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第三十六話 蒼汰の我儘と私の我儘
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朝比奈さんの件があってからここのところ、蒼汰の帰りが遅い。
いまは一月の下旬、仕事が忙しくなると言ってはいたが、それにしたって遅すぎる。
「アリサ、あんまり考え過ぎない方が良いんじゃないの?」
夜の十一時をまわっても帰ってこない蒼汰に、一人でヤキモキする私をみかねて、朱里がそんなことを言い出した。
考え過ぎる? 何を?
「私は別に何も……」
「いや、だって浮気を疑ってるって顔に書いてあるよ?」
「うそ!?」
私ってそんなに分かりやすかったっけ?
というか別に、浮気だけを疑っているわけではない。
単純に知りたいだけ。
こんな時間までメールもよこさずにどこをほっつき歩いているのかを。
「何をしてるのかな~って不思議に思っているだけで、別にそこまで浮気を疑っているわけじゃないよ?」
そうは言いつつも、やっぱり浮気の可能性も排除できない自分がいる。
一般的に見て、蒼汰がモテないはずがないのだ。
私を自由にできる前は余裕が無かったかもしれないが、今では余裕たっぷりのお金持ち。
顔もそこそこ整っている方だし、身長だって低くない。
年齢も三十三でちょうどモテそうな年齢、身なりもよくお金持ち。精神的な余裕もある。
モテない訳がないのだ。
先日、朝比奈さんの件でより思い知った。
彼が無条件で私を愛してくれるからといって、高を括ってはならない。
「あんまり強がっても虚しいよ?」
「グイグイ言ってくるね」
「後で後悔して欲しくないからね。じゃあ私は寝るね」
「おやすみ~」
朱里は早々に自室に入っていく。
いつもより早い。
もしかしたら私に気を使っているのかもしれない。
蒼汰が帰って来た時にしっかり話せるように。
うん、絶対そうだ。
明日は朱里は休みだし、普段なら午前三時ぐらいまで起きてるし……。
朱里が寝室に消えていってから、私はなんとなく部屋の掃除を始める。
何かをしていないと落ち着かないが、何かをするには集中できない状態なのだ。
なんだかんだ部屋を綺麗にしていると、玄関の鍵が開けられる音がした。
「お帰り!」
さっきまでのモヤモヤはどこへやら、私は急いで廊下を抜けていく。
玄関には、疲れ切った様子の蒼汰が座り込んでいた。
お酒の匂いもしないところをみると、これは本当に仕事で何かあったのだろう。
「何か仕事でトラブル?」
私は声をかけながら、ホッとする自分に気づく。
勝手に複雑な気持ちになりながら、蒼汰の上着を剥ぎ取る。
「いや、トラブルというか……調べものの成果が出たが、目的のものが見つからなかったって感じかな?」
蒼汰は疲れた様子で立ち上がり、お風呂に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見守りながら、彼は疲れているのではなくショックを受けているのだと思った。
そして嫌な予感が頭の中に浮上する。
彼の調べものと言えばあれに決まっている。
復讐だ。
復讐相手、アリサを殺した実行犯を探していたのだ。
だけど私は知っている。
前に朝比奈さんに聞いているので知っている。
実行犯はもうこの世にいない。
死刑囚を使って殺させているため、もうこの世にいないのだ。
「じゃあ今回の調査はそれが分かっただけ……」
私は一人リビングの椅子に座って呟いた。
シャワーの音を聞きながらボーっとしていると、少しずつ眠気がやってきた。
本来は眠くなるなんて機能無かったはずなのに、眠らなくても良かったはずなのに、最近はちゃんと眠くなる。
まるで人間みたい。
そんなどうしようもない感想を抱きながら、私は深い眠りへと落ちていった。
遠くの方でがやがやとした音が聞こえる。
これはテレビの音?
ああそうか、私は眠ってしまったんだ。
ゆっくりと体を起こして目を開けると、ソファーでくつろぎながらテレビを観ている蒼汰が視界に入った。
時計を見ると午前二時。
まあまあな時間眠っていたらしい。
「起きたかアリサ」
蒼汰は私に気づき立ち上がる。
「ごめん寝ちゃってた」
「別にいいさ」
蒼汰はそう言って私の隣の席に腰を下ろした。
ボディーソープの香りが鼻腔をくすぐる。
匂いを感じるだけで、私の中に色のイメージが湧く。
ここのところそんなんばかり。
相変わらずキャンバスに描き続けている私は、いつの間にか色に執着するようになっていた。
「きかないのか? なんの調査だったのか」
「どうせ復讐の話でしょ?」
「よくわかったね」
「だって仕事の内容に関しては、基本的に話そうとしないじゃない? そんな蒼汰が調査だなんて話してくるってことは、もう復讐の件ぐらいしかない」
私はペラペラと説明をして、蒼汰の目を見る。
「実行犯、死んでたでしょ?」
「やっぱり知ってたか。朝比奈さんだな?」
「うん。怒らないでよ?」
「怒るもんか」
蒼汰は静かに笑う。
きっと本当に彼は怒らないのだろう。
知ってて黙ってた私にも朝比奈さんにも、きっと彼は怒らない。
「ねえ蒼汰」
「なんだい?」
「まだ殺したい?」
私の質問に彼は俯く。
「前に言ったよね? 蒼汰が我儘を通すなら、私も我儘を通すって。あの時、蒼汰は復讐を遂げたいと言っていて、私はいなくなったアリサのフリをすると宣言した。でも私はもう蒼汰の望み通り、普通の女の子”アリサ”として生きている。私の言っている意味わかる?」
我ながらズルい言い方をするものだと感心する。
きっとアリサはこんな言い方はしないだろう。
これは完全に”私”が考えた言葉だ。
前に誓った、アリサのフリをする私はここにはいない。
「自分は我儘をやめたのだから、お前もやめろってことか……」
おそろしく自分勝手な理屈だが、蒼汰はそれでも否定しないだろう。
私の言いたいことはちゃんと伝わっている。
お互いに我儘をやめないか? という提案。
もっとシンプルに言えば、復讐なんて止めて欲しい。
「正直さ、ずっと迷ってたんだよね」
蒼汰は静かに語りだした。
いまは一月の下旬、仕事が忙しくなると言ってはいたが、それにしたって遅すぎる。
「アリサ、あんまり考え過ぎない方が良いんじゃないの?」
夜の十一時をまわっても帰ってこない蒼汰に、一人でヤキモキする私をみかねて、朱里がそんなことを言い出した。
考え過ぎる? 何を?
「私は別に何も……」
「いや、だって浮気を疑ってるって顔に書いてあるよ?」
「うそ!?」
私ってそんなに分かりやすかったっけ?
というか別に、浮気だけを疑っているわけではない。
単純に知りたいだけ。
こんな時間までメールもよこさずにどこをほっつき歩いているのかを。
「何をしてるのかな~って不思議に思っているだけで、別にそこまで浮気を疑っているわけじゃないよ?」
そうは言いつつも、やっぱり浮気の可能性も排除できない自分がいる。
一般的に見て、蒼汰がモテないはずがないのだ。
私を自由にできる前は余裕が無かったかもしれないが、今では余裕たっぷりのお金持ち。
顔もそこそこ整っている方だし、身長だって低くない。
年齢も三十三でちょうどモテそうな年齢、身なりもよくお金持ち。精神的な余裕もある。
モテない訳がないのだ。
先日、朝比奈さんの件でより思い知った。
彼が無条件で私を愛してくれるからといって、高を括ってはならない。
「あんまり強がっても虚しいよ?」
「グイグイ言ってくるね」
「後で後悔して欲しくないからね。じゃあ私は寝るね」
「おやすみ~」
朱里は早々に自室に入っていく。
いつもより早い。
もしかしたら私に気を使っているのかもしれない。
蒼汰が帰って来た時にしっかり話せるように。
うん、絶対そうだ。
明日は朱里は休みだし、普段なら午前三時ぐらいまで起きてるし……。
朱里が寝室に消えていってから、私はなんとなく部屋の掃除を始める。
何かをしていないと落ち着かないが、何かをするには集中できない状態なのだ。
なんだかんだ部屋を綺麗にしていると、玄関の鍵が開けられる音がした。
「お帰り!」
さっきまでのモヤモヤはどこへやら、私は急いで廊下を抜けていく。
玄関には、疲れ切った様子の蒼汰が座り込んでいた。
お酒の匂いもしないところをみると、これは本当に仕事で何かあったのだろう。
「何か仕事でトラブル?」
私は声をかけながら、ホッとする自分に気づく。
勝手に複雑な気持ちになりながら、蒼汰の上着を剥ぎ取る。
「いや、トラブルというか……調べものの成果が出たが、目的のものが見つからなかったって感じかな?」
蒼汰は疲れた様子で立ち上がり、お風呂に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見守りながら、彼は疲れているのではなくショックを受けているのだと思った。
そして嫌な予感が頭の中に浮上する。
彼の調べものと言えばあれに決まっている。
復讐だ。
復讐相手、アリサを殺した実行犯を探していたのだ。
だけど私は知っている。
前に朝比奈さんに聞いているので知っている。
実行犯はもうこの世にいない。
死刑囚を使って殺させているため、もうこの世にいないのだ。
「じゃあ今回の調査はそれが分かっただけ……」
私は一人リビングの椅子に座って呟いた。
シャワーの音を聞きながらボーっとしていると、少しずつ眠気がやってきた。
本来は眠くなるなんて機能無かったはずなのに、眠らなくても良かったはずなのに、最近はちゃんと眠くなる。
まるで人間みたい。
そんなどうしようもない感想を抱きながら、私は深い眠りへと落ちていった。
遠くの方でがやがやとした音が聞こえる。
これはテレビの音?
ああそうか、私は眠ってしまったんだ。
ゆっくりと体を起こして目を開けると、ソファーでくつろぎながらテレビを観ている蒼汰が視界に入った。
時計を見ると午前二時。
まあまあな時間眠っていたらしい。
「起きたかアリサ」
蒼汰は私に気づき立ち上がる。
「ごめん寝ちゃってた」
「別にいいさ」
蒼汰はそう言って私の隣の席に腰を下ろした。
ボディーソープの香りが鼻腔をくすぐる。
匂いを感じるだけで、私の中に色のイメージが湧く。
ここのところそんなんばかり。
相変わらずキャンバスに描き続けている私は、いつの間にか色に執着するようになっていた。
「きかないのか? なんの調査だったのか」
「どうせ復讐の話でしょ?」
「よくわかったね」
「だって仕事の内容に関しては、基本的に話そうとしないじゃない? そんな蒼汰が調査だなんて話してくるってことは、もう復讐の件ぐらいしかない」
私はペラペラと説明をして、蒼汰の目を見る。
「実行犯、死んでたでしょ?」
「やっぱり知ってたか。朝比奈さんだな?」
「うん。怒らないでよ?」
「怒るもんか」
蒼汰は静かに笑う。
きっと本当に彼は怒らないのだろう。
知ってて黙ってた私にも朝比奈さんにも、きっと彼は怒らない。
「ねえ蒼汰」
「なんだい?」
「まだ殺したい?」
私の質問に彼は俯く。
「前に言ったよね? 蒼汰が我儘を通すなら、私も我儘を通すって。あの時、蒼汰は復讐を遂げたいと言っていて、私はいなくなったアリサのフリをすると宣言した。でも私はもう蒼汰の望み通り、普通の女の子”アリサ”として生きている。私の言っている意味わかる?」
我ながらズルい言い方をするものだと感心する。
きっとアリサはこんな言い方はしないだろう。
これは完全に”私”が考えた言葉だ。
前に誓った、アリサのフリをする私はここにはいない。
「自分は我儘をやめたのだから、お前もやめろってことか……」
おそろしく自分勝手な理屈だが、蒼汰はそれでも否定しないだろう。
私の言いたいことはちゃんと伝わっている。
お互いに我儘をやめないか? という提案。
もっとシンプルに言えば、復讐なんて止めて欲しい。
「正直さ、ずっと迷ってたんだよね」
蒼汰は静かに語りだした。
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