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第七章
ファイヤークラッカー 3
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俺とハムスケは昨日の手筈通り張り込みを開始した。朝から夜までを覚悟しているため、それ相応の準備がいる。ハムスケはポテチとコーラを用意していたが、遊びと勘違いしてないだろうな?
朝早くから張り込みしてもうすぐ昼だが、岩下さんに動きはない。
「なかなか出てこないなぁ~」
ハムスケはいかにも暇ですアピールをしてくるが、予備のポテチを手渡し黙らせた。
「もうこっちから行くか!」
本当は行動パターンとかを見たかったのだが仕方ない。ご近所さんの評判通りに善良な人間であることに期待しよう。
俺がインターホンを鳴らすと、すんなりと岩下さんが出てきてくれた。
「私は柊探偵事務所の柊 和人と申します。今回、消防士の方から依頼を受けまして伺った次第です。もしよろしかったらお話を聞かせて頂けませんか?」
「まあ探偵さん? 話ぐらいなら構いませんよ? さあどうぞ」
そう言って岩下さんは俺を中へ入れてくれた。思っていたよりもサクサク進むので拍子抜けしていた。普通もう少し警戒すると思うのだが……
「ありがとうございます。それで先ほどお話させて頂いた通り消防士の方から、毎回火災現場に現れる女性がいるので調べてほしいという依頼がありまして、何か思い当たるふしはありますか?」
俺はここであえて尾行したことを隠して、相手の返事を待つことにした。もし少しでも事実と違うことを口にしたら、そこから突っ込んでいけば真実に辿り着けるはずだ。
「ああ、そういうことね。確かに私は、毎回行ける範囲の火災現場には足を運んでいます」
「それはなぜですか?」
岩下さんはしばらく黙ったまま動かなくなった。何か話を考えているのか、それとも単純に言いにくいことなのか。
「今まで誰にも話して来なかったんですけど、今回はお話します。その消防士の方から依頼があったということは、けっこう目立ってたみたいですしね。人様に迷惑をかけるわけにも行かないので」
俺は黙って続きを促す。一体どういう理由で火災現場で何もせずに立ち尽くすのだろう?
「あんまり信じて貰えないとは思うのですが……私はただ祈っているのです。どうか被害者が出ないようにと」
祈っている? わざわざ火災現場にまで行って? 確かに普通なら信じられないかも知れない。ただ、岩下さんの事情を知っていれば話は違ってくる。
「失礼ですが、私はあらかじめ貴女のことを調べてあります。なので貴女のその祈るという行為にもある程度納得がいきます」
岩下さんは少し驚いた顔をする。普通に生活してたら、自身のことを調べられる経験ってないからな。当然の反応だろう。俺だって初対面の人にいきなりそんなことを言われたら驚くに決まってる。
「じゃあ夫のことも?」
「ネットのニュース記事での情報だけですけどね。不快な思いをさせてしまっっていたら申し訳ありません。なので多少はその“祈る”というのも分かるのですが、それでも普通はそういう現場って、見たくないんじゃないかと思うんですよ」
「探偵さんのいう通りだと思います。しかし私の場合はその逆で、消防車のサイレンの音を聞くと、死んだ夫が頭に浮かんで来て……誰にも死んで欲しくなくて、自分でも分からないのですが気づいたら体が動いてしまうんです」
つまり理屈ではないのだ。探偵が理屈じゃないと言うのは変かも知れないが、こういう時に理屈じゃない行動を起こすのが人間の良さでもあり、同時に悪いところでもある。
「事情は分かりました。依頼人にはそのように伝えておきますので大丈夫です」
そうして席を立とうとした時、ふと岩下さんの座っている席の横に広げてあるチラシが目に付いた。
「あの、そのチラシって?」
「ああこれですか? これは花火大会のチラシです」
説明する岩下さんの表情がわずかに曇る。
「花火大会って、でも……」
「そうです。夫を亡くしてから一回も行けていません。火事は大丈夫なのに、花火はダメって変ですよね?」
そう岩下さんは無理矢理笑顔を浮かべる。
「そんなことないですよ! 貴女は、火事が起きた時に被害者が出ないように祈ることが出来る強い人です! 決して変ではありません」
「ありがとうございます。説明が難しいのですが、花火大会は花火職人だった夫が一番好きなものでした。だからでしょうね、その夫を差しおいて花火大会を楽しむ気持ちにはどうしてもなれなかったんです」
よく聞く話だ。大事な人を亡くした人が、それ以降その故人の好きだったものや、大事にしていた物に触れるのをためらってしまう。想いが強すぎて気が引けてしまうのだ。それも今回の岩下さんのように、それが不特定多数の人が楽しむものとなると尚更だ。
「では何故そのチラシを?」
「この花火大会は、夫が所属していたところが用意したものらしくて……」
それで迷っているというわけだ。たしかに迷うのも分かるが……
「その花火大会行きましょう!」
「え!? どうして探偵さんがそこまで?」
「岩下さんの旦那様が望んでいるとは言いません。そのようなことを言う権利も資格も無いのは分かっているつもりです。それでも、これからの岩下さんのために行くべきだと思います」
これはほとんど俺のエゴかもしれない。実際、ハムスケが胸ポケットから意味ありげな視線を俺に送ってきている。ハムスケの言いたいことは分かる「それはお前の領分じゃない」と言いたいのだろう? そんなことは百も承知だ。本当はこのまま帰って、依頼人の前田さんに報告して仕事はおわりだ。
「……そうね、いつまでも引け目を感じていたら仕方ないものね」
しばしの沈黙のあと、岩下さんは立ち上がる。
「行くわ。明日、花火大会に行きます」
俺達は岩下さんの静かな誓いを聞き、彼女に頭を下げて岩下家をあとにした。
朝早くから張り込みしてもうすぐ昼だが、岩下さんに動きはない。
「なかなか出てこないなぁ~」
ハムスケはいかにも暇ですアピールをしてくるが、予備のポテチを手渡し黙らせた。
「もうこっちから行くか!」
本当は行動パターンとかを見たかったのだが仕方ない。ご近所さんの評判通りに善良な人間であることに期待しよう。
俺がインターホンを鳴らすと、すんなりと岩下さんが出てきてくれた。
「私は柊探偵事務所の柊 和人と申します。今回、消防士の方から依頼を受けまして伺った次第です。もしよろしかったらお話を聞かせて頂けませんか?」
「まあ探偵さん? 話ぐらいなら構いませんよ? さあどうぞ」
そう言って岩下さんは俺を中へ入れてくれた。思っていたよりもサクサク進むので拍子抜けしていた。普通もう少し警戒すると思うのだが……
「ありがとうございます。それで先ほどお話させて頂いた通り消防士の方から、毎回火災現場に現れる女性がいるので調べてほしいという依頼がありまして、何か思い当たるふしはありますか?」
俺はここであえて尾行したことを隠して、相手の返事を待つことにした。もし少しでも事実と違うことを口にしたら、そこから突っ込んでいけば真実に辿り着けるはずだ。
「ああ、そういうことね。確かに私は、毎回行ける範囲の火災現場には足を運んでいます」
「それはなぜですか?」
岩下さんはしばらく黙ったまま動かなくなった。何か話を考えているのか、それとも単純に言いにくいことなのか。
「今まで誰にも話して来なかったんですけど、今回はお話します。その消防士の方から依頼があったということは、けっこう目立ってたみたいですしね。人様に迷惑をかけるわけにも行かないので」
俺は黙って続きを促す。一体どういう理由で火災現場で何もせずに立ち尽くすのだろう?
「あんまり信じて貰えないとは思うのですが……私はただ祈っているのです。どうか被害者が出ないようにと」
祈っている? わざわざ火災現場にまで行って? 確かに普通なら信じられないかも知れない。ただ、岩下さんの事情を知っていれば話は違ってくる。
「失礼ですが、私はあらかじめ貴女のことを調べてあります。なので貴女のその祈るという行為にもある程度納得がいきます」
岩下さんは少し驚いた顔をする。普通に生活してたら、自身のことを調べられる経験ってないからな。当然の反応だろう。俺だって初対面の人にいきなりそんなことを言われたら驚くに決まってる。
「じゃあ夫のことも?」
「ネットのニュース記事での情報だけですけどね。不快な思いをさせてしまっっていたら申し訳ありません。なので多少はその“祈る”というのも分かるのですが、それでも普通はそういう現場って、見たくないんじゃないかと思うんですよ」
「探偵さんのいう通りだと思います。しかし私の場合はその逆で、消防車のサイレンの音を聞くと、死んだ夫が頭に浮かんで来て……誰にも死んで欲しくなくて、自分でも分からないのですが気づいたら体が動いてしまうんです」
つまり理屈ではないのだ。探偵が理屈じゃないと言うのは変かも知れないが、こういう時に理屈じゃない行動を起こすのが人間の良さでもあり、同時に悪いところでもある。
「事情は分かりました。依頼人にはそのように伝えておきますので大丈夫です」
そうして席を立とうとした時、ふと岩下さんの座っている席の横に広げてあるチラシが目に付いた。
「あの、そのチラシって?」
「ああこれですか? これは花火大会のチラシです」
説明する岩下さんの表情がわずかに曇る。
「花火大会って、でも……」
「そうです。夫を亡くしてから一回も行けていません。火事は大丈夫なのに、花火はダメって変ですよね?」
そう岩下さんは無理矢理笑顔を浮かべる。
「そんなことないですよ! 貴女は、火事が起きた時に被害者が出ないように祈ることが出来る強い人です! 決して変ではありません」
「ありがとうございます。説明が難しいのですが、花火大会は花火職人だった夫が一番好きなものでした。だからでしょうね、その夫を差しおいて花火大会を楽しむ気持ちにはどうしてもなれなかったんです」
よく聞く話だ。大事な人を亡くした人が、それ以降その故人の好きだったものや、大事にしていた物に触れるのをためらってしまう。想いが強すぎて気が引けてしまうのだ。それも今回の岩下さんのように、それが不特定多数の人が楽しむものとなると尚更だ。
「では何故そのチラシを?」
「この花火大会は、夫が所属していたところが用意したものらしくて……」
それで迷っているというわけだ。たしかに迷うのも分かるが……
「その花火大会行きましょう!」
「え!? どうして探偵さんがそこまで?」
「岩下さんの旦那様が望んでいるとは言いません。そのようなことを言う権利も資格も無いのは分かっているつもりです。それでも、これからの岩下さんのために行くべきだと思います」
これはほとんど俺のエゴかもしれない。実際、ハムスケが胸ポケットから意味ありげな視線を俺に送ってきている。ハムスケの言いたいことは分かる「それはお前の領分じゃない」と言いたいのだろう? そんなことは百も承知だ。本当はこのまま帰って、依頼人の前田さんに報告して仕事はおわりだ。
「……そうね、いつまでも引け目を感じていたら仕方ないものね」
しばしの沈黙のあと、岩下さんは立ち上がる。
「行くわ。明日、花火大会に行きます」
俺達は岩下さんの静かな誓いを聞き、彼女に頭を下げて岩下家をあとにした。
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