陰陽師〜安倍童子編〜

桜 晴樹

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第一話 安倍童子、賀茂忠行に師事する。

白狐

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琴の音が夜闇に響き渡る。

美しくも、儚い調べは、松風の音が似通って聞こえる。

その琴の音色を辿っていくと一軒の屋敷へと辿り着いた。
その屋敷は、誰もいない様なそれはそれは酷い有様でだった。
屋敷の入り口や扉や外から見える庭園は、荒れ放題で、屋敷にも襖など穴が開いている酷い有り様であり、その屋敷には人がいない様な佇まいであるのにも関わらず、何故か琴の音だけが、その屋敷から儚げに響き渡る。

ある貴族を乗せた牛車が、その屋敷の前を通った。
宵闇に響き渡る、琴の音に魅せられし公達の若者は、その音色に導かれるまま、屋敷の中に入っていった。
若者は、趣味で楽器を嗜んでいた者であるから、その音色に惹かれたのか、はたまた弾いているのが、美女の可能性を見出し、覗きに行ったのであろう。
その若者は、翌日も翌々日も屋敷に通い出した。日に日に頬はこけ、目の下には隈ができ、生気が無くなっていく。
気になった家族や同僚が、若者が通っている屋敷に昼間に向かうも、そこにあるのは、草木で覆われた屋敷も何もない荒地であった。
それは、狐に化かされた様な有様であった。なのにも若者は、その屋敷へ出掛けようとする。家族が、夜な夜な出かけようとする若者を縄で縛るが、気付いた頃には屋敷に向かう若者。ほとほと困り出した家人が、祈祷師を呼び、祈祷や物忌み等、様々な事をするが、事態が良くなる事はない。
そんな若者が、屋敷に通い出して一月程たった頃、他の貴族の若者達が同じく、その屋敷に通い出した。
1人2人と増えていく毎に、若者と同じく生気が無くなっていく者達が増えていく。
それと同時にある噂も増えていった。

その噂はというのは、
「ある屋敷に、それはそれはとても美しい姫がいる。その姫は、家が貧しく、裳着もちゃんと出来ない程ではあるが、琴の腕は確かだ。」
裳着とは、貴族の娘が、12歳から14歳頃に成人した印に初めて裳をつける儀式だ。

ある者の話では、
「天女の様に美しい姫は、元々名だたる貴族の娘ではあったが、父君が朝廷に仇した罪で流罪にあった。夜な夜な父を想い、琴を弾くのだ。」

ある者はこう言った。
「この世の者ともしれない程の美女が、通いの想い人を思い琴を弾いている。だが、その美女の想い人は、他に女が居て、そちらの方に行ってしまった。怒り狂った美女は、男と女を殺して地獄に落ちた。その後は、魂となりて琴を弾き、その琴に惹かれた公達を食ろうとる。」

等々、噂が広まっていく。

確かに、通い続けている公達の中には、
「美女がいる。美女が寂しいと言っている。」
と、うわ言の様に呟き、夜になるとその屋敷に向かってしまう。
そんな中、ある位が高い貴族の子息が、その症状になった。
位が従三位以上の所謂、上流貴族である女好きの子息だったが為に、陰陽寮の陰陽師である賀茂忠行に依頼が行ったのも道理である。






さて、それとは別に童子は13歳位になっていた。
平安時代当時は、成人の義である元服は、男子は12歳から16歳である。もしかしたら童子も元服は済んでいるであろう。妾の格好ではなくなり、すんなりした姿になった。少女とも少年とも言える様な姿であった当初よりも、少年らしく格好も様になり、背丈も良く伸び、逞しくなってきている。
陰陽師である忠行の元での修行も板に着き、自身の能力も自在に使いこなせる様になってきた。
中務省の大学寮には、17歳からしか通えない為、年齢的には通えないが、それでもそこそこの力は付いたと、童子は思った。
それというのも、兄弟子である保憲が、童子の能力を誉めている事にもあるが、何かあると、忠行は陰陽師としての仕事で、保憲だけではなく、童子も同行させる事が増えたからだ。

忠行が今回、依頼されたモノは陰陽寮で、占いをすれば良いだけのものではなかった。
子息の姿を診、治さねばならなかった。
保憲だけではなく、今回も童子を伴って、貴族の屋敷に向かった。


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