29 / 40
第二十九話 パーティーとキャンバス
しおりを挟む
自宅に戻った私と朱里は、ショッピングモールから送られてきた荷物を受け取り、早速飾りつけに取り掛かる。
真っ先に完成させたのは小型のクリスマスツリー。
小型と言いつつも朱里の背丈程度は余裕である。
謎の球体をツリーの枝に差し込んでいき、頂上から下に向かって金と銀のレースをマフラーのように巻きつけ、ぴかぴか光る電球が無数についたコードを同じ要領で巻きつける。
さらにてっぺんに星をかぶせれば完成だ。
背丈の問題で私がクリスマスツリーを完成させている間に、朱里がクリスマスっぽい小物を部屋中に配置していく。
そうして完成した我らが住処は、普段の質素さからは想像もつかないほど華々しく輝いていた。
クリスマスツリーの足元にはプレゼントが置かれ、壁のいたるところに星やらなにやら、とりあえず光に反射するものを貼り付け、テレビの脇にはガラスでできた小さなクリスマスっぽい家が中の電球で輝く。
あとは料理だけ!
「とりあえず買ってきた食材を確認しよう」
朱里がそう言って買ってきた食材を並べる。
「えっと……」
「ちょっと無計画すぎたかな?」
食材を並べて気づく。
テンションが異様に高かった影響か、目についた美味しそうな食材を片っ端からカゴに放り込んでいった結果、なんでも作れるけれど何を作ればいいか分からない食材たちが目の前に並んでいる。
クリスマスっぽいのはもちろん、中華も和食も、なんならフレンチまでいけそうなラインナップ。
しかし悲しいかな、調理できる人がいない。
「何を作ろうか?」
「まずは何が作れるかで選んだ方がいいかも」
朱里は冷静に使わない食材を冷蔵庫にしまっていく。
彼女の言う通り、とりあえず作れるものから手をつけなくては何も始まらない。
「それじゃあ手分けして作ろうか!」
「うん!」
私たち二人で作れるものは作り出し、分からないものは調べながら調理をした。
幸いクリスマスっぽいものは、温めてテーブルに並べれば完成するものが多かったので助かった。
試行錯誤の末、ようやくできあがったのは想像通りのパーティーメニューの数々だった。
テーブルの中央には巨大なチキン(レンジでチン)がそびえ立ち、そのチキンを挟むようにオードブルとサラダの大皿が並び、さらにキッチンには大鍋のシチューが出番を待っている。
おまけに冷蔵庫にはクリスマスケーキ。
うん、完璧。
これぞクリスマス!
何かに保存したいくらい……。
「ただいま」
「おかえり!」
なんとも素晴らしいタイミングで蒼汰が帰宅。
リビングに入ってきた蒼汰が目を丸くする。
「すごいでしょ! 私たちで用意したんだよ!」
私は胸を張って蒼汰の反応を待つ。
目を丸くしたままの蒼汰は、しばし唖然としたのち、目尻がじんわりと濡れだした。
ちょっと? なんで泣くの?
何かやってはいけないことをしてしまったのだろうか?
朱里を見ると、慌てふためく私とは対照的に、冷静な目で蒼汰を観察している。
彼女は蒼汰が泣き出した理由を知っていそうだ。
「ごめん二人とも、ちょっと待ってくれるか?」
蒼汰がそんなことを言うのは初めてで、私は思わず頷く。
時間にして数秒だったと思うけれど、部屋中を涙を流しながら眺めていた蒼汰を見ているあいだ、私の中で今までに無かった感情が芽生えたのを自覚した。
この感情はなんだろうか?
心の内がじんわりと暖かくなるこの感覚。
「二人ともありがとう。こうして家族でクリスマスを楽しむなんて、ずっとしてこなかったから……」
子供の頃はしていたのだろう。
だけど大人になってから、特にアリサを失ってから、彼の中にこうしたイベントは存在しなくなったに違いない。
本人から直接聞かなくてもそれぐらいは分かる。
アリサを失って、自殺防止プログラムに没頭してきた十年間。
おそらく人間性を捨てて頑張ってきたはずだ。
走り続けてきたはずだ。
望まなくても、彼が発表して実践している自殺防止プログラムは、国を支えるほどのシステムとなった。
動機の半分は私を作り出すためだったとしても、それでも残りの半分は国を良くしたいという気持ちなのは間違いないのだ。
そんな彼を癒す存在など、きっといなかったに違いない。
私を作り上げてからも、長いこと会わないようにしてきた彼の忍耐強さは尊敬に値する。
「じゃあ早速食べようか!」
朱里が空気を変えるように宣言し、私たちはパーティーを開始した。
二人が食べ始めた頃、私は胸がいっぱいになるのを感じた。
なんだこれは?
これも今まで感じたことのない感覚。
どこかの故障だろうか?
「アリサ、どうした?」
蒼汰がいち早く私の異変に気づく。
「なんか胸が苦しいというかなんというか……変な感じなんだよね」
私の説明を聞いてキョトンとした様子の二人だったが、やがて二人そろって笑い出した。
「ちょっと! 私は真剣なんだけど?」
「ああごめんねアリサ。それってたぶん”幸せ”ってことなんじゃないかな?」
朱里がさらっと答えた。
幸せ? これが幸せ?
「幸せ……。この胸が詰まった感じが? ずっと見ていたいという気持ちが? 愛おしく思えるこの気持ちが幸せ?」
私の問いかけに二人は黙って頷く。
そっか……これが幸せなんだ。
データでは知りようのない感情。
アリサの思考パターンでも手に入らなかった感覚。
私に欠けていたもの……。
「私、この様子を記録に残したい」
気づけば呟いていた。
初めてだと思う。
この光景を残したいと願ったのは。
普段は、もちろんいまだって、私の記憶メモリーに保管はされ続けている。
だけど違うんだ。
もっとアナログな方法で残したくなった。
この気持ちを、この輝いて見えるこの光景を、何かで……。
「じゃあアリサ、絵を描くなんてどうかな?」
蒼汰は簡単そうに提案する。
絵を描く?
私が? AIの私が絵を描く?
少し考える。
だけど自然とやりたいと思う気持ちが強くなっていた。
私は絵を描きたい。
いま私の中にあるこのメモリーを出力したい。
脚色して、色を加えて出力したい!
「描いてみる! 絵を描いてみる!」
私はそう宣言して、チキンを口いっぱいに放り込んだ。
真っ先に完成させたのは小型のクリスマスツリー。
小型と言いつつも朱里の背丈程度は余裕である。
謎の球体をツリーの枝に差し込んでいき、頂上から下に向かって金と銀のレースをマフラーのように巻きつけ、ぴかぴか光る電球が無数についたコードを同じ要領で巻きつける。
さらにてっぺんに星をかぶせれば完成だ。
背丈の問題で私がクリスマスツリーを完成させている間に、朱里がクリスマスっぽい小物を部屋中に配置していく。
そうして完成した我らが住処は、普段の質素さからは想像もつかないほど華々しく輝いていた。
クリスマスツリーの足元にはプレゼントが置かれ、壁のいたるところに星やらなにやら、とりあえず光に反射するものを貼り付け、テレビの脇にはガラスでできた小さなクリスマスっぽい家が中の電球で輝く。
あとは料理だけ!
「とりあえず買ってきた食材を確認しよう」
朱里がそう言って買ってきた食材を並べる。
「えっと……」
「ちょっと無計画すぎたかな?」
食材を並べて気づく。
テンションが異様に高かった影響か、目についた美味しそうな食材を片っ端からカゴに放り込んでいった結果、なんでも作れるけれど何を作ればいいか分からない食材たちが目の前に並んでいる。
クリスマスっぽいのはもちろん、中華も和食も、なんならフレンチまでいけそうなラインナップ。
しかし悲しいかな、調理できる人がいない。
「何を作ろうか?」
「まずは何が作れるかで選んだ方がいいかも」
朱里は冷静に使わない食材を冷蔵庫にしまっていく。
彼女の言う通り、とりあえず作れるものから手をつけなくては何も始まらない。
「それじゃあ手分けして作ろうか!」
「うん!」
私たち二人で作れるものは作り出し、分からないものは調べながら調理をした。
幸いクリスマスっぽいものは、温めてテーブルに並べれば完成するものが多かったので助かった。
試行錯誤の末、ようやくできあがったのは想像通りのパーティーメニューの数々だった。
テーブルの中央には巨大なチキン(レンジでチン)がそびえ立ち、そのチキンを挟むようにオードブルとサラダの大皿が並び、さらにキッチンには大鍋のシチューが出番を待っている。
おまけに冷蔵庫にはクリスマスケーキ。
うん、完璧。
これぞクリスマス!
何かに保存したいくらい……。
「ただいま」
「おかえり!」
なんとも素晴らしいタイミングで蒼汰が帰宅。
リビングに入ってきた蒼汰が目を丸くする。
「すごいでしょ! 私たちで用意したんだよ!」
私は胸を張って蒼汰の反応を待つ。
目を丸くしたままの蒼汰は、しばし唖然としたのち、目尻がじんわりと濡れだした。
ちょっと? なんで泣くの?
何かやってはいけないことをしてしまったのだろうか?
朱里を見ると、慌てふためく私とは対照的に、冷静な目で蒼汰を観察している。
彼女は蒼汰が泣き出した理由を知っていそうだ。
「ごめん二人とも、ちょっと待ってくれるか?」
蒼汰がそんなことを言うのは初めてで、私は思わず頷く。
時間にして数秒だったと思うけれど、部屋中を涙を流しながら眺めていた蒼汰を見ているあいだ、私の中で今までに無かった感情が芽生えたのを自覚した。
この感情はなんだろうか?
心の内がじんわりと暖かくなるこの感覚。
「二人ともありがとう。こうして家族でクリスマスを楽しむなんて、ずっとしてこなかったから……」
子供の頃はしていたのだろう。
だけど大人になってから、特にアリサを失ってから、彼の中にこうしたイベントは存在しなくなったに違いない。
本人から直接聞かなくてもそれぐらいは分かる。
アリサを失って、自殺防止プログラムに没頭してきた十年間。
おそらく人間性を捨てて頑張ってきたはずだ。
走り続けてきたはずだ。
望まなくても、彼が発表して実践している自殺防止プログラムは、国を支えるほどのシステムとなった。
動機の半分は私を作り出すためだったとしても、それでも残りの半分は国を良くしたいという気持ちなのは間違いないのだ。
そんな彼を癒す存在など、きっといなかったに違いない。
私を作り上げてからも、長いこと会わないようにしてきた彼の忍耐強さは尊敬に値する。
「じゃあ早速食べようか!」
朱里が空気を変えるように宣言し、私たちはパーティーを開始した。
二人が食べ始めた頃、私は胸がいっぱいになるのを感じた。
なんだこれは?
これも今まで感じたことのない感覚。
どこかの故障だろうか?
「アリサ、どうした?」
蒼汰がいち早く私の異変に気づく。
「なんか胸が苦しいというかなんというか……変な感じなんだよね」
私の説明を聞いてキョトンとした様子の二人だったが、やがて二人そろって笑い出した。
「ちょっと! 私は真剣なんだけど?」
「ああごめんねアリサ。それってたぶん”幸せ”ってことなんじゃないかな?」
朱里がさらっと答えた。
幸せ? これが幸せ?
「幸せ……。この胸が詰まった感じが? ずっと見ていたいという気持ちが? 愛おしく思えるこの気持ちが幸せ?」
私の問いかけに二人は黙って頷く。
そっか……これが幸せなんだ。
データでは知りようのない感情。
アリサの思考パターンでも手に入らなかった感覚。
私に欠けていたもの……。
「私、この様子を記録に残したい」
気づけば呟いていた。
初めてだと思う。
この光景を残したいと願ったのは。
普段は、もちろんいまだって、私の記憶メモリーに保管はされ続けている。
だけど違うんだ。
もっとアナログな方法で残したくなった。
この気持ちを、この輝いて見えるこの光景を、何かで……。
「じゃあアリサ、絵を描くなんてどうかな?」
蒼汰は簡単そうに提案する。
絵を描く?
私が? AIの私が絵を描く?
少し考える。
だけど自然とやりたいと思う気持ちが強くなっていた。
私は絵を描きたい。
いま私の中にあるこのメモリーを出力したい。
脚色して、色を加えて出力したい!
「描いてみる! 絵を描いてみる!」
私はそう宣言して、チキンを口いっぱいに放り込んだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜
泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ
×
島内亮介28歳 営業部のエース
******************
繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。
亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。
会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。
彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。
ずっと眠れないと打ち明けた奈月に
「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。
「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」
そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後……
******************
クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^)
他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️
九尾の狐、監禁しました
八神響
ライト文芸
男はとある妖怪を探していた。
その妖怪の存在が男の人生を大きく変えたからだ。
妖怪を見つけて初めに言う言葉はもう決めてある。
そして大学4回生になる前の春休み、とうとう男は目当ての妖怪と出会う。
元陰陽師の大学生、大黒真が九尾の狐、ハクを監禁して(一方的に)愛を深めていく話。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
花筏に沈む恋とぬいぐるみ
蝶野ともえ
ライト文芸
橋の上からクマのぬいぐるみが落とされた。
それを見た瞬間に、花(はな)は川に花筏が浮かぶ橋に飛び込んでいた。
橋からぬいぐるみを落としたのは、ぬいぐるみ作家の凛(りん)という男性だった。
それは花が探していた人物であった。
「四十九日の奇」が花と凛の出会いを生んだ。
ミステリアスな凛とぬいぐるみ。綺麗なものが嫌いだという花は、彼らの素朴な優しさと穏やかさにひかれていくが、凛には大きな秘密があって。
死後49日だけ現世に表れる奇跡が起こる世界のお話。
乙瀬 花(おつせ はな) 23歳 綺麗なものが大嫌いでお金が大切。今は仕事を休んでいるが、高級ブランドone sinで働く事が決まっている。家で見つけたぬいぐるみについて調べるために、凛の店を探していた。
神谷 凛(かみや りん) 32歳。ぬいぐるみ店「花浜匙」の店員。明るい性格で、人懐っこい。
クマ様 花浜匙で作られたクマのテディベア。服にこだわりがある。落ち着いていて、ミステリアス。
猫スタ募集中!(=^・・^=)
五十鈴りく
ライト文芸
僕には動物と話せるという特技がある。この特技をいかして、猫カフェをオープンすることにした。というわけで、一緒に働いてくれる猫スタッフを募集すると、噂を聞きつけた猫たちが僕のもとにやってくる。僕はそんな猫たちからここへ来た経緯を聞くのだけれど――
※小説家になろう様にも掲載させて頂いております。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる