」
公爵は、あの孤児を思う。
難易度の高い治癒魔法を独学で編み出した孤児が、箔付けの為だけの貴族が多く通う魔術学校で首席になるなど容易いだろう。
王宮から目をつけられたのならば、公爵の目論見が外れ、我が家で雇い入れは出来なかったのだろう。
「父は、記憶の保存の魔術を構築し、己の記憶を幾つも記録して残していました。
王にお見せしたのは、そのうちの一つです」
卜者の言葉が歪んでいく。
145
お気に入りに追加
569
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】
青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。
婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。
そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。
それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。
ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。
*別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。
*約2万字の短編です。
*完結しています。
*11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる