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第五章
遅れる後輩ちゃん 1
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さてさて今回の依頼人は、いかにも仕事が出来そうな中年男性だった。背格好は至って平均的だが、事務所に入ってくる時の仕草や言葉遣い、利発な受け答えなど、そのどれをとっても一流で洗練されたものがある。渡された名刺を見ると、サイクロンテクノロジー通称“サイテク”の部門長だった。
サイテクはこの国を代表する大企業の一つで、主にコンポジット基板やプリント基板といった、電化製品には欠かせないパーツを作り続け今に至る歴史と実力を兼ね備えた企業だ。
そんな大企業の中でも、部門長まで昇りつめた菊岡さんの悩みとは何なのだろうか? 今までの依頼人とは明らかに毛色が異なる。
「菊岡さん、本日はどのようなご用件で?」
いったいこのエリートサラリーマンの口からどんな依頼が飛び出してくるのか、非常に興味深い。きっと高度な依頼に違いない。もし俺なんかで解決できないようなものだったらどうしよう? その時は丁重にお帰り頂くしかないが、はたして……
「その、言い難いのですが……私の部署の後輩の事なのですが」
後輩? なるほど人間関係か? まあ今のご時世、離職理由で一番多いのは人間関係だったりするみたいだし、それはサイテクのような大企業でも変わらないようだ。しかし、いったいどんなエグい人間ドラマが待っているのか若干身構えてしまう自分がいる。
「人間関係でトラブルが?」
「いえ、実はトラブルではなく……その後輩が定期的に遅れて来るのです。私はその理由が知りたい」
ほほう……なんてこった。思っていた依頼レベルの十分の一ぐらいの依頼だ。しかし気になるのは単なる遅刻ではなく、定期的に遅れてくる点だ。
「遅刻の理由なんて上司である菊岡さんが聞けば一発で分かると思いますが……」
「もちろん聞いているんですが、明らかに嘘って感じの理由ばかりでして」
「支障がなければお聞かせ願えますか?」
明らかに嘘って理由なんてそんなにないと思うけどな~。
「例えば、道端で倒れている老人を助けた。ケガしている人の介抱をした、などです。これ以外にもあったのですが忘れました」
あったな、思った以上に。それにしてもベタだな~ベタ過ぎて懐かしさすら覚える。というよりこの後輩、隠す気無いんじゃないか?
「定期的にとはどんな間隔で?」
「毎週月曜日ですね。遅れてくる時間はせいぜい30分くらいなので、そこまで問題かと言われるとそうでもないのですが……」
「でもやっぱり遅刻はマズイと思いますし、菊岡さんからキツめに問い詰めたら白状しそうですけどね?」
俺はそう言って菊岡さんを見ると、なんだか言い難そうにしている。何か変なこと言ったっけ?
「その……後輩というのはまだ大学を出たばかりの社会人一年目の女の子で、どう接していいか分からなくて……」
「それでどうしても聞けないと?」
「……はい」
菊岡さんは申し訳なさそうに頷いた。正直こんな事で依頼料を貰えるなら、こっちとしては願ったり叶ったりなのだがいいのだろうか?
「まあ依頼なんでお引き受けしますけど……大した理由じゃないと思いますけどね」
「それならそれで良いんです。大した理由じゃなかったら叱れるので……」
「何かあったら連絡ください」そうして最初と180度印象が変わってしまった菊岡さんは、事務所から出ていった。
「どう思う?」
「大きな仕事を任されている奴でも、意外に小さなことで悩んでるんだな~って印象しか無いな。我の知るところではない」
いつもならハムスケに意見を振ると俺とは違う答えが帰ってくるのだが、今回に関しては俺も全く同意する。過去一くだらない仕事にならない事を祈るだけだ。
「そうは言っても仕事は仕事だ、しっかり働くぞ」
「へいへい」
俺達は、今までで一番テンションの低い状態で事務所を出発した。
「それにしてもその後輩ちゃん、割と近所だったんだな」俺は菊岡さんから貰った住所に向かって歩いている。なぜ歩いているかといえば、何かに乗る必要が無いぐらい近いからだ。
「お前いま、楽そうで良かったとか思ってるだろ?」
「思っているさ、思って何が悪い?」
「開き直るとは珍しいな」
「別に開き直りはお前の専売特許じゃないんだよ。俺だってやる気の波ぐらいあるさ」
ハムスケは仲間を見つけたかのような面持ちで俺を見上げているが、別にいつもやる気が無いわけじゃない。今回がずば抜けてやる気が出ないというか、必要性を感じないだけだ。
「でもどうするんだ? その後輩ちゃんからしたって、今日みたいな休みの日に見知らぬ人が家を尋ねて来たら、居留守でも使うんじゃないのか?」
「もちろん接触はしない。今日はとりあえず張り込みだ」
「え~~!! この寒空の下、電信柱の陰に隠れてブルブル震えながらアンパンと牛乳で飢えを凌ぐあれ?」
一体いつの知識だ? 前から薄々感じていたが、コイツの知識ってなんかちょっと古いんだよな~寿命三年ぐらいのクセになんで古いこと知ってるんだろう?
俺は今回の依頼よりもハムスケの昭和知識の謎の方が気になって仕方が無いが、一応仕事なのでしっかり張り込みをする。
張り込みと言っても、ハムスケが言ったような古典的な方法は取らない。後輩ちゃんのやたら立派な家のドアに向けて隠しカメラを仕込んで、後は近くの喫茶店で動きがあるまで時間を潰すのだ。平日がどうであれ、休日の過ごし方を見ればその人の特徴が見えてくるものだ。
サイテクはこの国を代表する大企業の一つで、主にコンポジット基板やプリント基板といった、電化製品には欠かせないパーツを作り続け今に至る歴史と実力を兼ね備えた企業だ。
そんな大企業の中でも、部門長まで昇りつめた菊岡さんの悩みとは何なのだろうか? 今までの依頼人とは明らかに毛色が異なる。
「菊岡さん、本日はどのようなご用件で?」
いったいこのエリートサラリーマンの口からどんな依頼が飛び出してくるのか、非常に興味深い。きっと高度な依頼に違いない。もし俺なんかで解決できないようなものだったらどうしよう? その時は丁重にお帰り頂くしかないが、はたして……
「その、言い難いのですが……私の部署の後輩の事なのですが」
後輩? なるほど人間関係か? まあ今のご時世、離職理由で一番多いのは人間関係だったりするみたいだし、それはサイテクのような大企業でも変わらないようだ。しかし、いったいどんなエグい人間ドラマが待っているのか若干身構えてしまう自分がいる。
「人間関係でトラブルが?」
「いえ、実はトラブルではなく……その後輩が定期的に遅れて来るのです。私はその理由が知りたい」
ほほう……なんてこった。思っていた依頼レベルの十分の一ぐらいの依頼だ。しかし気になるのは単なる遅刻ではなく、定期的に遅れてくる点だ。
「遅刻の理由なんて上司である菊岡さんが聞けば一発で分かると思いますが……」
「もちろん聞いているんですが、明らかに嘘って感じの理由ばかりでして」
「支障がなければお聞かせ願えますか?」
明らかに嘘って理由なんてそんなにないと思うけどな~。
「例えば、道端で倒れている老人を助けた。ケガしている人の介抱をした、などです。これ以外にもあったのですが忘れました」
あったな、思った以上に。それにしてもベタだな~ベタ過ぎて懐かしさすら覚える。というよりこの後輩、隠す気無いんじゃないか?
「定期的にとはどんな間隔で?」
「毎週月曜日ですね。遅れてくる時間はせいぜい30分くらいなので、そこまで問題かと言われるとそうでもないのですが……」
「でもやっぱり遅刻はマズイと思いますし、菊岡さんからキツめに問い詰めたら白状しそうですけどね?」
俺はそう言って菊岡さんを見ると、なんだか言い難そうにしている。何か変なこと言ったっけ?
「その……後輩というのはまだ大学を出たばかりの社会人一年目の女の子で、どう接していいか分からなくて……」
「それでどうしても聞けないと?」
「……はい」
菊岡さんは申し訳なさそうに頷いた。正直こんな事で依頼料を貰えるなら、こっちとしては願ったり叶ったりなのだがいいのだろうか?
「まあ依頼なんでお引き受けしますけど……大した理由じゃないと思いますけどね」
「それならそれで良いんです。大した理由じゃなかったら叱れるので……」
「何かあったら連絡ください」そうして最初と180度印象が変わってしまった菊岡さんは、事務所から出ていった。
「どう思う?」
「大きな仕事を任されている奴でも、意外に小さなことで悩んでるんだな~って印象しか無いな。我の知るところではない」
いつもならハムスケに意見を振ると俺とは違う答えが帰ってくるのだが、今回に関しては俺も全く同意する。過去一くだらない仕事にならない事を祈るだけだ。
「そうは言っても仕事は仕事だ、しっかり働くぞ」
「へいへい」
俺達は、今までで一番テンションの低い状態で事務所を出発した。
「それにしてもその後輩ちゃん、割と近所だったんだな」俺は菊岡さんから貰った住所に向かって歩いている。なぜ歩いているかといえば、何かに乗る必要が無いぐらい近いからだ。
「お前いま、楽そうで良かったとか思ってるだろ?」
「思っているさ、思って何が悪い?」
「開き直るとは珍しいな」
「別に開き直りはお前の専売特許じゃないんだよ。俺だってやる気の波ぐらいあるさ」
ハムスケは仲間を見つけたかのような面持ちで俺を見上げているが、別にいつもやる気が無いわけじゃない。今回がずば抜けてやる気が出ないというか、必要性を感じないだけだ。
「でもどうするんだ? その後輩ちゃんからしたって、今日みたいな休みの日に見知らぬ人が家を尋ねて来たら、居留守でも使うんじゃないのか?」
「もちろん接触はしない。今日はとりあえず張り込みだ」
「え~~!! この寒空の下、電信柱の陰に隠れてブルブル震えながらアンパンと牛乳で飢えを凌ぐあれ?」
一体いつの知識だ? 前から薄々感じていたが、コイツの知識ってなんかちょっと古いんだよな~寿命三年ぐらいのクセになんで古いこと知ってるんだろう?
俺は今回の依頼よりもハムスケの昭和知識の謎の方が気になって仕方が無いが、一応仕事なのでしっかり張り込みをする。
張り込みと言っても、ハムスケが言ったような古典的な方法は取らない。後輩ちゃんのやたら立派な家のドアに向けて隠しカメラを仕込んで、後は近くの喫茶店で動きがあるまで時間を潰すのだ。平日がどうであれ、休日の過ごし方を見ればその人の特徴が見えてくるものだ。
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