9 / 9
八 メリアンテ
しおりを挟む
「ギルは、どこ」
苦しい苦しい。
自室の寝台で、繋いでくれていたギルの手が離された。
朝昼晩に決まった時間に予定されている魔力の補給。
今朝はまだ終えていなかった。
眠っている間も消耗する魔力を補給してもらわなければ、食事をすることもままならない。
メリアンテの言葉は無視されて、公爵家の者ではない誰かに運び出された。
父の焦ったような声が聞こえた気がした。
「ギル、ギル」
苦痛の余り、体面を保つだけの理性も残っていない。
いつも側にいる侍女が代わりにメリアンテの手を握る。
強く握りしめてくれるが、欲しい手はこれではない。
もう、駄目かもしれない。
身体が魔力を渇望する。
連れて行かれる先もわからない。
馬車に揺られ、何処かに寝かされたメリアンテは、自身の終わりが其処まで迫っているのを感じていた。
「殿下がすぐにお見えになります」
その声はもう、メリアンテには届いていない。
「ギル…どこ」
声の主が訝しんでいる事など見えていない。
最期にひと目会いたいと望んだのは、ただ命じられるまま動く駒だったメリアンテを、命がけで助けてくれた男だった。
苦痛の先には解放があった。
それまでの痛みは嘘だったように消えた。
メリアンテは身体を起こして、寝台を降りた。
部屋を見回す余裕が生まれて、自分がつれて来られた場所が王城の一室だと知った。
寝台を振り返れば、自分が眠っているかのように横たわっている。
それを見つめる心配そうな顔の侍女は、壁際に立たされている。
宰相を含め、城の者が寝台のメリアンテを囲い、何かを言い合う。
それらに興味は向かず、この場に彼が居ないことを確認した。
『ギルバート?』
メリアンテは部屋の扉をするりと抜けていく。
公爵家では、彼を探すなんてことをしたことはない。
呼びつけるまでもなく、望めば彼はメリアンテに侍っていた。
そのギルバートを求め、メリアンテは城を彷徨う。
魂が肉体から離れた今はもう、彼を必要とすることはないはずなのだけれど。
心残りなのか、彼を求めて進む。
メリアンテに残る僅かな彼の魔力が、本体の居場所を教えてくれた。
長く城に通うメリアンテが足を踏み入れたことのない場所に導かれた。
石で囲われた地下への階段を降りきると、探し人の声が聞こえた。
床に伏せる姿に、メリアンテはショックを受けた。
メリアンテの命を繋いできたギルバートが、メリアンテの婚約者から暴行を受けている。
なんで。どうして。
平民だからといって、このような仕打ちが許されるはずもない。
民を守るべき王族が、痛めつけている。
止めてと叫んでも、王太子の振り上げる拳は収まらない。
合間に王太子の口から飛び出すメリアンテの名を聞いて、これは自分への仕打ちなのだと知った。
ああ、これは。
嫌だ。嫌いだ。
王太子が嫌いだと。
メリアンテは初めて感情を自覚した。
『ギル…』
その場から動けなかったメリアンテに、ギルバートの目が向けられ、見開かれた。
『メリアンテ様…』
ギルバートの声が聞こえた。
それだけなのに歓喜してしまう。
メリアンテの姿に彼は悟ったのだろう、絶望の色を見せた。
メリアンテのせいで、今こうなっているのに。
彼に近づいて頬を撫でる。
メリアンテにはその傷を癒やす力もない。
彼には何も返せなかった。
なのに、恨みつらみもなくギルバートは王太子殿下を挑発するような発言をする。
その意味を理解して、笑みが零れた。
自死なら同じ場所には逝けない。
ギルバートはまだ、メリアンテの側にいてくれるのだ。
だから、メリアンテは大嫌いだった婚約者の気配に向かって、感謝を残した。
苦しい苦しい。
自室の寝台で、繋いでくれていたギルの手が離された。
朝昼晩に決まった時間に予定されている魔力の補給。
今朝はまだ終えていなかった。
眠っている間も消耗する魔力を補給してもらわなければ、食事をすることもままならない。
メリアンテの言葉は無視されて、公爵家の者ではない誰かに運び出された。
父の焦ったような声が聞こえた気がした。
「ギル、ギル」
苦痛の余り、体面を保つだけの理性も残っていない。
いつも側にいる侍女が代わりにメリアンテの手を握る。
強く握りしめてくれるが、欲しい手はこれではない。
もう、駄目かもしれない。
身体が魔力を渇望する。
連れて行かれる先もわからない。
馬車に揺られ、何処かに寝かされたメリアンテは、自身の終わりが其処まで迫っているのを感じていた。
「殿下がすぐにお見えになります」
その声はもう、メリアンテには届いていない。
「ギル…どこ」
声の主が訝しんでいる事など見えていない。
最期にひと目会いたいと望んだのは、ただ命じられるまま動く駒だったメリアンテを、命がけで助けてくれた男だった。
苦痛の先には解放があった。
それまでの痛みは嘘だったように消えた。
メリアンテは身体を起こして、寝台を降りた。
部屋を見回す余裕が生まれて、自分がつれて来られた場所が王城の一室だと知った。
寝台を振り返れば、自分が眠っているかのように横たわっている。
それを見つめる心配そうな顔の侍女は、壁際に立たされている。
宰相を含め、城の者が寝台のメリアンテを囲い、何かを言い合う。
それらに興味は向かず、この場に彼が居ないことを確認した。
『ギルバート?』
メリアンテは部屋の扉をするりと抜けていく。
公爵家では、彼を探すなんてことをしたことはない。
呼びつけるまでもなく、望めば彼はメリアンテに侍っていた。
そのギルバートを求め、メリアンテは城を彷徨う。
魂が肉体から離れた今はもう、彼を必要とすることはないはずなのだけれど。
心残りなのか、彼を求めて進む。
メリアンテに残る僅かな彼の魔力が、本体の居場所を教えてくれた。
長く城に通うメリアンテが足を踏み入れたことのない場所に導かれた。
石で囲われた地下への階段を降りきると、探し人の声が聞こえた。
床に伏せる姿に、メリアンテはショックを受けた。
メリアンテの命を繋いできたギルバートが、メリアンテの婚約者から暴行を受けている。
なんで。どうして。
平民だからといって、このような仕打ちが許されるはずもない。
民を守るべき王族が、痛めつけている。
止めてと叫んでも、王太子の振り上げる拳は収まらない。
合間に王太子の口から飛び出すメリアンテの名を聞いて、これは自分への仕打ちなのだと知った。
ああ、これは。
嫌だ。嫌いだ。
王太子が嫌いだと。
メリアンテは初めて感情を自覚した。
『ギル…』
その場から動けなかったメリアンテに、ギルバートの目が向けられ、見開かれた。
『メリアンテ様…』
ギルバートの声が聞こえた。
それだけなのに歓喜してしまう。
メリアンテの姿に彼は悟ったのだろう、絶望の色を見せた。
メリアンテのせいで、今こうなっているのに。
彼に近づいて頬を撫でる。
メリアンテにはその傷を癒やす力もない。
彼には何も返せなかった。
なのに、恨みつらみもなくギルバートは王太子殿下を挑発するような発言をする。
その意味を理解して、笑みが零れた。
自死なら同じ場所には逝けない。
ギルバートはまだ、メリアンテの側にいてくれるのだ。
だから、メリアンテは大嫌いだった婚約者の気配に向かって、感謝を残した。
94
お気に入りに追加
430
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
【完結】【R18】素敵な騎士団長に「いいか?」と聞かれたので、「ダメ」と言ってみました
にじくす まさしよ
恋愛
R18です。
ベッドでそう言われた時の、こんなシチュエーション。
初回いきなりR18弱?から入ります。性的描写は、普段よりも大人向けです。
一時間ごとに0時10分からと、昼間は更新とばして夕方から再開。ラストは21時10分です。
1話の文字数を2000文字以内で作ってみたくて毎日1話にしようかと悩みつつ、宣言通り1日で終わらせてみます。
12月24日、突然現れたサンタクロースに差し出されたガチャから出たカプセルから出て来た、シリーズ二作目のヒロインが開発したとあるアイテムを使用する番外編です。
キャラクターは、前作までのどこかに登場している人物です。タイトルでおわかりの方もおられると思います。
登場人物紹介はある程度話が進めば最初のページにあげます
イケメン、とっても素敵な逞しいスパダリあれこれ大きい寡黙な強引騎士団長さまのいちゃらぶです。
サンタ×ガチャをご存じの方は、シンディ&乙女ヨウルプッキ(ヨークトール殿下)やエミリア&ヘタレ泣き虫ダニエウ殿下たちを懐かしく思っていただけると嬉しいです。
前作読まなくてもあまり差し障りはありません。
ざまあなし。
折角の正月ですので明るくロマンチックに幸せに。
NTRなし。近親なし。
完全な獣化なし。だってハムチュターンだもの、すじにくまさよし。
単なる獣人男女のいちゃいちゃです。ちょっとだけ、そう、ほんのちょっぴり拗れているだけです。
コメディ要素は隠し味程度にあり
体格差
タグをご覧下さい。今回はサブタイトルに※など一切おきません。予告なくいちゃいちゃします。
明けましておめでとうございます。
正月なのに、まさかのクリスマスイブです。
文字数→今回は誤字脱字以外一切さわりませんので下書きより増やしません(今年の抱負と課題)
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
夫に他の男性との情事を目撃されてしまいました
鍋
恋愛
私はヴァニラ、Eランク冒険者。
何故かSSランク冒険者のセーロスと結婚。
夫の留守中、風邪に効く薬草を採りに森に入って、幻覚・催淫作用のあるホルメー茸の胞子を吸い込んでしまった。
これは、森の中で見ず知らずの男性と情事に及んでいたヒロインが、夫に現場を目撃され夫がヤンデレ化していくお話です。
※地雷要素多いのでご注意ください。
R18
いきなりヒロインの他の男性との絡みから始まります。
メリバ?監禁風?
のんびり更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる