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『自称作家の神様』から
しおりを挟む一人ご機嫌な存在とは対照的に、身を寄せ合い警戒しながら睨みつける。
これが俗にいう愉快犯というやつだろうか。
「あなた、だれ?」
そっと吐き出した百伽の声は少し震えている。
そこに私達の恐怖を感じ取ったのか、謎な人物は急に慌て出す。
「あ、ごめん! そりゃびっくりだよね急に誘拐されたら」
「やっぱり誘拐⁉︎」
大きく一歩下がり距離を取る。
「あーっ、違う違う! どうこうしようってわけじゃ……ええー……こういう場合なんて言えば良いんだ……?」
「怪しいやつめ……! うちらに近寄ったらタダじゃおかない!」
何かを伝えようとする謎の人物と、私を背に隠しながら少しでも変な動きをすれば噛み付かんばかりの態度をとる百伽。
確かにあの人は怪しいけれど、何かを知っているのは明確で。
このままでは埒があかないと判断した私は意を決して前に出る。
「あの!」
「ん? なになに⁉︎」
話をする姿勢を見せた瞬間、謎の人物は目を輝かせて近寄ってくる。
それを手で制し
「いくつか質問がありますがまず最初に。ーー貴方は、私達に害を成す気がありますか?」
警戒していることを自然に込めて真っ直ぐ見つめる。
答えは早かった。
「まーったくないよ! 安心して」
ニパッと笑い両手を上げ、攻撃の意思がないことを示してくる。
私は一息ついて、体の力を抜く。
まだ警戒している百伽の目を見つめ肩に触れる。
「全部信じたわけじゃないけど、このままじゃどうにもならないからさ。まず話を聞いてみない?」
「……まあ、そうだね。わかった」
百伽も体の力を抜いたのを見計らい、謎の人物はゆっくりと近付き、あと三歩で手が届くくらいの距離までやってきた。
近くで見ると私たちと同じくらいか、少し高い身長で細身であることがわかる。
髪は……銀髪だから恐らく染めているのだろう。左目にモノクルをかけてはいるが相当整った顔立ちをしている。
「改めて、非礼すまなかったね。百伽、千代」
「いきなり名前呼び捨てとか距離の詰め方おかしいだろ」
「ああ、もうすっかり警戒されて……わし悲しいよ。わしはこんなにも愛しているというのに!」
「っ……!」
「変な発言は控えてください! いちいち百伽が殴りかかりそうになるの止めて大変なんです!」
先程とは逆に私が百伽を背に隠す。
本当は私も一緒に殴りかかりたいくらいだが、情報が手に入らないのは不利だ。
「とりあえず詫びるより自己紹介をしてください! いつまでも不審人物のままですよ!」
「そうだったな! わしは何を隠そう小説の執筆を生業としている神様だ!」
「…………は?」
「千代、ダメだこいつ。やっぱり倒そう」
「あーもう気持ちはわかるけど落ち着いて!」
頭が痛くなってきた。
話が進まなくてイライラしてくる。
私の顔の筋肉もひく、と動いているのがわかる。相当人相が悪くなっているに違いない。
その様子を見ていた自称作家の神様は慌てて手を忙しなく動かす。
「ほんとにわし神様なの! ここだって異空間だし、二人はわしの書いている物語のエキストラとして異世界トリップして物語進めてほしいと思って呼び出したわけ!」
「「はあっ⁉︎」」
「ひえっ」
声がハモった。
話が進まなくてイライラすると言った矢先、急に進み過ぎて唖然とする。
「二人ともさすが昔やんちゃしてただけあって迫力がすごいね…」
「賞賛はいいから詳細はよ」
「(百伽にとっては賞賛になるのか……)そうです。ちゃんと状況説明してください。社会人の基本ですよ」
「だからわし神様……あ。すみません説明します! とりあえず立ちっぱなしもなんだし座って!」
自称作家の神様が手を二回叩くと殺風景だった空間にいきなり高級そうなソファーと、温かい飲み物とお菓子が乗ったテーブル、そして大きなホワイトボードが現れる。
「どこから……こんな魔法みたいな……」
無意識に呟いた言葉に自称作家の神様はいたずらが成功した子供のように笑う。
「言ったでしょ。わし『神様』なんで」
確かにマジックと呼ぶには突飛過ぎて、一瞬で本物の神様なのかと信じそうになる。
いつの間にか布を巻いただけのような服装から、よく見慣れた赤色のジャージへと着替えている。
正直、神様にイメージするような神々しさなど感じられはしないが、本当の神様はきっと私達の常識など意に介さないだろう。
もし。
もしこの神様が本物で。
先程の話が本当だとしたら。
ソファーに百伽と並んで座り、さりげなく口元に手を当てて隠す。
小さい頃に憧れたこんな究極の『非日常』がやって来ようとは。
思わず口角が上がってしまうのだ。
ちら、と横目で百伽を見れば、隠すこともせず期待で目が輝いている。
同じようなことを考えているのかと思うと、吹き出してしまう。
百伽に肘で小突かれながら、ホワイトボードに何かを書き込む神様の背中を眺める。
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