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神様系転生モノのお約束
しおりを挟む正直なところ、職場と家の往復生活にいい加減マンネリを感じていた私達にとって、神様の提案は魅力的だった。
だけどまだ決断するには早い。
「その間、うちらの時間の進みはどうなるの? さすがに仕事もあるし……」
「もちろん進まないようにするよ。現実世界もね。さ・ら・に、キミたちが向こうにいる間を勤務時間として給与計算し、物語を盛り上げるような行動をした場合には追加報酬あり!」
「え、マジで⁉︎」
「こら百伽!」
報酬に目が眩んでいる百伽の袖を引き窘める。
うまい話に簡単に飛びついてはいけない!
しっかりと情報を得て足場を固めておかなくては後々大変なことになってしまう。
仕事柄、私は契約にはうるさいのだ。
「ちなみに神様。その物語ってどのくらいまで出来ているんですか?」
「起承転結の要所要所書いたくらいで中身がぺらっぺら! 主人公たちはなんとなくいるんだけどキャラによって設定の厚さもバラバラ……もう考えるの疲れちゃってさー。はい、これ今出来てるところまで見ていいよ」
「ありがとうございます」
神様から原稿用紙の束を渡される。
手書きだなんて意外とアナログ派らしい。
百伽と二人で原稿用紙を持ち、読み進める。
……言ってしまえばオーソドックスな感じの、よくあるような話だが、本当に行き詰まっているのだろう。
途中無茶苦茶なダンジョンや急な恋愛要素が組み込まれている上に、主人公より脇役が目立ったりいつの間にか存在が消えたキャラもいる。
この物語の主人公になどなったらイライラして魔王よりも先に世界を破壊してしまいそうだ。
「どう⁉︎ 詰まっちゃったけど面白そうでしょ⁉︎ いやー、城下町は賑やかだし田舎は精霊の加護があるから空気が美味しいし最高だよ! 仕事のイライラも吹っ飛ぶね!」
微妙な私達の空気を読んだのか神様が慌ててアピールポイントを挙げてくる。
「そうですね……」
「でしょでしょ! これはもう決まりだね!」
魅力的じゃないわけではないがそれ以上に気になる点が多すぎる。
それに随分とバトル要素が多い。
喧嘩っ早いやつしかいないのかこの世界は。
着の身着のまま行けばあちらこちらで危険に遭い、苦労するのは目に見えている。
十代の頃ならいざ知らずもうアラサーの私達にはそんな無謀はもう出来ない(多分)。
どうせ異世界トリップならバリバリチート級で無双したいじゃないか!!
私は神様から見えないように百伽の手をつついた。
視線が合う。
見つめ合って数秒、百伽がフッと笑った。
それを合図に私は悲しげに目を伏せる。
「神様、すみません。せっかくのご好意ですがこの件はなかったことに……」
「うんうん、そうかそうか! じゃあ交渉成り……え?」
YESしか想定していなかったらしい神様は明らかに狼狽えだす。
「な、なぜ⁉︎」
「夢を叶えるチャンスをいただきありがたいのですが、私たちももう俗にいうアラサー。このまま異世界へ飛び込むには些か不安があると申しますか……」
「そうそう、これじゃ剣士と魔法使いとして楽しむ前に死んじゃうよね。せめて『特殊能力』があれば……」
「お、おお! そんなものいくらでもあげるとも! 定番だもんね! これでいいかい⁉︎」
動揺している神様は早く同意が欲しいらしい。
あともう一押し。
「あとはなんというか、不安なんです……」
「なにが⁉︎」
「物語とは起承転結あって然り。山あり谷あり何が起こるかわからないもの。この小説を読んでいてもちゃんとそのポイントを押さえているのはわかります。でもそれは危険と隣り合わせでもあります」
「う、うむ……」
「予期せぬことも起こるのがリアル。そこで、重要になってくるのは柔軟な対応です」
「……つまり?」
随分回りくどい言い方をした私を神様が息を呑んで見つめる。
私はにっこりと笑い返す。
「要するに私達にある程度『好き勝手やる権利』を与えていただきたいんです」
横で百伽が「そーだそーだ!」と拍手をしながら囃し立てている。
この流れでダメとは言えまい。
神様はその大きな瞳を二、三度パチクリさせたあと、指を鳴らしてホワイトボードを一瞬で消し、同時に向かいのソファーを出現させて深く腰掛けた。
目を閉じて背もたれに寄りかかりながら何かを思案している様子に少しばかり緊張してしまう。
さすがにわがままを言い過ぎただろうか。
いや、ダメだ。
妥協したものでは面白くない。
全力でぶつかるから全ては面白くなる。
下に向きかけた視線を根性で持ち上げる。
「いいね。やっぱりいいよ、キミたち」
「…………………はい?」
視線が直線でぶつかる。
神様はおもちゃをもらった子供のように輝いた目で私に笑いかける。
「千代ってさ。普段あんまり前にでないタイプのくせして自分の意見ちゃんと持ってて、納得しなきゃ譲らない頑固ちゃん。でもよく頭が回るから状況見て交渉出来る度胸がある」
「う……」
まるで占いを聞いているかのような気分だ……。
神様は百伽に視線を移す。
「百伽は猪突猛進な短気タイプだけど馬鹿じゃない。千代がうまいこと交渉出来ると信じてるから、余計なことは言わないように補助に徹した。これも立派な状況判断能力だね」
「……ふん」
百伽も居心地が悪いのか顔を背けている。
「キミたちを選んで正解だった。違うタイプなのにお互いを生かす術を知っている。これなら異世界に放り込んでも大丈夫! きっと最高に面白い話になるよ!」
神様は胸に手を当てうっとりしている。
どうやら怒るどころか気に入られてしまったらしい。
「許可するよ二人とも。『特殊能力』と『好き勝手やる権利』どちらも保証しよう。キミたちはそう、エキストラだ! 目的なんてわしが決めることじゃない。自由に完結まで楽しんでおいで」
「! あ、ありがとうございます!」
「うんうん、じゃあこれあげるね」
神様の指から金色の粉が舞い、二人の腕に巻きつくと途端に虹色の石が埋め込まれた腕輪になる。
「キミたちの特性に合わせた力が発生するよ。使い方は使いながら学んで」
「やったー! らしくなってきた!」
「うん、ワクワクしてきた!」
「キラキラしている女の子たちはいいね! さて、それじゃあ」
神様がポン、と手を叩く。
「え」
「あ」
いつの間にか今まで座っていた場所に大きな穴が空いている。
緩やかな浮遊感の中、驚きで声を上げることもできないまま最後に聞こえたのは
「ぐっどらーっく」
満足げな神様の声だった。
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