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一
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「…なんの冗談だ」
平民を捕えた地下牢から執務室に戻った王太子は、護衛騎士の報告を真に受けることはしなかった。
あまりにも、悪質で
あまりにも…間が悪い。
王太子に、平民の命を奪った後悔などない。
煩わしい羽虫を始末した程度で悼む気持ちもない。
『王宮の治癒師、薬師はこの国最上級の者ばかりだ。
公爵家では集められない人材を即座に用意できる』と説得して公爵家からメリアンテを王城に連れてきたのだ。
とはいえ強引だった自覚はある。
王命ではなかったが、権力をチラつかせた。
体調が悪いと面会を断られるメリアンテと会う為に、城で療養させよと迫った。
ー…ならせめて、あの者を側においてください。
平民の男は、娘を助けたことを恩に着せ、公爵の下働きとして雇われていた。
なぜ公爵ともあろう者が、平民をメリアンテの側に置いていたのか。
平民を、日の内に何度かメリアンテと面会するように調整してほしいと言う。
それを聞き入れるのならば、メリアンテを城に連れて行っても構わないと。
馬鹿にしているのか。
次期王妃になろう者の側に、平民を置けと言う。
当たり前のようにメリアンテに付いてきた男を牢に放り込んだ。
罪状は公爵令嬢への付き纏い。
理不尽を訴えた男に鞭を与え、脚を折り、拷問を加えた。
自ら去るのならば、骨の二三本程度で許してやったのに。
王太子の提案は無視された。
男は命尽きるまでメリアの側にいると宣った。
『その役目は私のものだ』
平民を殴りつけ、蹴り上げ、赤い飛沫が散る。
それでも男は引かなかった。
『…こんな自分勝手な男がメリアを幸せにできるはずがない』
『お前なら出来るというのか』
『アンタより、メリアを笑わせてやれる』
王太子は平民の言葉にとうとう我慢をやめた。
自惚れと勘違いが腹ただしい。
平民如きが。
腰から剣を抜くと、男の胸に切っ先を向けた。
『僕を殺すなら、メリアを連れて行く』
できるものならやってみろ。
躊躇はしなかった。
刃を振るうと男から生気が消える。
なんの感慨もない。
これでメリアンテは余所見をせずに昔のように王太子を見てくれる。
…はずだった。
「冗談ではございません。メリアンテ様は亡くなりました。公爵に急ぎ伝達いたしました。
遺体は王宮術師が死因調査後公爵家に引き渡されます」
護衛騎士の後ろから宰相が現れ、たんたんと語って部屋を出た。
王太子の拳の返り血が、ぽたりと絨毯に染みを作った。
平民を捕えた地下牢から執務室に戻った王太子は、護衛騎士の報告を真に受けることはしなかった。
あまりにも、悪質で
あまりにも…間が悪い。
王太子に、平民の命を奪った後悔などない。
煩わしい羽虫を始末した程度で悼む気持ちもない。
『王宮の治癒師、薬師はこの国最上級の者ばかりだ。
公爵家では集められない人材を即座に用意できる』と説得して公爵家からメリアンテを王城に連れてきたのだ。
とはいえ強引だった自覚はある。
王命ではなかったが、権力をチラつかせた。
体調が悪いと面会を断られるメリアンテと会う為に、城で療養させよと迫った。
ー…ならせめて、あの者を側においてください。
平民の男は、娘を助けたことを恩に着せ、公爵の下働きとして雇われていた。
なぜ公爵ともあろう者が、平民をメリアンテの側に置いていたのか。
平民を、日の内に何度かメリアンテと面会するように調整してほしいと言う。
それを聞き入れるのならば、メリアンテを城に連れて行っても構わないと。
馬鹿にしているのか。
次期王妃になろう者の側に、平民を置けと言う。
当たり前のようにメリアンテに付いてきた男を牢に放り込んだ。
罪状は公爵令嬢への付き纏い。
理不尽を訴えた男に鞭を与え、脚を折り、拷問を加えた。
自ら去るのならば、骨の二三本程度で許してやったのに。
王太子の提案は無視された。
男は命尽きるまでメリアの側にいると宣った。
『その役目は私のものだ』
平民を殴りつけ、蹴り上げ、赤い飛沫が散る。
それでも男は引かなかった。
『…こんな自分勝手な男がメリアを幸せにできるはずがない』
『お前なら出来るというのか』
『アンタより、メリアを笑わせてやれる』
王太子は平民の言葉にとうとう我慢をやめた。
自惚れと勘違いが腹ただしい。
平民如きが。
腰から剣を抜くと、男の胸に切っ先を向けた。
『僕を殺すなら、メリアを連れて行く』
できるものならやってみろ。
躊躇はしなかった。
刃を振るうと男から生気が消える。
なんの感慨もない。
これでメリアンテは余所見をせずに昔のように王太子を見てくれる。
…はずだった。
「冗談ではございません。メリアンテ様は亡くなりました。公爵に急ぎ伝達いたしました。
遺体は王宮術師が死因調査後公爵家に引き渡されます」
護衛騎士の後ろから宰相が現れ、たんたんと語って部屋を出た。
王太子の拳の返り血が、ぽたりと絨毯に染みを作った。
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