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あの日 Side涼3(中学生〜高校生)

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「ちょっと急ごうか」

バスから降車してお姉さんが私に振り返って手を差し出してきた。
その手を掴むと小走りで私を引っ張っていく。お姉さんはスニーカーではなく踵が高めのサンダルを履いていて、走るには向いていない。

それでも、時間に間に合うようにと私を引っ張りながら進んでいく。

お姉さんの手は身長と同じように小さく柔らかい。
一生懸命私を学校に連れていってくれているお姉さんに対して申し訳ないけど、私は学校に着かなければいいのにと思っていた。

お姉さんの歩みがゆっくりに変わっていく。そうか、もう近くまで来たんだなと俯いていた顔をあげる。

振り返り私を見ていたお姉さんが、繋いでいない方の手で前を指差した。

「ほら、あそこ!」

学校の校舎とフェンスで囲われたグラウンド、校門には⚪︎×中学校と書かれている。

手が緩んで、繋いでいた手が離れていく。

「あ、ありがとうございます。ここまで来たら大丈夫です」
「うん」

向かい合って頭を下げながらお礼を言った。
お姉さんが少し早くなっている呼吸を整えながら笑った。

「練習試合頑張ってね」
「はい……」

「………」
「………」

風の音と遠くで車の走る音が聞こえる。ただ何も言わないで2人で向かい合っている状況。下を向いて足元ばかり見ていた視線を上げた。
お姉さんが割と近くに来ていて、茶色い瞳が私の目と合った。

「緊張してる?先生に怒られると思ってる?大丈夫だよ?ちゃんと間に合ったから」

俯いて何も言わない私を気にかけてくれていたんだと気付かされた。集合時間前にちゃんと到着したのに、動かないで立ち止まってしまった私をまだ優しく接してくれる。

本当はあなたともう少し一緒にいたかったからなんだけど、これ以上の迷惑はかけられないと私はまた頭を深く下げた。

「ありがとうございました!」
「ふふ。どういたしまして」

私がそのままお姉さんに目を向けずに学校に行こうとすれば、「そうだ!ちょっと待って」と声をかけられ、振り返った。

お姉さんはカバンからゴソゴソとポーチを取り出し、ポーチにくっ付いていたストラップを外した。

「これ、お守りがわりに」
「え……」

それはメッセージアプリで最近よく見かけるようになったイケメンな猫のストラップだった。私は使ったことがなかったけど、送られてくるメッセージで見かけることがよくある。

「いや、でも……」
「いいからいいから!」

私の顔の位置までストラップを上げて笑いかけてくる。


「なんとなく君に似てるよね」


ストラップと私を交互に見つめて微笑んだ。
私の手に無理やりイケメンな猫のストラップを握らせる。

「試合がんばってね!見にはいけないけど、応援してるから」

そういうとお姉さんは手を振って来た道を戻って行った。
その背中を見送り私は学校の校門をくぐった。

後からお姉さんの名前だけでも聞いておくべきだったと大いに後悔した。



その後すぐだった。私が彼女と別れたのは……

「好きな人ができた」

そう伝えると彼女は「誰!?どんな人!?同じ学校の人?男?」など色々問い詰められたけれど、どれも答えずにただ好きな人とだけ伝えた。

本当は気になる人と言った方が正しかったけど、別れるならハッキリと好きな人と伝えた方が別れやすいと思った。

やっぱり付き合うなら本気で好きになった人が良いと、付き合うのならあのお姉さんのような人と付き合いたいと中学2年の私は思った。


あの日から私はたまにあの駅に行っていた。ちょっとストーカーっぽいなって思うけど、あの時のお礼をちゃんとしていなかったしなどと適当な言い訳を心の中で呟いて、あの時のお姉さんにまた会えないだろうかと周りを見渡していた。

結局は一度も会えることはなかったけど……

中学を卒業して私はなんとなく進学が有利そうな高校を選んだ。自分の学力でも入れそうな所、あまり遠くない所、校則が厳しくなさそうな所。高校はそこまで真剣には選んでいなかった。

でも、高校の入学式の日にここの高校を選んで良かったと心から感謝した。

まさか会えるなんて思わなかった。

だって年上だと思っていた人が、同学年で隣のクラスにいるなんて誰が想像できただろう。

茶色い髪は長くなって背中まであって、身長も伸びてより女性らしく、可愛い笑顔はそのままで誰にでも優しいあの人がいた。

名前はすぐにわかった。でも、隣のクラスという壁は意外にもかなり分厚かった。なかなか接点もできなかったし、気のせいかもしれないけど目が合っても彼女は私の事を覚えている気配はなかった。

あの時と違って背もまた伸びたし、髪はショートになったから一度しか会ったことのない人のことなんて、気付かれなくても当然かもしれない。

図書委員になって東雲亜紀と仲良くなった。高坂ちさきと幼馴染で高坂ちさきは彼女とクラスで1番仲良くしている。かなり遠いが繋がりができたけど、いきなり彼女を紹介して欲しいだなんて言えるはずもなかった。いつかもしかしたら会える機会ができないかと期待はしていた。

高坂ちさきは東雲亜紀とたまに母さんがやっている喫茶店に来ることはあったけど、何故か彼女はいつもいなかった。高坂ちさきと仲が良いはずなのにいつも帰りはバラバラだった。

そんな日々がずっと続いていた時ついにチャンスが来た。

高坂が彼女のアルバイト先として喫茶店を紹介してくれた。理由が彼氏と別れたとかだったけど……それでも、話せるチャンスが来たんだと嬉しかったんだ。

ずっと遠くから見つめて気になる人が、友達になれて嬉しかった。

ちゃんと話すようになって“好きだ“って思ったのはすぐだったけど……もしかしたら、あの日からずっと好きだったのかもしれない……
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