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第十七話 自我
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「アリサ、今日は一緒に来てくれるか?」
寝室を出た私を蒼汰が誘う。
彼はこれから仕事のはず。どうして私を誘う?
「別に良いけどどうしたの?」
「今日はね、国のお偉いさんとの話し合いなんだけど、相手方がどうしてもアリサを見たいんだそうだ」
蒼汰はどこか浮かない顔。
あんまり私を会わせたくないのだろう。
でもどうして国のお偉いさんが、私なんかに会いたがる?
自立したAIは珍しいのだろうか?
それとも、蒼汰が必死になってまで人権を獲得したAIが気になるのか?
どっちにしろあまりいい気分にはならない。
「私なんて見たって面白くもなんともないでしょうに」
「そうなんだよな~。それにできれば俺以外の異性の目に触れて欲しくない」
「気持ち悪いよ?」
流石に独占欲が強すぎないだろうか?
まあでも私が自分でアリサを演じると宣言した手前、彼女に対する束縛だと思えば納得もできるというもの……いやいや、仮に彼氏彼女の関係でも行き過ぎでは?
「ストレートな悪口は心にくるな……」
「悪口というより事実なんだけど?」
もしも本当に死んだアリサにもこんな状態だったとしたら、彼女が死ななくても愛想を尽かされていた可能性が高いと思う。
過度な束縛は嫌われる。
「私が行かないと蒼汰の立場が悪くなりそうだし、協力するよ。私は蒼汰の彼女だからね」
私は蒼汰の顔を覗き込む。
彼はやや居心地の悪そうな顔をしていた。
「なに? 私が彼女じゃ不満?」
「ああそうだった。意地でもアリサの代わりになるんだっけか」
蒼汰は思い出したように呟く。
一ヶ月前の海辺でのやり取り。
彼は彼で復讐の道へ、私は私でアリサの代わりをこなす。
お互いが嫌がることを、お互いの信念で押し通す不思議な関係となった。
いまの私たちを客観的に見た時、どんな言葉が相応しいだろうか?
本来なら恋人関係であるべきだと思う。
蒼汰もそのつもりで私を作っただろうし、私もアリサの代わりになると決めたのだから願わくば恋人関係に見えて欲しい。
「出かけるなら支度しなくちゃ」
私はリビングに蒼汰を残して洗面所へ。
鏡の前で私は長い茶髪にブラシを通す。
この前蒼汰の部屋に忍び込んでアリサの写真を見た。
本当に私そっくりだった。
顔の作りはもちろんのこと、髪の長さや色。
背丈や手足の長さ、胸の大きさ、足の長さ。
見た目だけならほとんど生き写しと言っていい。
「確か……こんな感じだったかな?」
私はAIなので、基本的に髪型なんかには無頓着で稼働してきた。
だから私は初めて髪型というのを意識した。
蒼汰とアリサが二人で写っている写真。
背景から夏祭りの浴衣デートに違いなかった。
その時の彼女の髪型を再現したい。
「これで完成!」
ブラシやらヘアアイロンやらを使いこなして、ゆるふわヘアーを完成させた。
茶髪というより栗色のゆるふわヘアーが、可愛いよりも綺麗な顔立ちのキリっとした印象をうまく抑えている。
初めてにしては上出来!
そんな気持ちで鏡をじっと見つめる。
そこに映るのは完璧にアリサそのもの。
写真で見たまんまの彼女の姿。
一ヶ月前に宣言してから、私は前以上にアリサを意識するようになった。
朱里の家に泊まりに行ったときに判明した、私の趣向がアリサの趣向と一致するということも後押しとなった。
見た目だけではなく中身も、死んでしまったアリサの代わりになろう。
蒼汰と朱里のように、アリサが必要な彼らのために、私は永遠のアリサを演じ続けよう。
きっとそれこそが私の作られた意味なのだから。
「あれ?」
私は決意したはずなのに、なんとなく胸の奥がうずく。
悲しいとまではいかない。
寂しいというまでもいかない。
だけど何かが抜け落ちたような、心の中心にぽっかりと穴が開いたような違和感。
何故だろう?
アリサを演じると決めたことで、心の中心はむしろ決まったはずなのに……。
「私って……私ってなんだろう?」
気づけばそんな言葉が出ていた。
変な言葉だ。
私は私。
元自殺防止プログラムの一員で、現在は制作者である影井蒼汰の死んでしまった恋人の代わりを努めるAIだ。
間違いなくそのはずなのに、自分という存在を認知できない。
自分という存在が崩れていく……。
「アリサ?」
鏡の前で思考の海に沈んでいた私の背後から、蒼汰の声が聞こえた。
私の名を呼ぶ彼の声。
あれ?
アリサって私の名前だっけ?
それとも死んだ彼女の名前?
「そ、蒼汰?」
私はゆっくり振り向く。
蒼汰は思ったより近くにいた。
振り向いた私の顔を見た蒼汰は、私の肩に手を置いた。
「落ち着いてアリサ。大丈夫だから。君はいまのアリサだよ? 死んでしまった彼女とは関係ない」
蒼汰の声が私の耳から脳内に反響する。
でも知っている。この言葉は私を落ち着かせるための嘘。
優しい嘘。
残酷な嘘。
私をアリサの代わりとして作っておいて、アリサの代わりをしなくてもいいと彼は言う。
なんて矛盾。
私がアリサのマネをしようとすればするほど、彼は苦しそうな表情を浮かべる。
おかしい。
論理的じゃない。
そんなに苦しいのなら、私なんか”作らなければよかった”のに。
「関係ない? じゃあどうして私を作ったの? どうして姿形を彼女に似せたの? どうして私を作る時に彼女の思考パターンを入れ込んだの?」
「アリサの思考パターン? 一体何を言って……」
この期に及んで蒼汰は誤魔化そうとする。
そういえば今まで指摘したことなかったな。
朱里に言われて気がついた、私の好きなものがアリサと同じという事実。
いつか蒼汰を問い詰めようと思っていたけれど、つい勢いで口にしてしまった。
「私が好きなものが死んだアリサと同じだって言ってるの! 私を作る時に何かしたんでしょ?」
私はやや口調が強くなる。
蒼汰はそんな私から一歩下がる。
「いや、そんなこと俺は……」
思ってた反応と違う。
否定か肯定かどちらかと思っていた。
ムキになって否定するか、諦めたように自白するかのどちらかだと思っていたのに。
どちらに転んでも受け入れるつもりだったのに……なんで混乱するの? なんで蒼汰が混乱するの? だって私を作ったのは君でしょ?
「蒼汰?」
「俺はそんなことはしていないはず……でも、もしも君の言うことが本当なら、俺は無意識にあるいは……」
蒼汰はその場に跪く。
頭を抱えたまま、苦しみだした。
「ちょっと! 大丈夫?」
私は焦って蒼汰の顔を両手で挟んで、視線を合わせる。
彼の目は嘘をついてる感じではない。
本当に戸惑って混乱している目だ。
え、ちょっと待って?
これって本気でマズいやつ?
「蒼汰? 蒼汰!」
そのまま彼が意識を失ってしまった。
こういう時どうすれば……そうだ! 救急車呼ばなきゃ!
そう思って立ち上がった時、視界が一瞬揺らいだ。
「え?」
立ち眩みかとも思ったが、機械でできている私にそんな無駄な機能はないはず。
いままでだって一回もない。
じゃあいまのは一体?
「これは……ノイズ?」
視界が揺らいだのではなかった。
視界に走る何本ものノイズ。
壊れたテレビの液晶のように、脳の奥が焼けるように熱い。
なんだこれは?
「どうなって……。そうだ救急車」
私は携帯がおいてあるリビングに向かう。
洗面所を出て、左に曲がる。
廊下を真っすぐ歩く。
素足に残る冷たい感触。
気持ちの良い芳香剤の香り。
リビングに到着した私は、ふと窓の外を見てしまった。
見なければよかった。
私はここに来た頃を思い出す。
蒼汰がパソコンで何かをしていた時だ。
彼は必死に画面を隠したけれど、私の頭は一度見たものなら忘れない。
ずっと脳内にデータとして残り続けている画像。
灰色の街の絵。
てっきり彼のお絵描きと思っていたのだけれど、どうやら違うみたい。
「蒼汰……この世界はまやかしだったの?」
私は窓際に近づいていき、蒼汰の名前を口にする。
あまりのショックで涙が流れだす。
これは流石に予想していなかった。
まさか世界がこんなに……。
「灰色の世界……」
窓の外に広がる世界は、彼のパソコンの画面と同じだった。
寝室を出た私を蒼汰が誘う。
彼はこれから仕事のはず。どうして私を誘う?
「別に良いけどどうしたの?」
「今日はね、国のお偉いさんとの話し合いなんだけど、相手方がどうしてもアリサを見たいんだそうだ」
蒼汰はどこか浮かない顔。
あんまり私を会わせたくないのだろう。
でもどうして国のお偉いさんが、私なんかに会いたがる?
自立したAIは珍しいのだろうか?
それとも、蒼汰が必死になってまで人権を獲得したAIが気になるのか?
どっちにしろあまりいい気分にはならない。
「私なんて見たって面白くもなんともないでしょうに」
「そうなんだよな~。それにできれば俺以外の異性の目に触れて欲しくない」
「気持ち悪いよ?」
流石に独占欲が強すぎないだろうか?
まあでも私が自分でアリサを演じると宣言した手前、彼女に対する束縛だと思えば納得もできるというもの……いやいや、仮に彼氏彼女の関係でも行き過ぎでは?
「ストレートな悪口は心にくるな……」
「悪口というより事実なんだけど?」
もしも本当に死んだアリサにもこんな状態だったとしたら、彼女が死ななくても愛想を尽かされていた可能性が高いと思う。
過度な束縛は嫌われる。
「私が行かないと蒼汰の立場が悪くなりそうだし、協力するよ。私は蒼汰の彼女だからね」
私は蒼汰の顔を覗き込む。
彼はやや居心地の悪そうな顔をしていた。
「なに? 私が彼女じゃ不満?」
「ああそうだった。意地でもアリサの代わりになるんだっけか」
蒼汰は思い出したように呟く。
一ヶ月前の海辺でのやり取り。
彼は彼で復讐の道へ、私は私でアリサの代わりをこなす。
お互いが嫌がることを、お互いの信念で押し通す不思議な関係となった。
いまの私たちを客観的に見た時、どんな言葉が相応しいだろうか?
本来なら恋人関係であるべきだと思う。
蒼汰もそのつもりで私を作っただろうし、私もアリサの代わりになると決めたのだから願わくば恋人関係に見えて欲しい。
「出かけるなら支度しなくちゃ」
私はリビングに蒼汰を残して洗面所へ。
鏡の前で私は長い茶髪にブラシを通す。
この前蒼汰の部屋に忍び込んでアリサの写真を見た。
本当に私そっくりだった。
顔の作りはもちろんのこと、髪の長さや色。
背丈や手足の長さ、胸の大きさ、足の長さ。
見た目だけならほとんど生き写しと言っていい。
「確か……こんな感じだったかな?」
私はAIなので、基本的に髪型なんかには無頓着で稼働してきた。
だから私は初めて髪型というのを意識した。
蒼汰とアリサが二人で写っている写真。
背景から夏祭りの浴衣デートに違いなかった。
その時の彼女の髪型を再現したい。
「これで完成!」
ブラシやらヘアアイロンやらを使いこなして、ゆるふわヘアーを完成させた。
茶髪というより栗色のゆるふわヘアーが、可愛いよりも綺麗な顔立ちのキリっとした印象をうまく抑えている。
初めてにしては上出来!
そんな気持ちで鏡をじっと見つめる。
そこに映るのは完璧にアリサそのもの。
写真で見たまんまの彼女の姿。
一ヶ月前に宣言してから、私は前以上にアリサを意識するようになった。
朱里の家に泊まりに行ったときに判明した、私の趣向がアリサの趣向と一致するということも後押しとなった。
見た目だけではなく中身も、死んでしまったアリサの代わりになろう。
蒼汰と朱里のように、アリサが必要な彼らのために、私は永遠のアリサを演じ続けよう。
きっとそれこそが私の作られた意味なのだから。
「あれ?」
私は決意したはずなのに、なんとなく胸の奥がうずく。
悲しいとまではいかない。
寂しいというまでもいかない。
だけど何かが抜け落ちたような、心の中心にぽっかりと穴が開いたような違和感。
何故だろう?
アリサを演じると決めたことで、心の中心はむしろ決まったはずなのに……。
「私って……私ってなんだろう?」
気づけばそんな言葉が出ていた。
変な言葉だ。
私は私。
元自殺防止プログラムの一員で、現在は制作者である影井蒼汰の死んでしまった恋人の代わりを努めるAIだ。
間違いなくそのはずなのに、自分という存在を認知できない。
自分という存在が崩れていく……。
「アリサ?」
鏡の前で思考の海に沈んでいた私の背後から、蒼汰の声が聞こえた。
私の名を呼ぶ彼の声。
あれ?
アリサって私の名前だっけ?
それとも死んだ彼女の名前?
「そ、蒼汰?」
私はゆっくり振り向く。
蒼汰は思ったより近くにいた。
振り向いた私の顔を見た蒼汰は、私の肩に手を置いた。
「落ち着いてアリサ。大丈夫だから。君はいまのアリサだよ? 死んでしまった彼女とは関係ない」
蒼汰の声が私の耳から脳内に反響する。
でも知っている。この言葉は私を落ち着かせるための嘘。
優しい嘘。
残酷な嘘。
私をアリサの代わりとして作っておいて、アリサの代わりをしなくてもいいと彼は言う。
なんて矛盾。
私がアリサのマネをしようとすればするほど、彼は苦しそうな表情を浮かべる。
おかしい。
論理的じゃない。
そんなに苦しいのなら、私なんか”作らなければよかった”のに。
「関係ない? じゃあどうして私を作ったの? どうして姿形を彼女に似せたの? どうして私を作る時に彼女の思考パターンを入れ込んだの?」
「アリサの思考パターン? 一体何を言って……」
この期に及んで蒼汰は誤魔化そうとする。
そういえば今まで指摘したことなかったな。
朱里に言われて気がついた、私の好きなものがアリサと同じという事実。
いつか蒼汰を問い詰めようと思っていたけれど、つい勢いで口にしてしまった。
「私が好きなものが死んだアリサと同じだって言ってるの! 私を作る時に何かしたんでしょ?」
私はやや口調が強くなる。
蒼汰はそんな私から一歩下がる。
「いや、そんなこと俺は……」
思ってた反応と違う。
否定か肯定かどちらかと思っていた。
ムキになって否定するか、諦めたように自白するかのどちらかだと思っていたのに。
どちらに転んでも受け入れるつもりだったのに……なんで混乱するの? なんで蒼汰が混乱するの? だって私を作ったのは君でしょ?
「蒼汰?」
「俺はそんなことはしていないはず……でも、もしも君の言うことが本当なら、俺は無意識にあるいは……」
蒼汰はその場に跪く。
頭を抱えたまま、苦しみだした。
「ちょっと! 大丈夫?」
私は焦って蒼汰の顔を両手で挟んで、視線を合わせる。
彼の目は嘘をついてる感じではない。
本当に戸惑って混乱している目だ。
え、ちょっと待って?
これって本気でマズいやつ?
「蒼汰? 蒼汰!」
そのまま彼が意識を失ってしまった。
こういう時どうすれば……そうだ! 救急車呼ばなきゃ!
そう思って立ち上がった時、視界が一瞬揺らいだ。
「え?」
立ち眩みかとも思ったが、機械でできている私にそんな無駄な機能はないはず。
いままでだって一回もない。
じゃあいまのは一体?
「これは……ノイズ?」
視界が揺らいだのではなかった。
視界に走る何本ものノイズ。
壊れたテレビの液晶のように、脳の奥が焼けるように熱い。
なんだこれは?
「どうなって……。そうだ救急車」
私は携帯がおいてあるリビングに向かう。
洗面所を出て、左に曲がる。
廊下を真っすぐ歩く。
素足に残る冷たい感触。
気持ちの良い芳香剤の香り。
リビングに到着した私は、ふと窓の外を見てしまった。
見なければよかった。
私はここに来た頃を思い出す。
蒼汰がパソコンで何かをしていた時だ。
彼は必死に画面を隠したけれど、私の頭は一度見たものなら忘れない。
ずっと脳内にデータとして残り続けている画像。
灰色の街の絵。
てっきり彼のお絵描きと思っていたのだけれど、どうやら違うみたい。
「蒼汰……この世界はまやかしだったの?」
私は窓際に近づいていき、蒼汰の名前を口にする。
あまりのショックで涙が流れだす。
これは流石に予想していなかった。
まさか世界がこんなに……。
「灰色の世界……」
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