6 / 9
六
しおりを挟む
「リリの婚約が公式に発表されて忙しくなるから二人で新婚旅行にでも行ってこいなんて…お父様ったら」
アレスフィナは馬車で王都を出た。
隣には夫のグイスもいる。
忙しくなるならアレスフィナも父の力になるのに、グイスの新婚休暇まで王からもぎ取っていた。
「厄介払いでもしたいのかしら…?」
「違うと思う」
グイスは困ったように笑う。
義父となった公爵から厳命されている。
『アレスフィナに種を仕込め』と。
共寝は婚姻からずっとしていた。
アレスフィナの成人前に密かに婚姻していた二人は、まだ抱き合って眠るだけで、色事には及んでいない。
普通の男親は娘を婿に取られる事を嫌がるものらしいので、義父の言葉を二度聞き返してしまった。
公爵は『早く孫に会いたい』と言う。
グイスは孤児だった。
公爵家の領地の民だった。
だから、子や孫を求める親や祖父の気持ちはまだわからない。
持てばわかるというけれど。
まぁ、貴族の当主なので単純に後継の心配をしているだけなのかもしれない。
旅行の最初の地は、公爵家の領地。
グイスの育った孤児院を訪れた。
日差しの強さから、グイスは大きなフードをアレスフィナはつば広帽子を被っていたのだが、下から見上げる妻の目線に気づいた。
「どうかした?」
「…昔、見たような気がして」
アレスフィナがのぞき込んでくる顔が愛らしくて、鼻先に口付けた。
「!?」
「驚いた顔もかわいい」
グイスの肩を叩き、アレスフィナはそっぽを向いた。
「…あの人はそんなことをしなかった」
「あの人?」
幼い時まだ、王子の婚約者の話が決まる前、公爵家にやってきた黒ずくめの男。
魔術で体型も声も偽っていた人物を男と明確に呼ぶのは、小さかったアレスフィナがフードの下から顔を覗いたから。
「あの人、グイスに似てた…」
一つ思い出せば、それが呼び水となり次々と記憶が蘇る。
「占いで有名な平民の方…だったと思うのだけど。父が呼んで何かを占ってもらっていたようなのよね」
「易者…?または卜者か…」
公爵がそういった類の物に傾倒する性格ではない事を二人は知っている。
今にしてみれば妙な取り合わせだと思う。
「思えば父は、彼の面会後の態度が変わったのよね。胡散臭そうにしていた初めの対応が、面会後は旧友のような親しさに」
フードの男は暫く公爵家に滞在していた。
父が勧めていたのだ。
身元の知れない人物を囲うような人間ではなかった。
「そんなあやしい人物が公爵家にいたのか…」
「怖くはなかったわね。あんなに恐ろしい風体だったけど」
ちゃんと、話したことはない。
時々、幼いアレスフィナに魔法を見せてくれた。
手のひらに氷の花を咲かせたり、紙の蝶を羽ばたかせたり、触れる水の玉を作ったり。
楽しくてアレスフィナはその水の玉をグイスにぶつけて水浸しになった彼は…
「やだ、そうよ。グイスも会っていたじゃない。魔術の師匠だって」
「師匠…、師匠の事?やだな、師匠は女性だったよ?アレスフィナと同じ目の色をした。
だからアレスフィナの母かその親族だと思ってた」
「ええ?男でしょう?いつもフードを被ってたし」
フードの男が来て直ぐに、領地にいたグイスが公爵家に連れてこられた。
領地視察の公爵について来た娘が、はしゃいで走って転んで怪我をしたのを、グイスが治癒魔法で癒やしてみせた事が二人の出会いだった。
魔術を使う平民は珍しい。しかも孤児。
我が家で使おうと魔術学校に通わせることを公爵は目論んでいたが、領地から呼び、屋敷に滞在するフードの男にグイスの魔術の講師を頼んでいた。
「あの人、占い師じゃなくて魔術師だったのかな」
「師匠のこと?魔力交換したことあるけど、かなりの魔力の持ち主だったと思う。今会えれば、力を測れるんだけどなぁ」
グイスは魔術の基礎を師匠から学んだ。
魔術は大事な人を守るために使ってほしいと、グイスの手を握って何度も語りかけた。
はたと気づく。
師匠は女性だった。間違いなく。
でも、魔力交換で合わせた手に、『父がいたらこんな感じだったのかな』と思ったのだ。
どうしてそう思ったのか。
母ではなくて、あの時、何故、父のようだと思ったのか?
「あの人、グイスのお父様だったんじゃない?」
アレスフィナの発言と自分の思考が重なった。
性別を偽る魔術、或いは姿を変える魔術。
この国随一の魔術師グイスの師ならその程度造作も無い。
アレスフィナの語るフードの男とグイスの師匠の像は重ならない。
唯一、一致したのは、母の赤と父の青を混ぜた瞳の色を持つアレスフィナと同じ薄い紫の目の色だけだった。
アレスフィナは馬車で王都を出た。
隣には夫のグイスもいる。
忙しくなるならアレスフィナも父の力になるのに、グイスの新婚休暇まで王からもぎ取っていた。
「厄介払いでもしたいのかしら…?」
「違うと思う」
グイスは困ったように笑う。
義父となった公爵から厳命されている。
『アレスフィナに種を仕込め』と。
共寝は婚姻からずっとしていた。
アレスフィナの成人前に密かに婚姻していた二人は、まだ抱き合って眠るだけで、色事には及んでいない。
普通の男親は娘を婿に取られる事を嫌がるものらしいので、義父の言葉を二度聞き返してしまった。
公爵は『早く孫に会いたい』と言う。
グイスは孤児だった。
公爵家の領地の民だった。
だから、子や孫を求める親や祖父の気持ちはまだわからない。
持てばわかるというけれど。
まぁ、貴族の当主なので単純に後継の心配をしているだけなのかもしれない。
旅行の最初の地は、公爵家の領地。
グイスの育った孤児院を訪れた。
日差しの強さから、グイスは大きなフードをアレスフィナはつば広帽子を被っていたのだが、下から見上げる妻の目線に気づいた。
「どうかした?」
「…昔、見たような気がして」
アレスフィナがのぞき込んでくる顔が愛らしくて、鼻先に口付けた。
「!?」
「驚いた顔もかわいい」
グイスの肩を叩き、アレスフィナはそっぽを向いた。
「…あの人はそんなことをしなかった」
「あの人?」
幼い時まだ、王子の婚約者の話が決まる前、公爵家にやってきた黒ずくめの男。
魔術で体型も声も偽っていた人物を男と明確に呼ぶのは、小さかったアレスフィナがフードの下から顔を覗いたから。
「あの人、グイスに似てた…」
一つ思い出せば、それが呼び水となり次々と記憶が蘇る。
「占いで有名な平民の方…だったと思うのだけど。父が呼んで何かを占ってもらっていたようなのよね」
「易者…?または卜者か…」
公爵がそういった類の物に傾倒する性格ではない事を二人は知っている。
今にしてみれば妙な取り合わせだと思う。
「思えば父は、彼の面会後の態度が変わったのよね。胡散臭そうにしていた初めの対応が、面会後は旧友のような親しさに」
フードの男は暫く公爵家に滞在していた。
父が勧めていたのだ。
身元の知れない人物を囲うような人間ではなかった。
「そんなあやしい人物が公爵家にいたのか…」
「怖くはなかったわね。あんなに恐ろしい風体だったけど」
ちゃんと、話したことはない。
時々、幼いアレスフィナに魔法を見せてくれた。
手のひらに氷の花を咲かせたり、紙の蝶を羽ばたかせたり、触れる水の玉を作ったり。
楽しくてアレスフィナはその水の玉をグイスにぶつけて水浸しになった彼は…
「やだ、そうよ。グイスも会っていたじゃない。魔術の師匠だって」
「師匠…、師匠の事?やだな、師匠は女性だったよ?アレスフィナと同じ目の色をした。
だからアレスフィナの母かその親族だと思ってた」
「ええ?男でしょう?いつもフードを被ってたし」
フードの男が来て直ぐに、領地にいたグイスが公爵家に連れてこられた。
領地視察の公爵について来た娘が、はしゃいで走って転んで怪我をしたのを、グイスが治癒魔法で癒やしてみせた事が二人の出会いだった。
魔術を使う平民は珍しい。しかも孤児。
我が家で使おうと魔術学校に通わせることを公爵は目論んでいたが、領地から呼び、屋敷に滞在するフードの男にグイスの魔術の講師を頼んでいた。
「あの人、占い師じゃなくて魔術師だったのかな」
「師匠のこと?魔力交換したことあるけど、かなりの魔力の持ち主だったと思う。今会えれば、力を測れるんだけどなぁ」
グイスは魔術の基礎を師匠から学んだ。
魔術は大事な人を守るために使ってほしいと、グイスの手を握って何度も語りかけた。
はたと気づく。
師匠は女性だった。間違いなく。
でも、魔力交換で合わせた手に、『父がいたらこんな感じだったのかな』と思ったのだ。
どうしてそう思ったのか。
母ではなくて、あの時、何故、父のようだと思ったのか?
「あの人、グイスのお父様だったんじゃない?」
アレスフィナの発言と自分の思考が重なった。
性別を偽る魔術、或いは姿を変える魔術。
この国随一の魔術師グイスの師ならその程度造作も無い。
アレスフィナの語るフードの男とグイスの師匠の像は重ならない。
唯一、一致したのは、母の赤と父の青を混ぜた瞳の色を持つアレスフィナと同じ薄い紫の目の色だけだった。
69
お気に入りに追加
551
あなたにおすすめの小説
愛しの貴方にサヨナラのキスを
百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。
良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。
愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。
後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。
テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
遊び人の婚約者に愛想が尽きたので別れ話を切り出したら焦り始めました。
水垣するめ
恋愛
男爵令嬢のリーン・マルグルは男爵家の息子のクリス・シムズと婚約していた。
一年遅れて学園に入学すると、クリスは何人もの恋人を作って浮気していた。
すぐさまクリスの実家へ抗議の手紙を送ったが、全く相手にされなかった。
これに怒ったリーンは、婚約破棄をクリスへと切り出す。
最初は余裕だったクリスは、出した条件を聞くと突然慌てて始める……。
乙女ゲームのヒロインが純潔を重んじる聖女とか終わってません?
ララ
恋愛
私は侯爵令嬢のフレイヤ。
前世の記憶を持っている。
その記憶によるとどうやら私の生きるこの世界は乙女ゲームの世界らしい。
乙女ゲームのヒロインは聖女でさまざまな困難を乗り越えながら攻略対象と絆を深め愛し合っていくらしい。
最後には大勢から祝福を受けて結婚するハッピーエンドが待っている。
子宝にも恵まれて平民出身のヒロインが王子と身分差の恋に落ち、その恋がみのるシンデレラストーリーだ。
そして私はそんな2人を邪魔する悪役令嬢。
途中でヒロインに嫉妬に狂い危害を加えようとした罪により断罪される。
今日は断罪の日。
けれど私はヒロインに危害を加えようとしたことなんてない。
それなのに断罪は始まった。
まあそれは別にいいとして‥‥。
現実を見ましょう?
聖女たる資格は純潔無垢。
つまり恋愛はもちろん結婚なんてできないのよ?
むしろそんなことしたら資格は失われる。
ただの容姿のいい平民になるのよ?
誰も気づいていないみたいだけど‥‥。
うん、よく考えたらこの乙女ゲームの設定終わってません??
王妃?そんなものは微塵も望んでおりません。
cyaru
恋愛
度重なる失態で王太子ディートリヒの婚約が破談になった。
次の婚約者として選ばれたのは、結婚を間近にしていたゼルガー公爵家の令嬢コンスタンツェ。
キデルレン侯爵家のジギスヴァルトと引き裂かれ、王命による婚約が成されてしまった。
大事な夜会を視察と言う名の浮気旅行に費やしたディートリヒは一変した王宮内の対応に戸惑った。
「王妃になれるんだから、少々の事で目くじらを立てるな」
コンスタンツェは薄く笑った。
●全7話 2万字程度の短い話です
●ヒロイン全く甘くないので、ユルいヒロインを希望の方は閉じてください。
●完結後になりましたが番外編3話追加しました<(_ _)>
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる