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ちさきは心配する

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「あー、あたしちょっとトイレ寄っていくわ。先に教室戻ってて」

屋上で4人で昼食を食べた後、教室に戻る途中であたしは言った。

凪沙が「先行ってるね」と返事をして3人が教室に向かおうと歩みを進めようとした所、あたしはガシッと1人の腕を掴む。

「悠木涼もトイレか?一緒に行こうか」
「え?私は別に――「行きたいよな?」――はい……」


悠木涼は小さな声で頷き返す。
亜紀と凪沙には手を振り先に教室に向かっていった。

あたしは悠木涼の腕を掴み歩き出す。

生徒達が賑わう廊下を通りトイレを素通り、職員室前を通り階段を降りて特別教室が並ぶ1階の1番奥、今の時間帯は人気がない教室に悠木涼とあたしは入って扉の鍵を閉めた。

振り返ると悠木涼は困ったような表情をしてあたしを見ていた。

「トイレは大丈夫なの?」
「ホントにトイレに行くと思ってたのか?」
「全然」

クスッと笑っていつもの笑顔に戻った。多分、この笑顔は色んな人に向けるタイプの作り笑顔だ。お昼を凪沙と食べていた時の笑顔とはまた違うように見える。

悠木涼が笑顔のまま口を開いた。

「それでどうしたの?2人っきりじゃないとダメな話?」
「あんた目立つからこんな話人がいるところじゃ話せないんだよ。まぁ、周りくどく話すのも面倒だから単刀直入に聞くけど」


「あんた凪沙のこと好きなの?」


「………あ、やっぱりそういう話?うん。好きだよ」



――友達としてね



悠木涼は表情を変えずニコニコと答える。
近くにあった机の椅子をひきそこに座った。
隣どうぞと手招きされたがあたしは断る。

「友達として?あたしが今まで見てきた悠木涼って色んな人と仲良くて、男子でも女子でも同じ距離感で仲良くしてるように見えたんだけど」
「そうだね。友達は多い方だと思うけど」
「それってほとんど相手からの好意を悠木涼が受け取っているってあたしは思ってたんだ」
「わー。すごいね。私の事観察してるの?私の事好きなの?」

軽口を叩く悠木涼に『話が脱線する!』と注意をする。

あたしは自分の頭をトントンと叩いて話を続ける。

「あーっと何が言いたいかって事だけど…そんな悠木涼が逆に好意を凪沙に向けているんだよ。友達として好きなら他の友達と同じ距離感で接せばいいんじゃないのか?―――お前何企んでんの?」

悠木涼が変わらない作り笑顔のままでこたえる。

「何も企んだりとかしてないよ。だって元々高坂がウチの店紹介したんだよ?私と凪沙を引き合わせたのも、凪沙が彼氏と別れたって教えてくれたのも……」
「そうだけどさ……」

まさか悠木涼があそこまで凪沙に近づいてくるなんて思わなかった。仲良くなったとしても他の友達と同じ距離感だと思っていた。

椅子に座る悠木涼はあたしを下から見上げるようにして見つめて黙っている。
視線が下がり床を見つめ顎に手を当てて考えるようなそぶりを見せる。

「んーー。なんて言えばいいかな……高坂にだけ素直に話すけど」


――凪沙を私の事恋愛的に好きになってもらおうとしてる


「は?」

沸々と湧き起こる怒りの感情が濁流の如くつま先から頭のてっぺんまで一気に高まって体が勝手に動いていた。


「テメェ!!!凪沙に何しようとしてんだ!!」


悠木涼の胸ぐらを掴み引き寄せる。椅子がガタッと揺れた。
目を見開いてあたしの行動に驚いた様子を見せているが、慌てた様子はない。

何を言っているんだ。悠木涼は友達として凪沙の事が好きって言っていたのに…自分の事を恋愛的に好きになってもらおうとするなら相手の事が好きな人がやる行動じゃないのか?

恋愛的に好きでもない相手を自分に恋愛感情を向けさせるようにするなんてどう言う事だよ……もし本当に凪沙が悠木涼に恋愛感情を向けた時その後どうなる?失恋させるのか?傷つけるのか?悠木涼はやっぱり色んな女を泣かせてきたって言うのは本当だったのか!?

「ははっ!ホント良い友達を持ったね凪沙は」

それどころか逆に笑い出した。胸ぐらから手を離さず悠木涼を睨みつける。

「これはね、凪沙も知ってる事なんだよ」
「は?どう言う事だよ」

凪沙も知ってる?何を?どこまで?胸ぐらを掴んでいた手が少し緩んだ。悠木涼に向ける視線はまだ睨みつけたままだ。

「凪沙も私が凪沙の事を恋愛的な意味で好きになってもらおうとしてるのを知ってるし、私が凪沙の事を友達として好きってことも知ってるんだ」
「なんでそんなこと…」

胸ぐらを掴んでいた手を離す。

悠木涼のしようとしている事は凪沙も知っていて、それを凪沙が受け入れてるから今の状況があるってことか?

悠木涼が胸元のネクタイを直しながら口を開く。

「細かいことは言えないけど、凪沙は私の我儘に付き合ってくれてるんだよ。それで凪沙も私の事を恋愛的な意味で好きになってもらえるように行動してくれてるんだ」
「凪沙も悠木涼を好きになってもらえるように?」
「昨日のお昼もおかず分けてくれたりだとか、今日のお弁当も多分……そう言うこと」

少し照れたように話して、笑顔でこちらに視線を向けてきた。

「あー。なんかよくわかんないことになってるけど、お互いが合意の上で今の関係があるってことか……」
「そうだね。でも、こんな話高坂くらいにしか話せないよ。あと話せても東雲かな」

そう言って苦笑している。

「とりあえず掴み掛かって悪かった。ごめん」
「いや、私も急にあんな言い方したら誤解されても仕方なかったよ」

一応どうして悠木涼が急に凪沙に構うようになったのか理由はわかった。
それでもまだあたしは腑に落ちないところがある。

あたしが凪沙にお弁当のおかずを食べさせてもらったと言う話を聞いた時の悠木涼の嫉妬。
凪沙があたしにお弁当を作ってくると言う話になった時の悠木涼の独占欲。

悠木涼は話は終わったと言う感じで立ち上がり椅子をしまった。亜紀よりも身長が高い悠木涼があたしの隣を通り過ぎていく。

あたしは振り返りもう一度悠木涼に尋ねる。

「あんた凪沙のこと好きなの?」

悠木涼は教室の扉の鍵に手をかけて振り向かずに答えた。



「好きだよ」

――友達として

―――今は友達として好きって事にしといてよ



扉の鍵を開けて悠木涼は教室から出て行った。あたしは何も言えず、表情の見えない悠木涼の背中を見つめていた。

お昼の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
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