上 下
37 / 63
第二章 「神に愛されなかった者」

#35 初陣とナナの腕前

しおりを挟む
 毒々しいその紫色が光沢を放つ。
 くねくねととぐろを巻いたその形姿は、まるで蛇2匹が合わさって出来たかのよう。

 弓がいいだろうといった俺でさえ、その弓に少しばかり嫌悪感を抱く。
 まるで印象派の芸術作品のようなその弓は、武器としてはどうかと俺は思った。

「……趣味がよいとはいえないぞ」

 そんな俺の感想はいざ知らず、ナナは穴が開くほどにそれを見ていた。
 試しに俺が持ってきた弓を目の前でぶんぶんと振ってみるが、身体は微動だにせず、その視線は変わることはなかった。

「そんなにこれが欲しいのか」

 でも、いくらするんだこれ。
 そう思い、値段を見る。

「え?」

 銀貨1枚。
 その弓は、手元にある小さめの普通の弓はおろか、恐らくこの武器屋で一番と言っていいほど安い。

「奥にあるその弓ってなんでそんなに安いんですか?」
「ん、弓?」

 店主は俺の指す方向を見ると、一瞬硬直する。
 そして俺の方向へ居直ると、なぜかその表情は緩んでいた。

「お、お前、この弓が欲しいのか?」
「ええ、興味はあります、一応」

 俺じゃなくて、ナナがだけどな。

「ま、まあ、そうだな。見た目がな。あれだからな」

 その言葉の最中、一瞬、目が泳いだ店主。

 恐らくそれだけの理由じゃないことは明確だ。
 "店の顔"の展示部分であるこの場所に、それも銀貨1枚で置く理由。

 多くの客の目に触れて、一番売れる可能性があるこの場所に、銀貨1枚の商品。
 間違いなく売れても割に合わない。

 だとしたら、店主は"よほど"この商品を売りたいのだろう。
 そしてなにより、この商品が売れていないこと。

 このことから導き出される理由。

「……まあ想像に難くはないか」

 売りたくても売れない。売れなくても処分できない。
 だとしたら、この弓は……。

「ナナ、本当にこの弓でいいのか?」
「……」

 俺のその言葉に、ようやくナナは弓から視線を放す。
 そして、こちらに向き、こくと頷いた。

 ナナがいいなら、いっか。
 そう思った俺は、店主へと次の言葉を投げかけた。

「この弓、タダでください」


 * * * 


 ヘルラルラ平原を俺たち3人と1匹は歩いていた。

「しかし、よータダで貰えたなぁ」

 結局あの後、矢を買うことを条件にこの変な弓は無料で貰うことができた。
 ナナが大事そうにその弓を両手で抱いている姿を見ながら、ミヤは不思議そうに先の言葉を発した。

「多分これ、いわくつきな武器だけどな」
「へ? そうなん?」

 店主の反応と弓の扱い方を見るに、間違いないだろう。

 いわくつきの武器だから売れないが、処分するにも、その"いわく"が自分の所に来るのが怖い。
 浄化とかもただじゃないだろうし、それだったら新米か馬鹿な冒険者が来るのを待って売りつけてしまえばいい。

 おそらくこんな感じだろう。

「はへ~そんなん買って大丈夫やったん?」
「それは俺も少し思ったけど」

 その方向を向くと、ナナが嬉しそうにそれを持っていた。
 表情に乏しいナナが見せる、その小さな笑みを俺は初めて見た気がする。

「ナナがあそこまで欲しがってた物だしな」

 それに、言い方が悪いかもしれないが毒を食らうならば皿までだ。
 いわくつきが一人と一つあったって、どうせ変わらないだろう。

「まあ気持ちは分からんでもないわ」

 俺に同意したミヤはうんうんと頷いた後、思い出した様に声を上げる。

「で、さっきから気になっていたんやが……うちらはヘルラルラ平原にいるんや? またやくそうでも集めるんか?」

 ギルドでの依頼の説明など全く頭に入っていないそのミヤの発言に、俺が答える。

「今回の依頼は、オレンジベリーの収集。その実があるのがヘルラルラ平原の先にある、アグステの森に向かってるところだろ」

 ミヤは初めて聞いたという顔をした。
 俺はその光景に、少しばかり頭が痛くなった。

「まあ、なんとなく分かったわ。でも、その森は大丈夫なん?」

 恐らくミヤは、ナナが大丈夫かと言っているんだろう。

「Fランクの依頼の場所だしそこまで心配はいらないらしい」
「そうなんか」
「それに通り道のここで、最弱のスライム相手にどれくらいやれるかっていうのも見れるしな」

 そんなことを話しながら、俺は周りに視線を巡らすと遠目に青いシルエットが見える。

「スライム」

 弓を扱う、ナナにとってはいい距離だ。
 そう思った俺は、ナナへと向き直る。

「ナナ、あいつを倒してみてくれ」

 弓を引くボディジェスチャーをしながら、ナナに言葉をかけると。
 ナナはそれを理解したかのように、小さく頷いた。

 俺とミヤが注目する中、ナナの攻撃準備が始まる。

 一手一手がただたどしいものの、弓を構えるその風貌はいささか様になっている。
 最悪、弓をどう扱うかを教えることも想定していた俺にとってはこの時点で既に予想を超えていた。

「なーちゃん、ええ感じやね」

 ……見よう見まねという感じでもないし、弓を使っていたことがあるのだろうか。

 背丈とは不釣り合いな弓を構えながら、スライムに対して狙いを定めるナナ。
 ゆっくりとピントを合わせる様に動いていたそれが、すっと止まった瞬間。

 ピュンと、弦が鳴る音が響く。
 空気を切り裂き、矢が放たれた。

「おお」

 その綺麗な軌跡は、一直線にスライムへと向かう
 ――ような気がしていたのだが、明後日の方向へその矢は向かっていった。

「……あれ?」

 弓の構えは良かった。放つまでは完璧だった。
 だが、何故か、よく分からないが、矢は全く違う方向へと飛んでいっている。

「はへー、どこいくんやあの矢」

 ミヤが眺めるようにして、矢の軌跡を追う。
 何がどうしてあの方向へ行くんだろうという疑問と共に、俺もまたその矢の姿を目で追っていた。

 明後日の方向へ進むそれ。
 ただ、力の伝え方はいいのか。矢の勢いは衰えていなかった。

 だが、いつかは止まるだろうと。
 ぼんやりと眺めていたその軌跡から目を離そうとしたその刹那。

 物理法則が捻じ曲がった気がした。

「ん?」

 ぐにゃりと、それはまるで蛇のようにうねり、矢はU字の軌道を描いた。
 そこからはまるで巻き戻しを見るかのようだった。

 矢が、こちらへと、戻ってくる。

 ただ先ほどと異なるのは、その矢尻がこっち向きだということ。
 で、それは俺へと向かっているということ。

「……まじ?」

 俺の間近に、もう矢が迫っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強魔導師エンペラー

ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。

処理中です...