崩れゆく世界に天秤を

DANDY

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第六章 十年前のあの時、あの場所へ 2

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「それであの時の問答か」

 俺はようやく理解した。あの日倒れた真姫は、星の寿命を吸い取り続けた結果だ。放っておけば死んでしまうのも本当だった。そして死んでしまえば世界の崩壊はまだまだ先延ばしに出来ただろう。

「そうだ」

 それでは一体なぜ俺に選択権を与えた? 他の数人がどうなったかは、分かりようがないが、何故俺に選ばせた?

 星の使徒からすれば、真姫が死ねばそれで良かったはずなのに、どうして俺を試した?

「我々の中で、この個体が最初の個体だ。意味が分かるか? 変異種の発生に対応するために産み出されたのが、お前達の言葉を借りるなら”星の使徒”だ。そして他の我々は、お前があの少女を救うと決断した瞬間に発生し始めた」

 つまりコイツがオンリーワンの星の使徒……だからコミュニケーションが取れるし、知性もある。他の星の使徒はコイツの劣化コピーのようなものなのか。

「それは承知したが、どうして俺達に選択肢を与えた? なぜ選ばせた? お前たちからしたら、有無を言わさず殺してしまったほうが楽だっただろうに」

 暫しの沈黙の後、さっきまでの明瞭な回答が嘘のように、随分と迷った様子で答え始めた。

「それは…………泣いてた、から? お前が泣いてたから? 分からない。分からない。我々には分からない。それでも、初めて見たのだ。人が他人のために泣いているのを……だからかも知れない。思考に変なノイズが走ったのかも知れない。あの時のお前があまりに必死だったから……」

 そのまま星の使徒は何も言わなくなった。

 理由は俺が泣いてたから? 確かにコイツには言葉を発する知性があるが、感情なんてものがコイツにあるのか? でもさっきのコイツの言うことを信じるのなら、俺は星の使徒に同情されたということになる。

 おかしな話しだ。

 星の寿命を伸ばすために、人間を殺し始めた星の使徒に同情されるなんて……人類初ではないか? そんなに当時の俺は必死だったのか?

 分からないけれど、確認しようが無いけれど、たぶん必死だったのだろう。なにせ子供ながらに好きだった女の子だ。両親もいない俺にとって、真姫は大切な繋がりだった。それが急に倒れたら……気が狂うほど必死に助けを求めたに違いない。

「それは分かった。じゃあいい加減、俺を真姫と会わせろ。それだけ必死になって救ってもらった命だ。その彼女を俺から奪うな」

 そうだ。ここが未来だろうが、人がいなかろうがどうだっていい。ただ真姫が隣で笑ってくれてさえいればそれでいい。だからこそ今最優先されるべきは真姫の安全だ。

「彼女なら過去に行った」

「さっきも言っていたがどういう意味だ? 過去に行ったって? そんな簡単に行けるものなのか?」

 過去に行った? 

「彼女自身が望んだことだ。彼女はここ最近、精神的に疲れていた」

 真姫が望んだ? 嫌な予感がする。嫌な考えが頭をよぎる。

「ちなみにいつに戻った?」

 俺は知っている答えを星の使徒に求める。精神的に不安定になっていた彼女が過去に行く理由なんて一つしかない。信じたくない。そんなことは耐えられない。

「十年前のあの時、あの場所だ。分かっているだろう?」

 星の使徒から告げられた答えに、俺は背筋が凍る。まるで本当に体が冷たくなったと錯覚するほどに。確かにこの場所は寒い。人も電気も明かりもない。ただただ暗いだけの廃墟の街。だけどそうじゃない。この冷たさは内面から来るものだ。

「何のために?」

 俺は彼女の目的を聞き出す。

「自分が助かる過去を変えるため。分かっているだろう?」

 星の使徒はさっきと全く同じ口調で答える。

 ああ分かっている。分かっているさ。だから聞いたんだ。信じたくないから聞いたんだ!

「俺もそこに飛ばせ」

「何のために?」

 星の使徒は、さっきの俺と全く同じ役回りを演じる。

 何のためにだと? そんなの決まっているだろう!

「俺が真姫の自殺を止めるためだ。分かっているだろう?」

 今度は俺が答える番だった。

 俺の言葉を聞いた星の使徒は、一瞬躊躇したあと、触手を一気に広げる。

 どこまでも伸び続ける青白い触手達は、俺と星の使徒自身を包み込む。

「良いだろう。あの日の教室に戻してやる。その後はお前たち自身で解決しろ」

「ちょっと待て。結局、お前はどっちの方が望ましいんだ?」

 最後にそれだけ気になった。

 どうしてここまで俺達に執着する? 別に俺と真姫はどっかの物語のように、選ばれた英雄でも主人公でもない。至って普通の若者だ。星の寿命を取り戻すのが目的なら、躊躇なく真姫を殺せば良いはずだ。ついでに俺も殺したって良い。何故そうしない?

「我々には正確な回答が難しい。だが一つだけ言えることは、子供を殺したい母親が何処にいる?」

 それだけ言って、星の使徒は全身を神々しく光らせ始める。

「待ってくれ! それじゃあお前たちは一体……」

 俺の最後の質問も言い終えぬまま、光はさらに激しく輝き、俺を徐々に飲み込んでいく。

 体は動かせず、声も発せないが、意識だけはハッキリとしている。

「子供を殺したい母親が何処にいる?」か……そうだよな。そりゃそうだ。

 たぶんアイツが言いたかったのは、星の使徒が俺達の親とかそう言うんじゃなくて、星からしたら全ての生命は子供と同義なのだろう。だから俺達に選択権を与えたのか。

 他の子供達(人間)は殺しておきながら、どの口がそれを言うのか……だが初めて泣いているのを見たと言っていた。そんなはずは無いと思う。人は誰だって大切な人のためには泣くものだ。

 おそらく星の使徒という形で、初めて俺達と同じスケール感になって気づいたのだろう。人間がどれだけ必死に人のために泣き続けるか見たのだろう。それは星という単位では分からないかも知れない。

 だから初めて目の当たりにしたのだ。知っているのと体験するのとでは全く違う。この星は、初めて星の使徒という実体を持って”体験”したのだ。だからノイズが走った。だから俺達に選択させるなんていう、非効率で不確定な事をしてしまったのだ。

 俺はそう結論付けた。

 勿論これは俺の勝手な解釈だ。間違っているかも知れない。というよりどこかしらは間違っているだろう。でもそれで良い。これは完全を不完全が理解しようとした結果だ。だったら、導きだされる答えが不完全で何が悪い。



「ここは?」

 ようやく目が開けられるようになり、空を見上げると見覚えのある夕焼けが広がっていた。こうして見てみると、この夕暮れもどこかおかしい。不自然だ。自然のそれじゃない。それでも当時の記憶と一致しているということは、あの夕暮れの教室は、すでに普通の空間ではなかったのかも知れない。

「それはそうとここは……」

 俺は自由になった体を動かす。地面に横たわっていた体をゆっくりと起こす。背中には土特有の温度感がある。つまりここはアスファルトの上じゃない。

 立ち上がり周囲を観察すると、ここは公園だった。小学生の時によく遊んでいた公園。今では無くなってしまった公園だ。それが当時の姿のまま存在している。

「本当に過去なんだな……」

 俺は感傷に浸りながらも、真姫を止めるためにあの教室を目指す。

 ここから俺と真姫が通っていた小学校までは、歩いて十分程度。子供の足でそれなのだから、大人の今ならもう少し早いかな? 

 そうして今とは色々と変わってしまった街並みを眺めながら、学校に向かう。記憶の中にある景色そのままの街並みを、視線の高さだけを変えて歩く。何だか変な気分だ。

 近くに巨大なショッピングモールが出来た影響で消えていったはずの、岬商店街の入り口を横目に、古びた郵便ポストの角を曲がる。

 小学校はもう目と鼻の先。空は何かで固定されているかのように、雲一つ動かない。風も吹かず、夏のはずなのに暑さもない。そして人もいない。さっきまで俺がいた未来の岬町と同じだ。過去に送ると言っても、現実の過去ではないのだ。星の使徒は否定していたが、つまりはさっきの未来も作り物だろう。

 それでもこの空間からは、ここで何かを変えると、本当に未来が変わってしまうような印象を受けた。
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