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第二章 「神に愛されなかった者」
#39 銀の髪の神託者
しおりを挟む大聖堂の一室で、甲高い男の声が響く。
「と、という訳でして」
蠟燭の火がゆらゆらと揺れながら、中央の円卓を照らす。
円卓を囲む、数人の息遣いと男の言葉によって、その灯りの明暗と形は絶えず変化する。
「そいつに邪魔をされ、し、始末ができませんでした」
言葉を発する度に湧き出る冷や汗を拭う、その声の主はオルソン。
いつもより深い隈。腫れた顔を抑えながら、バツが悪そうにオルソンは報告した。
しばらくの沈黙による、静けさが辺りを包む。
オルソンの不規則な荒い息遣いが唯一の音を残していたその場に、老いた声の嘲笑が漏れた。
「神に愛されなかった者を守るぅ? そんな者がいるとは思えんがのぉ」
枯れ木の幹のような顔をした老人が、くくくと笑う。
しゃがれた言葉がその場に響くと、堰を切ったかのように矢継ぎ早に声が飛ぶ。
「オルソン殿。失礼ながら、不注意で逃がしてしまったのでそんな嘘をついているのでは?」
「なっ!? 私は本当のことしか言ってません! 全て真実なのです!」
「さあどうですかね。オルソン殿の良くない噂は度々耳にしますからね」
「――っ! ドールガ、若造の癖に生意気ですよ!」
口早に飛び交う怒号が円卓上で交差する。
それを見かねた、貴族のような装いの男が、仲裁に入った。
「まぁまぁ、それくらいにして……大司教様どういたしましょう?」
その役職名が呼ばれた瞬間、水を打ったようにその場は静まりかえる。
円卓より少し外れた、王座のような場所に全員が視線を向けた。
そこにいるのは、純白の僧衣を着た女性。
咲いたばかりの白い百合のような、可憐な顔が小さく動くと。
生糸のような銀色の髪が小さく揺れ、
青紫色の水晶の瞳が開かれた。
「私はただマリス様の意志に従うまでです」
抑揚の少ない把みどころのない声で、
「神に愛されなかった者は、この世界の邪鬼です。故に」
大司祭としての答えを淡々と述べると、
「――教徒総動員で、神の元へお返ししましょう」
最後には小さく口角を上げ、彼女は笑みを作った。
「……」
たかが一人を始末するのに総動員は過剰すぎる、と。
その場の誰もが思った。
だがその意見に頷かない訳にはいかない。
彼女に反対意見など言えるわけがない。
彼女がこの教団の権力の全てだ。
次席である司祭という役職でさえ、彼女の一言より圧倒的に軽い。
「……分かりました。手筈を整えます」
そう幹部の一人が答えると、彼女は極上の作り笑いを浮かべる。
長年空席であった、マリス教大司教の"素質"をすべて満たす神託者。
神の寵愛を受けたと言われる"スキル"を持ち、神に幸運な運命を約束された"高い運"を持つ彼女。
「はい、よろしくお願いしますね」
神に愛された証。
その銀髪から覗く額に、鳳凰を象ったような形の紋章が輝く。
マリス教大司教、シンシア。
その容姿と神に忠実すぎる姿勢から、"銀の髪の神託者"と呼ばれる彼女。
金、人、効率、そして感情などは無視し、ただ神の教えのみを忠実にこなすその姿。
立場が異なる人々の目には、残忍で冷血な魔女に見えても不思議ではない。
だが、彼女にその自覚はない。
彼女はただ、マリス教の教えを忠実に守っている"だけ"だ。
「――邪鬼は、この世にいりません」
銀の髪の信託者は、
寂しい唇に冷ややかな笑いの影を浮かべた。
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