11 / 49
第五章
遅れる後輩ちゃん 1
しおりを挟む
さてさて今回の依頼人は、いかにも仕事が出来そうな中年男性だった。背格好は至って平均的だが、事務所に入ってくる時の仕草や言葉遣い、利発な受け答えなど、そのどれをとっても一流で洗練されたものがある。渡された名刺を見ると、サイクロンテクノロジー通称“サイテク”の部門長だった。
サイテクはこの国を代表する大企業の一つで、主にコンポジット基板やプリント基板といった、電化製品には欠かせないパーツを作り続け今に至る歴史と実力を兼ね備えた企業だ。
そんな大企業の中でも、部門長まで昇りつめた菊岡さんの悩みとは何なのだろうか? 今までの依頼人とは明らかに毛色が異なる。
「菊岡さん、本日はどのようなご用件で?」
いったいこのエリートサラリーマンの口からどんな依頼が飛び出してくるのか、非常に興味深い。きっと高度な依頼に違いない。もし俺なんかで解決できないようなものだったらどうしよう? その時は丁重にお帰り頂くしかないが、はたして……
「その、言い難いのですが……私の部署の後輩の事なのですが」
後輩? なるほど人間関係か? まあ今のご時世、離職理由で一番多いのは人間関係だったりするみたいだし、それはサイテクのような大企業でも変わらないようだ。しかし、いったいどんなエグい人間ドラマが待っているのか若干身構えてしまう自分がいる。
「人間関係でトラブルが?」
「いえ、実はトラブルではなく……その後輩が定期的に遅れて来るのです。私はその理由が知りたい」
ほほう……なんてこった。思っていた依頼レベルの十分の一ぐらいの依頼だ。しかし気になるのは単なる遅刻ではなく、定期的に遅れてくる点だ。
「遅刻の理由なんて上司である菊岡さんが聞けば一発で分かると思いますが……」
「もちろん聞いているんですが、明らかに嘘って感じの理由ばかりでして」
「支障がなければお聞かせ願えますか?」
明らかに嘘って理由なんてそんなにないと思うけどな~。
「例えば、道端で倒れている老人を助けた。ケガしている人の介抱をした、などです。これ以外にもあったのですが忘れました」
あったな、思った以上に。それにしてもベタだな~ベタ過ぎて懐かしさすら覚える。というよりこの後輩、隠す気無いんじゃないか?
「定期的にとはどんな間隔で?」
「毎週月曜日ですね。遅れてくる時間はせいぜい30分くらいなので、そこまで問題かと言われるとそうでもないのですが……」
「でもやっぱり遅刻はマズイと思いますし、菊岡さんからキツめに問い詰めたら白状しそうですけどね?」
俺はそう言って菊岡さんを見ると、なんだか言い難そうにしている。何か変なこと言ったっけ?
「その……後輩というのはまだ大学を出たばかりの社会人一年目の女の子で、どう接していいか分からなくて……」
「それでどうしても聞けないと?」
「……はい」
菊岡さんは申し訳なさそうに頷いた。正直こんな事で依頼料を貰えるなら、こっちとしては願ったり叶ったりなのだがいいのだろうか?
「まあ依頼なんでお引き受けしますけど……大した理由じゃないと思いますけどね」
「それならそれで良いんです。大した理由じゃなかったら叱れるので……」
「何かあったら連絡ください」そうして最初と180度印象が変わってしまった菊岡さんは、事務所から出ていった。
「どう思う?」
「大きな仕事を任されている奴でも、意外に小さなことで悩んでるんだな~って印象しか無いな。我の知るところではない」
いつもならハムスケに意見を振ると俺とは違う答えが帰ってくるのだが、今回に関しては俺も全く同意する。過去一くだらない仕事にならない事を祈るだけだ。
「そうは言っても仕事は仕事だ、しっかり働くぞ」
「へいへい」
俺達は、今までで一番テンションの低い状態で事務所を出発した。
「それにしてもその後輩ちゃん、割と近所だったんだな」俺は菊岡さんから貰った住所に向かって歩いている。なぜ歩いているかといえば、何かに乗る必要が無いぐらい近いからだ。
「お前いま、楽そうで良かったとか思ってるだろ?」
「思っているさ、思って何が悪い?」
「開き直るとは珍しいな」
「別に開き直りはお前の専売特許じゃないんだよ。俺だってやる気の波ぐらいあるさ」
ハムスケは仲間を見つけたかのような面持ちで俺を見上げているが、別にいつもやる気が無いわけじゃない。今回がずば抜けてやる気が出ないというか、必要性を感じないだけだ。
「でもどうするんだ? その後輩ちゃんからしたって、今日みたいな休みの日に見知らぬ人が家を尋ねて来たら、居留守でも使うんじゃないのか?」
「もちろん接触はしない。今日はとりあえず張り込みだ」
「え~~!! この寒空の下、電信柱の陰に隠れてブルブル震えながらアンパンと牛乳で飢えを凌ぐあれ?」
一体いつの知識だ? 前から薄々感じていたが、コイツの知識ってなんかちょっと古いんだよな~寿命三年ぐらいのクセになんで古いこと知ってるんだろう?
俺は今回の依頼よりもハムスケの昭和知識の謎の方が気になって仕方が無いが、一応仕事なのでしっかり張り込みをする。
張り込みと言っても、ハムスケが言ったような古典的な方法は取らない。後輩ちゃんのやたら立派な家のドアに向けて隠しカメラを仕込んで、後は近くの喫茶店で動きがあるまで時間を潰すのだ。平日がどうであれ、休日の過ごし方を見ればその人の特徴が見えてくるものだ。
サイテクはこの国を代表する大企業の一つで、主にコンポジット基板やプリント基板といった、電化製品には欠かせないパーツを作り続け今に至る歴史と実力を兼ね備えた企業だ。
そんな大企業の中でも、部門長まで昇りつめた菊岡さんの悩みとは何なのだろうか? 今までの依頼人とは明らかに毛色が異なる。
「菊岡さん、本日はどのようなご用件で?」
いったいこのエリートサラリーマンの口からどんな依頼が飛び出してくるのか、非常に興味深い。きっと高度な依頼に違いない。もし俺なんかで解決できないようなものだったらどうしよう? その時は丁重にお帰り頂くしかないが、はたして……
「その、言い難いのですが……私の部署の後輩の事なのですが」
後輩? なるほど人間関係か? まあ今のご時世、離職理由で一番多いのは人間関係だったりするみたいだし、それはサイテクのような大企業でも変わらないようだ。しかし、いったいどんなエグい人間ドラマが待っているのか若干身構えてしまう自分がいる。
「人間関係でトラブルが?」
「いえ、実はトラブルではなく……その後輩が定期的に遅れて来るのです。私はその理由が知りたい」
ほほう……なんてこった。思っていた依頼レベルの十分の一ぐらいの依頼だ。しかし気になるのは単なる遅刻ではなく、定期的に遅れてくる点だ。
「遅刻の理由なんて上司である菊岡さんが聞けば一発で分かると思いますが……」
「もちろん聞いているんですが、明らかに嘘って感じの理由ばかりでして」
「支障がなければお聞かせ願えますか?」
明らかに嘘って理由なんてそんなにないと思うけどな~。
「例えば、道端で倒れている老人を助けた。ケガしている人の介抱をした、などです。これ以外にもあったのですが忘れました」
あったな、思った以上に。それにしてもベタだな~ベタ過ぎて懐かしさすら覚える。というよりこの後輩、隠す気無いんじゃないか?
「定期的にとはどんな間隔で?」
「毎週月曜日ですね。遅れてくる時間はせいぜい30分くらいなので、そこまで問題かと言われるとそうでもないのですが……」
「でもやっぱり遅刻はマズイと思いますし、菊岡さんからキツめに問い詰めたら白状しそうですけどね?」
俺はそう言って菊岡さんを見ると、なんだか言い難そうにしている。何か変なこと言ったっけ?
「その……後輩というのはまだ大学を出たばかりの社会人一年目の女の子で、どう接していいか分からなくて……」
「それでどうしても聞けないと?」
「……はい」
菊岡さんは申し訳なさそうに頷いた。正直こんな事で依頼料を貰えるなら、こっちとしては願ったり叶ったりなのだがいいのだろうか?
「まあ依頼なんでお引き受けしますけど……大した理由じゃないと思いますけどね」
「それならそれで良いんです。大した理由じゃなかったら叱れるので……」
「何かあったら連絡ください」そうして最初と180度印象が変わってしまった菊岡さんは、事務所から出ていった。
「どう思う?」
「大きな仕事を任されている奴でも、意外に小さなことで悩んでるんだな~って印象しか無いな。我の知るところではない」
いつもならハムスケに意見を振ると俺とは違う答えが帰ってくるのだが、今回に関しては俺も全く同意する。過去一くだらない仕事にならない事を祈るだけだ。
「そうは言っても仕事は仕事だ、しっかり働くぞ」
「へいへい」
俺達は、今までで一番テンションの低い状態で事務所を出発した。
「それにしてもその後輩ちゃん、割と近所だったんだな」俺は菊岡さんから貰った住所に向かって歩いている。なぜ歩いているかといえば、何かに乗る必要が無いぐらい近いからだ。
「お前いま、楽そうで良かったとか思ってるだろ?」
「思っているさ、思って何が悪い?」
「開き直るとは珍しいな」
「別に開き直りはお前の専売特許じゃないんだよ。俺だってやる気の波ぐらいあるさ」
ハムスケは仲間を見つけたかのような面持ちで俺を見上げているが、別にいつもやる気が無いわけじゃない。今回がずば抜けてやる気が出ないというか、必要性を感じないだけだ。
「でもどうするんだ? その後輩ちゃんからしたって、今日みたいな休みの日に見知らぬ人が家を尋ねて来たら、居留守でも使うんじゃないのか?」
「もちろん接触はしない。今日はとりあえず張り込みだ」
「え~~!! この寒空の下、電信柱の陰に隠れてブルブル震えながらアンパンと牛乳で飢えを凌ぐあれ?」
一体いつの知識だ? 前から薄々感じていたが、コイツの知識ってなんかちょっと古いんだよな~寿命三年ぐらいのクセになんで古いこと知ってるんだろう?
俺は今回の依頼よりもハムスケの昭和知識の謎の方が気になって仕方が無いが、一応仕事なのでしっかり張り込みをする。
張り込みと言っても、ハムスケが言ったような古典的な方法は取らない。後輩ちゃんのやたら立派な家のドアに向けて隠しカメラを仕込んで、後は近くの喫茶店で動きがあるまで時間を潰すのだ。平日がどうであれ、休日の過ごし方を見ればその人の特徴が見えてくるものだ。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
八奈結び商店街を歩いてみれば
世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい――
平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編!
=========
大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。
両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。
二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。
5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚
ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】
「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。
しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!?
京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する!
これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。
エブリスタにも掲載しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる