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第十三章

危険なメダカ屋さん 3

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「増えすぎたらどうしてその行き先が歩道になるんだ?」

 増えすぎたら、知人にあげるなりなんなりすれば良いのに。

「というより、そもそもどうしてそんなに増える?」

 普通にメダカを飼っていて増えすぎるなんてことがあるだろうか?

「実は俺はメダカのブリーダーをやっているんだ。ブリーダー仲間と競ってさまざまな種類を育てていたらこの数だ」

 そういうおじさんのバケツを覗くと、パッと見でも20匹以上はいそうだった。

「ここに連れてきているのはごく一部で、家にはこの10倍以上いる」

「それは……大変ですね」

「恥ずかしながら、流石にその数を飼い続けることが出来なくなりこうして小学生に譲っているんだ」

 困ったから小学生に譲るというのも、解決法としては微妙な気がするが、とりあえず理由はわかった。

 確かにそれだけいれば誰かに譲るしかないが、もっと他になかったのだろうか?

「それで、何匹くらい捌けました?」

「一匹も……」

 当たり前だ。

 不審者が多い昨今、ただでさえ怪しい格好なのに、急にメダカをあげると言われても怖がるだけだろう。

 それにたとえメダカが無料で手に入っても、水槽やらなにやらお金はかかる。

 小学生のお小遣いではやや厳しい。

 完全にターゲットを間違えていると言おうと思ったが、逆に小学生くらいしか欲しがりそうでもないことに気がついた。

「いっそのこと小学校に寄付とかはいかがですか? ぶっちゃけその方法で大量に捌くのは無理だと思いますし、怪しまれてますよ?」

「えっ!!」

 このおっさん自覚が無かったのか……どっからどう見ても不審者だろうに。

 もしも百科事典に不審者の項目があったら、このおっさんの写真を載せたいくらいだ。

「そうか……俺は怪しいのか」

 ちょっとショックを受けているみたいだ。

 そういう反応されると、それはそれで罪悪感が出てくる。

「実は自分は探偵業をしていまして、今回は近所の小学生たちと保護者の方から、悪い人には見えないけど、どういう方なのか探って欲しいと依頼を受けたのです」

 俺はそう白状する。

 本来はこんなことしない。探偵がターゲットに正体をばらすのは自殺行為だ。

 それでも、この人が悪い人ではないと確信できた。

「そうか……そんな依頼が探偵さんのところに行く程度には、怪しかったのか」

「まあでも警察ではなく、探偵に依頼なのですから、危険な人だとは思われていませんよ。まだ大丈夫です。ただこのままここでメダカ譲渡作戦をやっていると、いずれ警察が来る可能性も無くはないので、作戦を変えましょう」

「俺もそれは考えていたのだが、先ほど提案してくれた学校に寄付も断られてしまって……」

 なんとすでにトライ済みだったとは! 

 結構ちゃっかりしてるな~この人。

「ちなみに断られた理由は?」

「メダカの活用方法が無いそうだ」

 ああ、まあね。

 そりゃあそうだよね。

 メダカなんて飼って育てるしかないもんね。

「はぁ~どうしようかな~」

 おじさんは頭を抱える。

 ちょっと可哀想に思えてきた。

「連絡先を交換しましょう。俺も一緒にそのメダカたちの預け先を考えますので」

「良いのか!?」

「はい。その代わり今後は歩道でメダカを譲渡しようとしないでください」

 俺の提案に心を良くしたのか、メダカ売りのおじさんは意気揚々と帰っていった。

「俺たちも事務所に戻ろう」

「帰るのは良いが、なんでまた依頼じゃない事にまで首を突っ込むんだ?」

 ハムスケは如何にもめんどくさそうな視線を俺に浴びせる。

「だってあのバケツにいたメダカの10倍はいるんだぞ? 下手したら死んでしまうかも知れないじゃないか!」

「お前はいつからそんな博愛主義者になったんだ?」

「最初からだけど?」

「お前、我に優しくないじゃん!」

 何をおっしゃるハムスケさん。

 十分すぎるほど優しい。というより甘い。

「俺はけっこうお前に優しいぞ? お前が気づいていないだけで」

「そうなの? なら良いか」

 バカで助かったよ本当に。

「じゃあ戻るぞ」

 俺とハムスケはそのまま探偵事務所に戻っていった。






「はい。ですから危険な人では全く無かったです。それにこれからは歩道でメダカを譲渡しないと約束しましたので……」

 この電話の内容だけ聞くと些か奇妙に思えるかもしれないが、これが依頼人への報告の電話なのだから驚きだ。

 事務所に帰ってきた俺は、ハムスケに高級ヒマワリの種を与え、依頼人である渡辺さんに結果報告を済ましていたところだ。

 これからメダカの処遇について考えなければ……

「和人~」

「どうした急に可愛らしい呼び方して……きもいぞ?」

 メダカ救出作戦を開始しようと意気込む俺に、ハムスケは妙に怠そうな様子で声をかけてきた。

「やかましい! 我は非常に疲れたのでもう寝る!」

 そう言い放ち、ハムスケは全身を使ってゆっくりと階段を登って2階に消えていった。

「どうしたんだ? 急に?」

 俺はそう独り言を口にし、パソコンを起動しようとした時、急に電話が鳴った。

 着信の名前を見ると、危険なメダカ屋さんと書いてある。

 俺があの不審者こと、メダカのおじさんと連絡先を交換した時にそう入力したのだ。

「はい」

「おお、探偵の兄ちゃんか? さっき学校の方から連絡があって、やっぱりメダカを引き取りたいと言ってきた」

「そんな急に? 理由はなんか言ってましたか?」

 小学校が唐突に大量のメダカを必要とする事など、あり得るのだろうか?

「なんでも教育委員会から連絡があって、今度子供に命の大切さを教えるために、金魚かメダカを学校で飼育するというイベントをやることのなったとかで……」

「それでちょうどメダカを大量に持っている貴方に声がかかったと?」

「どうやらそうらしい。いまいち釈然としないが、まあ捌けたのだから良いさ。ありがとな~兄ちゃん」

 そう言い残し、メダカ売りのおじさんは電話を切った。

 急にそんなイベントを企画することなんてあるか?

 そう頭を捻る俺の脳裏には、先ほど妙に疲弊した様子で階段を登っていった、相棒の背中が過ったのだった。


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