上 下
30 / 40

第三十話 自分だけの意思

しおりを挟む
 クリスマスが過ぎて約一週間。
 世間は年末と呼ばれる一年の締めくくりをむかえていた。
 当然、影井家でもそれは同様で、各々荷物の整理だったりなんだったりをこなしている。
 しかしながら、着の身着のままこの家にやってきた私に整理するほどの私物などなく、ただ私はバタバタする二人を眺めながらキャンバスに絵を描くのだ。

 先週のクリスマスの時に宣言した通り、私は絵を描き始めた。
 あの日見たイルミネーションや幸せな我が家の様子を、キチンと自分の手で表現したくなった。
 聞けば、アリサに絵を描く趣味は無かったそうで、絵を描くという行為は、私にとって初めて自分で見つけたやりたい事になった。
 
 いま私がキャンバスに描いているのは、クリスマスパーティーの時の絵だ。
 今まででもっとも輝かしく部屋が飾り付けられ、蒼汰と朱里の笑顔が溢れた瞬間。
 私のメモリーの中にあるあの光景を、より美しく鮮やかに描き上げるのが楽しみになっていた。

「良いな~アリサは荷物が少ないから」
「普段から整理しとけばいいのに。蒼汰は自業自得だよ? 気になったものとか、私に似合いそうなものを片っ端から買ってくるんだから」

 そうなのだ。
 蒼汰の荷物の大半は、私への贈り物。
 物はいらないとずっと断っているのだけれど、何回言っても買ってくる癖が治らない。
 あらためて彼の私への執着の強さを感じる日々。
 朱里もほとんど呆れた様子でそんな蒼汰を見ていた。

「なあアリサ」
「なに?」
「俺たちって、うまくいっているのかな? このまま平穏に過ごしていても良いのかな?」

 蒼汰は真剣な表情で私に尋ねてきた。
 このままで良いのか?
 つまり彼にとって、いまが幸せということなのだろうか?

「蒼汰は……いま幸せ?」

 私は真っすぐ彼の目を見て尋ねる。
 だって今まで、このまま過ごしていていいのかななんて言葉、彼から聞いたことがなかった。
 いつだって彼の中には復讐がチラついていた。
 だからこそ尋ねたのだ。
 彼がいま幸せなら、このまま私たちと一緒に暮らすべきだ。

「ああ、幸せだよ。良いのかなって思うくらい幸せだ」

 蒼汰は憑き物のとれたような表情で真っすぐ私を見る。
 この言葉に嘘はない。
 彼はいま心から幸せだと思えているのだ。
 だったらそのいまを大切にしたい。

「じゃあ良いじゃない。このまま三人で幸せに過ごそうよ」

 私はそう提案した。
 蒼汰も朱里も、普通の人間の幸せからはほど遠い人生を歩んできた。
 私なんて人間ですらない。
 そんな歪な三人が、たまたま同じ屋根の下で家族のように暮らし、幸せだと感じることができているのだ。
 こんな奇跡は中々ない。

「……そうだよな。良いんだよな?」

 蒼汰の声は小さくて、まるでもういなくなった誰かに問うように、呟くように繰り返す。
 いまはまだ核心を突かないでおこう。
 きっと彼の中でも心境の変化は訪れている。
 徐々にだが確実に……。

「だからさっさとかたづけてよ。年越しそばでも食べよう」


 私は蒼汰の背中を叩いて私の部屋から追い出す。
 そのまま私は続きの絵を描きだした。
 もうじき完成する。
 年内に披露しようと思ったら、あと十時間もない。
 今年は今日で終わってしまうのだから。

「ちょっと買い物行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」

 朱里は蒼汰を引き連れて買い物に出かけて行った。
 いつの間にか二人だけで出かけたりもするようになっている。
 本当の家族のようになってきていて、私は嬉しく思う。
 
 静かになった我が家で、私はひたすらに筆を走らせる。
 真っ白だったキャンバスはもうほとんどできあがっている。
 私の中のメモリーを忠実に描き出し、さらにそこに色を足していく。
 
 描きたいのは理想の家族の姿。
 いまの家族を思う気持ちと、それを描きたいという気持ちは、確実に自分だけの意思なのだ。
 アリサの思考パターンでもなければ、彼女のマネをしようとして出てきた感情ではない。
 これは私だけの、影井アリサだけの意思なんだ。


 朱里たちが買い物に出かけて帰ってきたあたりで、私のキャンバスは完成した。
 記念すべきキャンバス第一号。
 テーマは幸せな家族。
 
「見てくれるかな?」

 年越しそばの準備をしていた二人に声をかける。
 キャンバスに布をかぶせて隠した状態でリビングに持って行き、二人が席に座ったのを確認して一息に布を取り払う。

「……凄い!」

 蒼汰と朱里の声が重なる。
 披露した絵は、クリスマスパーティーで二人が楽しそうに笑っている絵。
 部屋の至る所にクリスマスっぽい小物が散らばり、それらが楽しい雰囲気をより演出してくれている。

「テーマは家族!」

 私は堂々と発表する。
 今年の集大成。
 私が人権を得て自由になった最初の一年。
 その結果手に入れたのが、心から幸せな家族だった。

「でもこれ、アリサが映ってないじゃないか!」

 蒼汰が不服そうに指摘する。
 言われて気づく。
 確かに私がいない。

「だって私のメモリーから描いてるんだから、仕方ないじゃん」
「いやダメだ。家族というテーマなら、なおさらアリサもいなくちゃ!」

 蒼汰は中々認めない。
 でもそっか。
 別に絵は創作物だ。
 写真じゃない。
 私がいなければ足せばよかっただけなのに、私は何故かそうしなかった。
 一体なぜだろうか?
 
「ねえアリサ。もしかして、まだどこかで遠慮してる?」

 朱里が指摘する。
 遠慮している? 私が? 何に?

「遠慮?」
「そう。なんとなくだけど、アリサと一緒にいるとたまに感じるんだ。自分が人間ではないという部分に、まだどこかで後ろめたさを感じてるんじゃないかって」

 朱里の言葉を聞いて、私は軽くフリーズしてしまった。
 そうか、そうなのか。
 そうかもしれない。
 私はいつもどこかで、心の奥底で、自分の心にブレーキをかけていた気がする。
 幸せに笑う資格なんてないのではないかと、ずっとどこかで潜在的に思っていたのかもしれない。

「うん。朱里の言う通りかもしれない。私は私の家族に自分を含めていなかったのかも……年が明けてからもう一回描くよ。今度は私も入れてね」
「じゃあ素材の写真でも撮ろうか!」

 蒼汰はそう言ってカメラを持ち出し、タイマーを設定して席に着く。
 今度は私も一緒。
 朱里と蒼汰に挟まれた私は、自然と笑みを浮かべてピースをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

ハムスター父さん

東城
ライト文芸
14歳の誕生日にキンクマハムスターを買ってもらった。 びっくり仰天!! 中年ゴミくずニートが転生した人間の言葉を話すハムスターだった。太々しくて口の悪いハムスターだが実はいい奴で、でもダメなポンコツだった。交流を続けていくにつれハムスターは父親のような存在になっていった。 母子家庭の少年と元人間のハムスターオジサンのヒューマンドラマ。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

結婚までの120日~結婚式が決まっているのに前途は見えない~【完結】

まぁ
恋愛
イケメン好き&イケオジ好き集まれ~♡ 泣いたあとには愛されましょう☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ 優しさと思いやりは異なるもの…とても深い、大人の心の奥に響く読み物。 6月の結婚式を予約した私たちはバレンタインデーに喧嘩した 今までなら喧嘩になんてならなかったようなことだよ… 結婚式はキャンセル?予定通り?それとも…彼が私以外の誰かと結婚したり 逆に私が彼以外の誰かと結婚する…そんな可能性もあるのかな… バレンタインデーから結婚式まで120日…どうなっちゃうの?? お話はフィクションであり作者の妄想です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...