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第二十九話 パーティーとキャンバス

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 自宅に戻った私と朱里は、ショッピングモールから送られてきた荷物を受け取り、早速飾りつけに取り掛かる。
 真っ先に完成させたのは小型のクリスマスツリー。
 小型と言いつつも朱里の背丈程度は余裕である。
 謎の球体をツリーの枝に差し込んでいき、頂上から下に向かって金と銀のレースをマフラーのように巻きつけ、ぴかぴか光る電球が無数についたコードを同じ要領で巻きつける。
 さらにてっぺんに星をかぶせれば完成だ。
 
 背丈の問題で私がクリスマスツリーを完成させている間に、朱里がクリスマスっぽい小物を部屋中に配置していく。
 そうして完成した我らが住処は、普段の質素さからは想像もつかないほど華々しく輝いていた。
 クリスマスツリーの足元にはプレゼントが置かれ、壁のいたるところに星やらなにやら、とりあえず光に反射するものを貼り付け、テレビの脇にはガラスでできた小さなクリスマスっぽい家が中の電球で輝く。

 あとは料理だけ!

「とりあえず買ってきた食材を確認しよう」

 朱里がそう言って買ってきた食材を並べる。
 
「えっと……」
「ちょっと無計画すぎたかな?」

 食材を並べて気づく。
 テンションが異様に高かった影響か、目についた美味しそうな食材を片っ端からカゴに放り込んでいった結果、なんでも作れるけれど何を作ればいいか分からない食材たちが目の前に並んでいる。
 クリスマスっぽいのはもちろん、中華も和食も、なんならフレンチまでいけそうなラインナップ。
 しかし悲しいかな、調理できる人がいない。

「何を作ろうか?」
「まずは何が作れるかで選んだ方がいいかも」

 朱里は冷静に使わない食材を冷蔵庫にしまっていく。
 彼女の言う通り、とりあえず作れるものから手をつけなくては何も始まらない。

「それじゃあ手分けして作ろうか!」
「うん!」

 私たち二人で作れるものは作り出し、分からないものは調べながら調理をした。
 幸いクリスマスっぽいものは、温めてテーブルに並べれば完成するものが多かったので助かった。

 試行錯誤の末、ようやくできあがったのは想像通りのパーティーメニューの数々だった。
 テーブルの中央には巨大なチキン(レンジでチン)がそびえ立ち、そのチキンを挟むようにオードブルとサラダの大皿が並び、さらにキッチンには大鍋のシチューが出番を待っている。
 おまけに冷蔵庫にはクリスマスケーキ。
 うん、完璧。
 これぞクリスマス!
 何かに保存したいくらい……。

「ただいま」
「おかえり!」

 なんとも素晴らしいタイミングで蒼汰が帰宅。
 リビングに入ってきた蒼汰が目を丸くする。
 
「すごいでしょ! 私たちで用意したんだよ!」

 私は胸を張って蒼汰の反応を待つ。
 目を丸くしたままの蒼汰は、しばし唖然としたのち、目尻がじんわりと濡れだした。

 ちょっと? なんで泣くの?
 何かやってはいけないことをしてしまったのだろうか?

 朱里を見ると、慌てふためく私とは対照的に、冷静な目で蒼汰を観察している。
 彼女は蒼汰が泣き出した理由を知っていそうだ。

「ごめん二人とも、ちょっと待ってくれるか?」

 蒼汰がそんなことを言うのは初めてで、私は思わず頷く。
 時間にして数秒だったと思うけれど、部屋中を涙を流しながら眺めていた蒼汰を見ているあいだ、私の中で今までに無かった感情が芽生えたのを自覚した。
 この感情はなんだろうか?
 心の内がじんわりと暖かくなるこの感覚。

「二人ともありがとう。こうして家族でクリスマスを楽しむなんて、ずっとしてこなかったから……」

 子供の頃はしていたのだろう。
 だけど大人になってから、特にアリサを失ってから、彼の中にこうしたイベントは存在しなくなったに違いない。
 本人から直接聞かなくてもそれぐらいは分かる。
 
 アリサを失って、自殺防止プログラムに没頭してきた十年間。
 おそらく人間性を捨てて頑張ってきたはずだ。
 走り続けてきたはずだ。
 望まなくても、彼が発表して実践している自殺防止プログラムは、国を支えるほどのシステムとなった。
 動機の半分は私を作り出すためだったとしても、それでも残りの半分は国を良くしたいという気持ちなのは間違いないのだ。
 
 そんな彼を癒す存在など、きっといなかったに違いない。
 私を作り上げてからも、長いこと会わないようにしてきた彼の忍耐強さは尊敬に値する。

「じゃあ早速食べようか!」

 朱里が空気を変えるように宣言し、私たちはパーティーを開始した。

 二人が食べ始めた頃、私は胸がいっぱいになるのを感じた。
 なんだこれは?
 これも今まで感じたことのない感覚。
 どこかの故障だろうか?

「アリサ、どうした?」

 蒼汰がいち早く私の異変に気づく。

「なんか胸が苦しいというかなんというか……変な感じなんだよね」

 私の説明を聞いてキョトンとした様子の二人だったが、やがて二人そろって笑い出した。

「ちょっと! 私は真剣なんだけど?」
「ああごめんねアリサ。それってたぶん”幸せ”ってことなんじゃないかな?」

 朱里がさらっと答えた。
 幸せ? これが幸せ?
 
「幸せ……。この胸が詰まった感じが? ずっと見ていたいという気持ちが? 愛おしく思えるこの気持ちが幸せ?」

 私の問いかけに二人は黙って頷く。
 
 そっか……これが幸せなんだ。
 データでは知りようのない感情。
 アリサの思考パターンでも手に入らなかった感覚。
 私に欠けていたもの……。
 
「私、この様子を記録に残したい」

 気づけば呟いていた。
 初めてだと思う。
 この光景を残したいと願ったのは。
 普段は、もちろんいまだって、私の記憶メモリーに保管はされ続けている。
 だけど違うんだ。
 もっとアナログな方法で残したくなった。
 この気持ちを、この輝いて見えるこの光景を、何かで……。

「じゃあアリサ、絵を描くなんてどうかな?」

 蒼汰は簡単そうに提案する。
 絵を描く?
 私が? AIの私が絵を描く?
 
 少し考える。
 だけど自然とやりたいと思う気持ちが強くなっていた。
 私は絵を描きたい。
 いま私の中にあるこのメモリーを出力したい。
 脚色して、色を加えて出力したい!

「描いてみる! 絵を描いてみる!」

 私はそう宣言して、チキンを口いっぱいに放り込んだ。
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