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第五章 ヘケト
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ヘケトはそのゾクりとするほどの美貌をもって、僕たちをジロリと睨む。
その彼女の態度で分かった。
ここに人間がきてはいけないのだ。
「申し訳ありません。しかし狭間に迷い込んだ者たちでして、あのまま放置していたら」
「頭がおかしくなってしまうと?」
ヘケトがモジャモジャの言葉を引き継ぐ。
「はい。それに今の自分では彼らを人間の世界に帰すことができないため、こうして連れてきたしだいです」
あのモジャモジャが自分のことを我と言わないあたり、完全にヘケトの方が神としての格が上なのだろう。
目を瞑って話を聞いていたヘケトは立ち上がり、ため息を漏らす。
「またか……つい四、五〇年前だかにも、人間の男の子を連れてきていたはずだが……本当にお主は人間を呼び寄せるな」
怒りというよりも諦めといった様子で、モジャモジャに説教を開始した。
僕たちは後ろで聞いていたのだが、激しい言葉を使うというよりも、じりじりと綺麗な言葉で詰ってくるような、そんな物言いだ。
聞いていた美優がその独特な怖さから、僕の腕をきつく握って離さない程度には恐ろしい。
「まあ連れてきてしまったものは仕方ない」
三〇分ほど続いた説教が終わりを迎えると、ヘケトはゆっくりとした足取りで僕たちの前にやって来て片手をかざす。
何かされると思って目を瞑った僕の頭に、彼女の暖かい手が乗せられた。
「え……」
呆然とする僕と美優に向かって、ヘケトは柔和な笑顔を向けた。
「悪いがこの世界の決まりでね、ここに連れてきた神しか君たち人間を元の世界に帰すことができないんだ」
ヘケトは僕たちを優しく抱きしめる。
「だからこやつが帰すしかないのだが……ほとんど力を失っているのだろう?」
そうか。
だからモジャモジャはここにやって来たのだ。
ヘケトならこの世界のルールを破れると思って……。
「はい。申し訳ありません」
モジャモジャは深々と頭を下げる。
ヘケトはそれを見て困り顔だ。
「しかし、いくら私でも世界のルールなんて変えられないぞ?」
ヘケトは残念そうに告げる。
「そう……ですよね」
モジャモジャは深いため息を吐いて、頭を抱える。
あてが外れた神様の模範的なポーズだろう。
「だが一つだけ手がないこともない」
「なんですか!?」
モジャモジャの前に僕たちが声を張る。
このままここから帰れないと沈んでいたのだ。
どんな些細な手がかりでも欲しい。
「要するにそやつの力が戻れば問題ないのさ」
女神ヘケトはしれっと言い放つ。
それが出来れば苦労しないんだよ!
そんな心の声がモジャモジャから聞こえてきたような気がした。
そうなのだ。
苦労はない。
弱ったモジャモジャが、簡単に元気なモジャモジャに戻れるのなら、きっとここには来ていない。
自力では無理だと悟ったからこそ、彼はここにいるのだ。
「しかしどうすれば?」
モジャモジャは藁にも縋る想いでヘケトにしがみつく。
「鬱陶しい! くっつくな!」
ヘケトはモジャモジャを押しやると、再び腕を組み口を開く。
「お主も名前ぐらいは聞いたことがあるだろう? 紋章だよ。紋章。復活の紋章だ」
「紋章ですか?」
モジャモジャは聞いたことありませんと言わんばかりの顔をしている。
紋章とは一体なんだろうか?
家紋みたいなものか?
「もしやお主知らぬのか?」
ヘケトは呆れてため息を漏らす。
ヘケトの態度から推測するに、この世界では誰もが紋章とやらを知っているらしい。
「はい。初めて聞きました」
モジャモジャの答えに、今度はヘケトが頭を抱える番だった。
「まあでも仕方ないか。お主はもともと現世に縋る神だからな」
「現世に縋る?」
僕は聞きなれない単語に首をかしげる?
美優も同様でポカンとしている。
「神様には二種類いるのさ」
そう言いながらヘケトは玉座に腰を下ろした。
上品に足を組み、僕たちを見つめる。
女神というよりも女王様と呼ぶ方が正しい気がしてくる。
「一つは私のようにディオスワールドに住む神。もう一つはお前たち人間の世界に縋る神さ」
妙に引っかかる言い方だと思う。
やっぱりそうだ。
縋る神というのがいまいち分からない。
普通に人間の世界にいる神ではダメなのか?
「納得のいっていない様子だね坊や」
ヘケトは僕の心中を見透かしているようだ。
「だって、なんか縋るって言い方だとちょっと下に見てる感じがして」
素直に答える。
どうせ心の中まで読まれるかもしれないのだから、変な隠し事は逆効果だ。
「見下しているのさ。当然だよ」
ヘケトは当たり前のように答える。
聞いた瞬間に、僕は心の内が熱くなる感じがした。
なぜだろうか?
まだ会ったばかりのモジャモジャを悪く言われた気がして、無性に腹が立った。
「抑えて!」
美優が僕の手を握りながら耳元でささやく。
抑えてだって?
分かってるさそんなこと!
「当たり前なんだよ君たち」
僕が口を開きかけた時、モジャモジャが話に割って入る。
「当たり前なんだ。自立できる神と自立できない神のあいだには途方もないほどの差があるのさ」
モジャモジャは改まった様子で僕たちと向き合う。
庇ってくれたのだろう。
一度深呼吸をして気がついた。
あのまま僕が失礼なことを言わないように、モジャモジャはあえて割り込んできたのだ。
「お前たちに教えてやろう。ディオスワールドにいる神と、人間界に縋る神の違いを」
ヘケトは相変わらず玉座に腰掛けたまま、決して馬鹿にしている様子でもなく、当たり前であるかのように話し出した。
その彼女の態度で分かった。
ここに人間がきてはいけないのだ。
「申し訳ありません。しかし狭間に迷い込んだ者たちでして、あのまま放置していたら」
「頭がおかしくなってしまうと?」
ヘケトがモジャモジャの言葉を引き継ぐ。
「はい。それに今の自分では彼らを人間の世界に帰すことができないため、こうして連れてきたしだいです」
あのモジャモジャが自分のことを我と言わないあたり、完全にヘケトの方が神としての格が上なのだろう。
目を瞑って話を聞いていたヘケトは立ち上がり、ため息を漏らす。
「またか……つい四、五〇年前だかにも、人間の男の子を連れてきていたはずだが……本当にお主は人間を呼び寄せるな」
怒りというよりも諦めといった様子で、モジャモジャに説教を開始した。
僕たちは後ろで聞いていたのだが、激しい言葉を使うというよりも、じりじりと綺麗な言葉で詰ってくるような、そんな物言いだ。
聞いていた美優がその独特な怖さから、僕の腕をきつく握って離さない程度には恐ろしい。
「まあ連れてきてしまったものは仕方ない」
三〇分ほど続いた説教が終わりを迎えると、ヘケトはゆっくりとした足取りで僕たちの前にやって来て片手をかざす。
何かされると思って目を瞑った僕の頭に、彼女の暖かい手が乗せられた。
「え……」
呆然とする僕と美優に向かって、ヘケトは柔和な笑顔を向けた。
「悪いがこの世界の決まりでね、ここに連れてきた神しか君たち人間を元の世界に帰すことができないんだ」
ヘケトは僕たちを優しく抱きしめる。
「だからこやつが帰すしかないのだが……ほとんど力を失っているのだろう?」
そうか。
だからモジャモジャはここにやって来たのだ。
ヘケトならこの世界のルールを破れると思って……。
「はい。申し訳ありません」
モジャモジャは深々と頭を下げる。
ヘケトはそれを見て困り顔だ。
「しかし、いくら私でも世界のルールなんて変えられないぞ?」
ヘケトは残念そうに告げる。
「そう……ですよね」
モジャモジャは深いため息を吐いて、頭を抱える。
あてが外れた神様の模範的なポーズだろう。
「だが一つだけ手がないこともない」
「なんですか!?」
モジャモジャの前に僕たちが声を張る。
このままここから帰れないと沈んでいたのだ。
どんな些細な手がかりでも欲しい。
「要するにそやつの力が戻れば問題ないのさ」
女神ヘケトはしれっと言い放つ。
それが出来れば苦労しないんだよ!
そんな心の声がモジャモジャから聞こえてきたような気がした。
そうなのだ。
苦労はない。
弱ったモジャモジャが、簡単に元気なモジャモジャに戻れるのなら、きっとここには来ていない。
自力では無理だと悟ったからこそ、彼はここにいるのだ。
「しかしどうすれば?」
モジャモジャは藁にも縋る想いでヘケトにしがみつく。
「鬱陶しい! くっつくな!」
ヘケトはモジャモジャを押しやると、再び腕を組み口を開く。
「お主も名前ぐらいは聞いたことがあるだろう? 紋章だよ。紋章。復活の紋章だ」
「紋章ですか?」
モジャモジャは聞いたことありませんと言わんばかりの顔をしている。
紋章とは一体なんだろうか?
家紋みたいなものか?
「もしやお主知らぬのか?」
ヘケトは呆れてため息を漏らす。
ヘケトの態度から推測するに、この世界では誰もが紋章とやらを知っているらしい。
「はい。初めて聞きました」
モジャモジャの答えに、今度はヘケトが頭を抱える番だった。
「まあでも仕方ないか。お主はもともと現世に縋る神だからな」
「現世に縋る?」
僕は聞きなれない単語に首をかしげる?
美優も同様でポカンとしている。
「神様には二種類いるのさ」
そう言いながらヘケトは玉座に腰を下ろした。
上品に足を組み、僕たちを見つめる。
女神というよりも女王様と呼ぶ方が正しい気がしてくる。
「一つは私のようにディオスワールドに住む神。もう一つはお前たち人間の世界に縋る神さ」
妙に引っかかる言い方だと思う。
やっぱりそうだ。
縋る神というのがいまいち分からない。
普通に人間の世界にいる神ではダメなのか?
「納得のいっていない様子だね坊や」
ヘケトは僕の心中を見透かしているようだ。
「だって、なんか縋るって言い方だとちょっと下に見てる感じがして」
素直に答える。
どうせ心の中まで読まれるかもしれないのだから、変な隠し事は逆効果だ。
「見下しているのさ。当然だよ」
ヘケトは当たり前のように答える。
聞いた瞬間に、僕は心の内が熱くなる感じがした。
なぜだろうか?
まだ会ったばかりのモジャモジャを悪く言われた気がして、無性に腹が立った。
「抑えて!」
美優が僕の手を握りながら耳元でささやく。
抑えてだって?
分かってるさそんなこと!
「当たり前なんだよ君たち」
僕が口を開きかけた時、モジャモジャが話に割って入る。
「当たり前なんだ。自立できる神と自立できない神のあいだには途方もないほどの差があるのさ」
モジャモジャは改まった様子で僕たちと向き合う。
庇ってくれたのだろう。
一度深呼吸をして気がついた。
あのまま僕が失礼なことを言わないように、モジャモジャはあえて割り込んできたのだ。
「お前たちに教えてやろう。ディオスワールドにいる神と、人間界に縋る神の違いを」
ヘケトは相変わらず玉座に腰掛けたまま、決して馬鹿にしている様子でもなく、当たり前であるかのように話し出した。
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