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第六章
同じ方角を見続けるお爺さん 1
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今回の依頼人は特別養護老人ホームの職員の足立さんだ。彼女は勤続年数15年のベテランで、今まで何人もの高齢者の介護をしてきた。そんな彼女の調べてほしいものとはなんだろうか? 一見、探偵とは無縁そうな気がするが……
「そんなに急ぎでも重要でもないんですけど、私の働いている老人ホームに入居中の鈴木さんというお爺さんのことなんです」
特別養護老人ホームには普通の老人ホームよりも、入居に厳しい条件がついているはずだ。つまり自身で何かをすることが難しい人を対象としている。そんな施設で何が起きたというのだろう?
「特に問題があるわけでは無いのですが、鈴木さんは起きている間、ずっと同じ方角を見続けているのです。私が気になって鈴木さんに問いかけても、認知症の進行が酷いのかほとんど会話にならないんです」
「それで何とか俺に調査してくれと?」
「はい」
足立さんの気持ちも分かるが、けっこう難しくないか?
「ご家族の方は?」
「息子夫婦と一緒に住んでいたのですけれど、日常生活に介護が必要なのと認知症が進行して介護レベルがあがってしまい、それで入居なされたようで……それからほとんどいらっしゃらなくて」
「分かりました。一応お受けしますがあまり期待はしないでください」
「承知しております」
足立さんには明日伺いますと告げ、一旦お帰り頂いた。
「きつくね?」
「きついというか無理だな」
ハムスケが断言した通り、正直俺も無理だと思っている。その同じ方角を見続けているお爺さんはずっと老人ホームの中、それに認知症も進んでいるため聞き取りが出来ない。そしてその家族もほとんど来ないところを見ると、あまり鈴木さんに対して関心がない。
「情報が無さすぎる」
「無いうえに取れそうなところがないな~」
ハムスケは呑気にラジオ体操なんてしている。一体どこをストレッチしたいか分からないが、とにかく依頼に関してはほとんど諦めている感じなのだろう。
「もう少し真剣にやってくれよ」
「そうは言ったって今回お礼金も少ないんだろ?」
「そりゃあそうだけど……受けたからにはやってやるさ」
「ふ~ん。まあ、和人がそう言うなら協力してやるよ」
ハムスケはラジオ体操を終えるといつも通り俺の胸ポケットに飛び乗った。
「やる気はともかくどこから調べる?」
ハムスケの指摘はごもっともで、今回ターゲットの鈴木さんがほとんど寝たきりなため、彼の行動履歴を探るタイプの調査は出来そうにない。しかしだからといって鈴木さん本人に話を聞きに行ってもなあ~
「まあでもとりあえず鈴木さんのところへ向かいますか」
「それしかないか」
翌日、俺達は鈴木さんが入居している特別養護老人ホームの前に来ていた。流石に国営だけあって、しっかりとしたという表現があっているか分からないが、しっかりとした建物だった。
施設の中に入り、鈴木さんの面会に来た柊と伝えると、事務所の奥から足立さんが小走りでやって来た。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへ」
俺達は足立さんの案内に従いエレベーターへ。外観を見た時にも感じたが、大きな病院と同じぐらいの階数がある。
エレベーターはちょうど12階で停止した。
「ずいぶん高いんですね」
「そうなんです。この高さからだとここら一帯は良く見渡せますよ。ここらへんには他に高い建物はありませんので」
俺達は会話しながらも確実に歩を進め、鈴木さんの住まう部屋の前に到着した。
足立さんがノックをして扉を開けると、すでに鈴木さんは上半身を起こした状態で窓際のベットから外の景色を眺めていた。いや……足立さんの言う通り、眺めていたというよりある一点を見つめていたかのように思えた。なんとなく周りの景色を首を振って眺めてはいるが、途中で件の方角で長い時間動きを止めるのだ。
「鈴木さん、何を見てるんですか?」
足立さんがいつも通りに問いかけても、答えは一切帰ってこなかった。足立さん曰く、聞こえていないわけでは無いようだが、認知症のためか返事が帰ってきたことは無いらしい。俺も一応声をかけてみたが返事は無かった。
「やっぱり答えてくれないわね。食事とか入浴の時はある程度反応するんだけど……」
足立さんは他の仕事もあるからと部屋を出ていった。
足立さんが出ていったのを確認すると、俺は胸ポケットに隠れているハムスケを掴んで窓枠に置いた。
「落ちるなよ」
「じゃあ置くなよ!」
ハムスケはふざけているように見えて正論をぶつけてくるから厄介だ。そのままハムスケと今後の調査について、あーでもないこーでもないと意見を交わしていると、突然鈴木さんが口を開いた。
「驚いた、そのハムスターは喋れるのかね」
「やっとボケたふりを止めて頂けましたか」
「どういう意味だい?」
鈴木さんは不思議そうに首を傾げる。
「直観ですが貴方はまだボケてないだろうなと思いました。足立さんが食事や入浴の時には反応するとおっしゃっていたので、とりあえず聞こえていないということは無いだろうと……そして、聞いた内容で反応する時と反応しない時を区別しているということです。それと、普通認知症で会話が成り立たない場合、無視ではなく意味が通らないことを口にする例が多いです。しかし先ほどの貴方からは会話をする意思を感じませんでした。だから……」
「だから我を窓枠に置いて喋らせ、ついつい突っ込みたくなる状況を作ったといったところだな」
ハムスケが俺の話を引き継いで説明をしてくれた。狙い通りにいって良かった。流石にどれだけ人生経験を積んだって、喋るハムスターなんて出されたら素になっちゃうよね。
「これは一本取られた」
鈴木さんは笑顔でそう言った。しかしなんでまた認知症のふりなんかしていたのだろう? そんな俺の考えを他所に、鈴木さんは不思議そうな目でハムスケを観察している。
「それにしてもそのハムスターは一体どうなっているんだい?」
「そんなに急ぎでも重要でもないんですけど、私の働いている老人ホームに入居中の鈴木さんというお爺さんのことなんです」
特別養護老人ホームには普通の老人ホームよりも、入居に厳しい条件がついているはずだ。つまり自身で何かをすることが難しい人を対象としている。そんな施設で何が起きたというのだろう?
「特に問題があるわけでは無いのですが、鈴木さんは起きている間、ずっと同じ方角を見続けているのです。私が気になって鈴木さんに問いかけても、認知症の進行が酷いのかほとんど会話にならないんです」
「それで何とか俺に調査してくれと?」
「はい」
足立さんの気持ちも分かるが、けっこう難しくないか?
「ご家族の方は?」
「息子夫婦と一緒に住んでいたのですけれど、日常生活に介護が必要なのと認知症が進行して介護レベルがあがってしまい、それで入居なされたようで……それからほとんどいらっしゃらなくて」
「分かりました。一応お受けしますがあまり期待はしないでください」
「承知しております」
足立さんには明日伺いますと告げ、一旦お帰り頂いた。
「きつくね?」
「きついというか無理だな」
ハムスケが断言した通り、正直俺も無理だと思っている。その同じ方角を見続けているお爺さんはずっと老人ホームの中、それに認知症も進んでいるため聞き取りが出来ない。そしてその家族もほとんど来ないところを見ると、あまり鈴木さんに対して関心がない。
「情報が無さすぎる」
「無いうえに取れそうなところがないな~」
ハムスケは呑気にラジオ体操なんてしている。一体どこをストレッチしたいか分からないが、とにかく依頼に関してはほとんど諦めている感じなのだろう。
「もう少し真剣にやってくれよ」
「そうは言ったって今回お礼金も少ないんだろ?」
「そりゃあそうだけど……受けたからにはやってやるさ」
「ふ~ん。まあ、和人がそう言うなら協力してやるよ」
ハムスケはラジオ体操を終えるといつも通り俺の胸ポケットに飛び乗った。
「やる気はともかくどこから調べる?」
ハムスケの指摘はごもっともで、今回ターゲットの鈴木さんがほとんど寝たきりなため、彼の行動履歴を探るタイプの調査は出来そうにない。しかしだからといって鈴木さん本人に話を聞きに行ってもなあ~
「まあでもとりあえず鈴木さんのところへ向かいますか」
「それしかないか」
翌日、俺達は鈴木さんが入居している特別養護老人ホームの前に来ていた。流石に国営だけあって、しっかりとしたという表現があっているか分からないが、しっかりとした建物だった。
施設の中に入り、鈴木さんの面会に来た柊と伝えると、事務所の奥から足立さんが小走りでやって来た。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへ」
俺達は足立さんの案内に従いエレベーターへ。外観を見た時にも感じたが、大きな病院と同じぐらいの階数がある。
エレベーターはちょうど12階で停止した。
「ずいぶん高いんですね」
「そうなんです。この高さからだとここら一帯は良く見渡せますよ。ここらへんには他に高い建物はありませんので」
俺達は会話しながらも確実に歩を進め、鈴木さんの住まう部屋の前に到着した。
足立さんがノックをして扉を開けると、すでに鈴木さんは上半身を起こした状態で窓際のベットから外の景色を眺めていた。いや……足立さんの言う通り、眺めていたというよりある一点を見つめていたかのように思えた。なんとなく周りの景色を首を振って眺めてはいるが、途中で件の方角で長い時間動きを止めるのだ。
「鈴木さん、何を見てるんですか?」
足立さんがいつも通りに問いかけても、答えは一切帰ってこなかった。足立さん曰く、聞こえていないわけでは無いようだが、認知症のためか返事が帰ってきたことは無いらしい。俺も一応声をかけてみたが返事は無かった。
「やっぱり答えてくれないわね。食事とか入浴の時はある程度反応するんだけど……」
足立さんは他の仕事もあるからと部屋を出ていった。
足立さんが出ていったのを確認すると、俺は胸ポケットに隠れているハムスケを掴んで窓枠に置いた。
「落ちるなよ」
「じゃあ置くなよ!」
ハムスケはふざけているように見えて正論をぶつけてくるから厄介だ。そのままハムスケと今後の調査について、あーでもないこーでもないと意見を交わしていると、突然鈴木さんが口を開いた。
「驚いた、そのハムスターは喋れるのかね」
「やっとボケたふりを止めて頂けましたか」
「どういう意味だい?」
鈴木さんは不思議そうに首を傾げる。
「直観ですが貴方はまだボケてないだろうなと思いました。足立さんが食事や入浴の時には反応するとおっしゃっていたので、とりあえず聞こえていないということは無いだろうと……そして、聞いた内容で反応する時と反応しない時を区別しているということです。それと、普通認知症で会話が成り立たない場合、無視ではなく意味が通らないことを口にする例が多いです。しかし先ほどの貴方からは会話をする意思を感じませんでした。だから……」
「だから我を窓枠に置いて喋らせ、ついつい突っ込みたくなる状況を作ったといったところだな」
ハムスケが俺の話を引き継いで説明をしてくれた。狙い通りにいって良かった。流石にどれだけ人生経験を積んだって、喋るハムスターなんて出されたら素になっちゃうよね。
「これは一本取られた」
鈴木さんは笑顔でそう言った。しかしなんでまた認知症のふりなんかしていたのだろう? そんな俺の考えを他所に、鈴木さんは不思議そうな目でハムスケを観察している。
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